肌を辿った先で、不規則に盛り上がるなにかに触れた。縫い合わせたような、ざらざらとしたその感触は、知らないものではなかった。ひとつ……もう一つ、いや、もっと。数えるように指を這わせれば、身を捩って拒まれた。再度手を伸ばしたが、二度とは触れさせてもらえなかった。
ぼんやり昏い闇、寝台から立ち上がる背は子供のように細くいとけなく見えたが、背に、脇腹に、腕に腿に浮かび上がるのは、あきらかに何年も経った傷痕だった。
「……じろじろ見るでないよ」
身支度する手を止めないまま、その人はどこか愉快そうに呟いた。かるく肌衣を羽織ってから、床に落とした上着を拾い上げる、その手の甲にも同様のものを見つけて、楊戩は息を飲んだ。
はじめて見た。こんな小さな体に、こんなに傷があるなんて。
体を重ねるときは、いつも小さな罪悪感に苛まれた。彼が上官であること以上に、その風貌があまりに幼かったからだ。どんなに策士であろうが、減らず口を叩こうが、組み敷いた体はまだ発達途中のそれで、息を吐くたび、無理をさせているのではないかと手を止めたものだった。長らく衣を脱がされるのを拒んでいたのも、幼いながらの羞恥だろうと思っていたのだが、その憶測がまちがっていると、楊戩は知った。この人は子供ではない。見る者に言葉を噤ませてしまうほど数多の傷を刻んできた、古老であるのだと。
「それを見せたくなかったのですか」
帯を結ぼうとしている背に問う。手を止めて、彼はちらりと横顔を向けた。
「なにか辛い思い出が?」
「考えすぎだ」とちいさく肩を竦める。
「こんなものにたいした意味はないよ」
淡々とした声音は薄闇に冷たく響いた。それ以上は立ち入るなというニュアンスを言外に感じ取ったが、素直に引き下がるつもりはなかった。
「痕など仙薬で消せるのでは」
「わしは薬嫌いでのう」
「肌に触れられるのも、見られるのも、ずっと拒んでおられた」
「お互い忙しいのだ、手早く済むほうがよいであろう」
「心外ですね。僕の気持ちは置き去りですか」
「だから考えすぎだと申しておろう」
「早く済ませたいという言葉を素直に受け取ったから、そう言っているんですよ」
「――楊戩」
彼の上官はかるく眉を上げる。
「そうしてはなっから人を疑ってかかるのはおぬしの悪い癖だ。無意識に身構えておるのやもしれんが、それでは寄るものも寄れんであろう」
帯をきゅっと結んでしまってから、まっすぐに立って見下ろす。
「完璧も悪いとは言わぬが、もっと隙を作ってみてはどうだ」
身を翻そうとする人の行く手を遮った。両腕を壁に付いて閉じ込めた先で、呆れたと言わんばかりの目が見上げていた。要するに、陳腐な言葉遊びに飽きたということなのかもしれないが、人を食った物言いに苛立っているのはこちらも同じだ。
「じゃあ、あなたはどうなんです」
ひとことも本音を語らない。体をすべて見せて、傷痕を晒しても、最奥を抉られてさえ、結局なに一つ見せようとしないではないか。こちらには隙を求め、それに合わせて否応なく心をこじ開けておきながら、自身は古い傷をとどめたまま、誰にも触れさせようとしない。そんなのは不公平だと、楊戩は思う。
楊戩、と彼はしずかに繰り返した。まるで駄々をこねる幼子を言い含める口調だった。
「おぬしが求めるものに応えておるのは、まちがいなくわしの意思だ。もし、わしが不本意ながらおぬしに抱かれてやっていると思うておるなら見当違い。憐みも気遣いも不要だ」
「僕はなんの役にも立ちませんか」
ぐいと髪を引かれ引き寄せられた。触れるか触れないかぎりぎりのところで止めてから、彼はにやりと口の端を上げる。
「心配せずとも、こんな色気のない体を欲しがるもの好きはおぬししかおらぬ」
「師叔、そういうことでは」
忍び笑いを残して、彼は腕のなかからするりと抜け出た。煙を掴むような手のなかに、傷痕の感触が蘇る。ざらざらと、ひきつるようなそれを、あえて残す理由を語らぬまま、その人は闇に姿を消した。
了
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