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↺1章


↺1章

死とは、身近にあってはならぬものであると思う。

だと言うのに、会話を交わした人間が亡くなることに慣れてしまっているかのように心は凪いでいる。
己が心臓も、痛いほどに脈打つことはなかった。

反律くんは、今度こそ間違いなく死んでしまった。
コロシアイの開始が宣言されると共に、二度と起き上がらなかった彼女の死体をまざまざと見せつけられたことを思い出す。
同時に、コロシアイについて説明をされたことも。

元の生活に戻ることが出来る人数は限られているらしい。
少ない席に座りたければ、ライバルを減らすことが重要であると。

もちろん人殺しは犯罪だ。コロシアイを推奨してはいるが、その認識は彼らにも一応あるらしい。
誰かが伏せったその時は、裁判が行われる。罪が暴かれれば然るべき運命に戻り、隠し通せればここを出ていける。

「詰まる所、早い者勝ちではあるな。もちろん、どんな謎でも暴く自信があるのなら話は別だが」

天使は探偵に一瞬だけ視線を向けた。彼女への皮肉というよりも、それ以外への警告に見える。
それでは到底殺人など起こらぬのではないか、と疑問に思ったが、彼らもそれを想定していたようで。

「安心して、コロシアイの理由ならいくらでも作ってあげる。一定期間何も起こらなかった時はペナルティもあるわ」

そんな、全く安心できない文言を聞いてからもう一週間が経とうとしている。
一人が欠け、コロシアイが宣言されたことによる少しの緊迫感を除けば、日常は以前と変わらず緩やかに流れていた。

それにしても、ある種の閉鎖的空間でコロシアイが強制され、そこに探偵が居合わせるというこの光景は、チープでありふれすぎている。
人生で一度も経験していないはずなのに、この状況に何故か既視感を感じるのはそのせいだろう。

探偵の活躍が見たいのは事実だ。彼女の才能が遺憾無く発揮されているのを間近で見る機会というのは中々にない。
しかし、そのためなら人が死んでいいとは微塵も思っていない。探偵のために事件があるのではなく、事件があるから探偵がいるのだから。

問題なのは、こんな風に悠長にしていられる暇があとどれくらいあるのかということだった。
現にスピーカーからジリジリとノイズが流れ始めている。何か放送が入る前触れだ。

≪こんにちは、ご機嫌いかがかしら?≫

感情の見えない声色だった。
それは機械を通しているからなのか、彼女が何の感慨も込めていなかったからなのかはわからない。

≪今すぐ裁判場に集合してちょうだい。あとは言わなくてもわかるでしょう?≫

どうやら、知らぬ間にタイムリミットが来てしまっていたらしい。
恐らく、例のペナルティとやらだろう。集合場所に行かなければ、きっとろくな目には合わない。

重い腰を上げ、裁判上へと向かう。場内を見回すと、皆一様に浮かぬ顔をしていた。
これから何が起こるのか、嫌でも悪い方へと考えてしまっているからだろう。間違いない。

「さて、ペナルティのことを覚えているかしら?コロシアイが起こらなければ、という話はしたはずよね」
モノデビルくんは、珍しくお怒りのようだった。プンプンという擬音が聞こえてきそうなほど、頬を膨らませている。

「ペナルティって、何するつもりなの……?まさか、めでるたちも吠二ちゃんみたいに、殺されちゃう……!?」
唯一くんはこの場にいる誰よりも取り乱していた。自らを守るように抱きしめ、キッとモノデビルくんを睨んでいる。
それが気に入らなかったのだろうか、彼女はは半ば叫ぶように声を発した。

「いいかしら?コロシアイをしなさい!」

「貴方たちがいけないのよ。私はしっかりと忠告したのに……
モノデビルくんは目を伏せ、そう呟いた。それが悲しそうに見えたのは、気のせいだろうか。

そんな思考に浸る暇もなく、絶望はやってくる。降り注ぐ黒い槍は、否が応でも反律くんのことを思い出させた。
しかし、あの時と違い明確に狙いは定められていないようで、私たちを弄ぶかのようにバラバラと降りかかってきている。

一つは、事態をよく呑み込めていない少年に。

刺さりはしなかったものの、槍は彼の腕をかすめて鮮血を散らした。
思わずへたりこむ霧矢くんに、真っ先に駆けつけたのは安藤くんだった。

「大丈夫か!?とりあえず、端の方に逃げるぞ!」
……あ、わ、分かった!」

そうして、皆が壁際へと逃げようとすると同時にピタリと槍の雨も止む。
出血量は多くはなかったが、霧矢くんの顔は青ざめていた。止血を試みる安藤くんと、震える霞澤くんに声を掛けられているが、ショックでまともな返答は出来ていない。

「あら、怪我をしたのは一人だけだったのね」
運が良いこと、とモノデビルくんは笑っている。
軽薄すぎるその様子に、拳を握りしめ誰よりも先に言葉を発したのは百鬼くんだ。

「何故そんなに楽しそうに出来るんだ……
「そんなの、”楽しいから”以外に理由はいるかしら?」
「人が傷つく様を見て、それ以外なにも思わないのか?」

モノデビルくんは困ったような表情を浮かべ、次に笑った。
「そうね、もう一人くらい傷つけたらわかるかもしれないわ」だなんて、冗談のようなことまで口にして。

「グングニル、ってご存じ?決して狙いを外さない神の槍のことよ。それを私たちは借り受けているの」
先ほどのように曖昧に狙いを付けず、今度はしっかりと狙って見せる、そう予告するように彼女は百鬼くんを指差した。
「私も一度試してみたかったの。グングニルの槍は、どこまで小さい的を射抜けるのかしら?」

……っ、司っ!」

悲痛な叫びも、伸ばした手も。
超越した存在からすれば、何の価値もない。

そうしてまた一つ、二つと厄災は降りかかる。

苦悶を浮かべる表情。ヒッ、と小さく悲鳴が上がる。
先程叫んだ安藤くんは、縫い止められたかのように動かない。動けない。

……ちょっと、悪魔のお姉さん!いくらなんでもこれは無いんじゃないの!?ポート、私怒るから。警察官さんのことお願いね!」
『わかった。任せて』『手当、上手く出来なかったらごめん』

そう言うやいなやモノデビルくんに言葉で噛みつき始めた右舷くんと、手当をする左舷くん。
未だ彼らを見つめたまま固まる安藤くんに、霧矢くんは笑いかけた。

「救さん、おれもう大丈夫だから!蓮綺もいるし……司さんのこと手伝ってあげてよ!」
……あ、ああ、分かった!行ってくる。くれぐれも、無理だけはしないようにな!」

その言葉で、安藤くんは百鬼くんと双子の元へ駆けていく。介入する術を持たない私たちは、ただそれを見守るしかできなかった。

「素敵な友情ごっこをしているのね。……これに懲りたのなら、早く行動に出なさい」

次は、怪我じゃ済まさない。せっかく生き返ったのに、それは虚しいでしょう?
彼女の目は、三日月のように細められている。

―――

手当が迅速に行われたからなのか、はたまた私の預かり知らぬ技術のおかげか。
二人の……特に百鬼くんの回復の速さには目を見張るものがあった。

ただ、以前にも増して雰囲気が暗くなっている。例外はいるが、死者や怪我人が出て、コロシアイを強制されている今、そうなることは自明の理である。

安藤くんなどは、可哀想になるほどの落ち込みようだった。なんでも、"助けられなかったこと"を酷く悔いているらしい。
反律くん、此度の霧矢くん。それと、百鬼くん。うち二人の命は助かっているとは言えど、次があればどうなることか。

確かに、言いがかりを付けてグングニルとやらを差し向けられる可能性はある。
次はない方が良いけれど、その時は取りこぼすことがないようにしたいのだということがヒシヒシと伝わってきていた。

「ねえ、大丈夫?どこか痛んだりとか……そうじゃなくても、何かあったら言って欲しいな」
「あはは、蓮綺は心配症だな〜!おれ、もう全然大丈夫なのに!」
「それでも、心配なものは心配なんだ。また遊んで欲しいっていうのもあるけど、圭楓には元気でいて欲しいから……!」

霞澤くんは、以前にも増して霧矢くんと一緒に行動しているようだ。元気な霧矢くんの側で、見守り、慌てている様をよく見かける。
しばらくの間激しい運動を禁じられている霧矢くんだったが、じっとしているのは性分に合わないようだ。飛び出して行こうとしては霞澤くんが静止をかけている。今目の前で行われているように、

「霧矢さんはもうすっかり元気みたいですね、安心しました。百鬼さんも早く完治すると良いのですが」
……そうですね。普通では考えられないほどの回復の速さだと聞いたので、近いうちに治ると信じたいものです」
「その回復速度が生来の速さなのか、個人的には気になるところですね。ふむ、後で本人に聞いてみることにしましょう」

いつの間にか、私の横に探偵が並び立っている。驚いたなんて言葉では言い表せないほど驚いた。比喩表現が現実のものになる世界なら、私の内臓はひっくり返っていることだろう。

江戸川くんは、彼らの回復力がこの場所によるものではないのかと考えていたらしい、
息絶えたと思っていた反律くんが生き返ったことからも、他にもそういった特別な作用があるのではないかと調べている途中のようで。

「この場所の謎を一つでも解明できたら、コロシアイも回避できると思ったのですが……現状はあまり芳しくはありませんね」

いかんせん情報が少なすぎる、と江戸川くんは不満げだった。
確かに、推理においては証拠が重要だ。重要なものが一つでも欠けて仕舞えば、見えてくるものは違ってくるだろう。

「けれど、そろそろ次の手がかりが得られるのではないかと考えているんです」
「また何かが起こるのではないか、ということですか?」
「はい。先ほど、モノデビルさんとモノゼルさんが何事かを話していたので。八割がたは間違いないと思っています」

江戸川くんはそう言って、放送器具が設置されているあたりを見上げた。
彼女の視線に呼応するように、ジジジとノイズが響き始める。

《全員今すぐ遊園地前に集合しろ!身構える必要はない、気軽に、しかし迅速に集まるように》

それだけ言って、ブツリと放送は終わった。
行きましょうか、と言って探偵は遊園地の方へと向かっていく。身構える必要はないのだというのだから、ペナルティではないだろうとどこか弾んだ様子で。

「おい、レクリエーションは知っているよな?」
「え、めでる?まあ、分かるけど……所謂親睦会とか、イベントの類だよね」

毎度の如く全員が集合した後に現れたモノゼルくんは、近くにいた唯一くんを捕まえ、謎の問いかけをしていた。
彼女の返答を聞き満足げに頷いた後、モノゼルくんは再び口を開いた。

「そのレクリエーションを今からやろう。いつまでも辛気臭い顔をされていては、アイスが不味くなる。強制参加、異論は認めない。存分に遊園地で遊んでこい。モノデビルが案内するから」

怒涛の業務連絡だった。置いていけぼりにされた皆を放り、モノゼルくんは去っていく。代わりに現れたモノデビルくんは、旗を振りながらもげんなりしている。

「行きましょうか、遊園地ツアーに……

拒否はしづらかった。何しろ、彼らは銃より恐ろしい武器を持っているのだから。そうしてゾロゾロと旗振る彼女に着いていく。

何だか嫌な予感がするのは、私の気の所為なのだろうか。
そんな杞憂とは裏腹に、ツアーは何事もなく進行していく。

「思いっきり楽しんで!て言われたけど……はあ、流石にそーゆー気分になりにくいよ〜」
「そ?別に今は切り離して考えてもいいと思うけどなあ」

こういうイベントごとを楽しんで乗り切るタイプに思えた通天閣くんは、かなり落ち込んでいた。
それに声をかけたのは、渦歹くんだ。

「楽しめる時に楽しまんと、精神すり減ってくだけやろ?今はうちと楽しも」
……うん、かがちんの言う通りかも!」

見事な手腕だった。彼女は、まだ陰りは見えるもののツアーを楽しんでいる。

「よし……これで園内は1周出来たわ。あとは好きに遊んでちょうだい。けど、怪我人は帰って安静にしてるといいわ。スリルを楽しみたいなら遊んでも良いけれど」

どうやらレクリエーションはここで終わりらしい。
モノデビルくんの言葉を受け、怪我をしている彼らと数名は帰ることにしていた。

さて、どこもかしこも、面白そうなことにはなっている。
例えば、森木林くんと七瀬くんは早速熱い攻防を繰り広げているようだ。

「ちょっと、困っちゃうな……♪俺のこと思うんだったら、邪魔しないでくれると嬉しいんだけど♪」

森木林くんは相当七瀬くんと離れたいらしいが、彼女は引き剥がしても拒否しても着いていっている。
それを見かねたのか、江戸川くんは彼らの方へと寄っていく。

「木木木木木木さん、行きましょうか。私、乗りたいものがあるんです」

そう言って鮮やかに彼を連れ出した江戸川くんに、七瀬くんはポカンとしていた。
しかし事態を飲み込んだのか、段々と表情が怒りに染まっていく。

「ゆ、許せないっ!あの泥棒猫、なんの権限があって……最近仲良さそうなのも気に食わないし!」

七瀬くんは、慌てて二人の後を追いかける。
なんだか後が怖くなるようなことを言っていた。かなり心配ではあるが、江戸川くんなら対処も容易いだろう。

別のところでは、早速アトラクションを楽しんでいる面々がいる。
ファンシーなメリーゴーランドにいるのは……意外にも白くんと王くんだ。

彼らはどれに乗るのか吟味しているらしい。馬を見、謎の動物を見、お目当てらしい数人乗りの馬車を見つけると、誰かを手招いた。

「探してたの、これだよね?みんなで乗れるやつ」
『うん。一緒に乗ろう』
「はは、良いけど……小白、これ入れる?」
……努力はしてみます」

なるほど、彼らは右舷くんと左舷くんに誘われたのか。狭い馬車の中にぎゅうぎゅうに押し込められている4人は、窮屈には見えたが楽しそうだった。
彼らを乗せ、メリーゴーランドは回り始めている。

「歩くんは、遊びに行かないの?」
声のした方を振り向くと、雨笠くんが立っていた。どうするべきか悩んでいたところだ、と当たり障りのない答えを返すと、彼女はふわりと笑った。
「じゃあ、みんなで一緒にどこか行かない?もちろん、一人で過ごしたいって感じなら邪魔しないけど……!」

雨笠くんの後ろには、筒泉くんと通天閣くんがいる。察するに彼らも一緒なのだろう。
特段予定があるわけでもなかったし、遊べるならそれはそれで楽しいだろうとも思う。断る理由も見当たらないので、私は頷いた。

「それでは行きましょうか。何か乗りたいものは決まっているのですか?」
「僕は、お姉さんたちの行きたいところについていこうかな~なんて思ってるよ!」

お姉さんと一緒ならどこへでも!と筒泉くんは若干震える声でつづけた。通天閣くんはそれを微笑まし気に見て、じゃあジェットコースター行こ!と提案する。
異論はなかった。絶叫系も、特段苦手ではない。

その後、予想以上の速度を誇るジェットコースターに、安易に了承してしまった少しだけ後悔したのは内緒である。

――――

少々体力を使いすぎたかもしれない。
この遊園地はアトラクション数が少ない代わりに、ひとつひとつの体験時間が長めに設置されているらしかった。

ジェットコースター、続けてメリーゴーランドと乗ったからか、視界がぐるぐるとしている。己の足はしっかりと地に着いているだろうか。
対して、女性陣の体力はすさまじいものだった。小休憩を挟んだら、次はお化け屋敷に行こうと笑顔で話している。

お化け屋敷か。流石にそこは有人だろうと今までのアトラクションを思い出す。
どんな技術が使われているのかはわからないが、我々が乗り込むとそれを感知したかのように自動的に動き出していた。人件費の削減かとも思ったが、あのグングニルやらと同じように不可思議な力で動いているのかもしれない。

この状況の謎を解く手がかりになるかもしれない。変だと思ったことは、覚えておくに限る。
例えば、BGMが流れていないのにあちこちに設置されているスピーカーや、売り物もなにも置いていない売店。少々不気味であると言わざるを得ない。

何故設置されているのだろうかと考えを巡らせたところで、それを察知したようにスピーカーから音楽が流れ始めた。

≪死体が発見されました、至急遊園地お化け屋敷までお集まりください。繰り返します―――――
……アトラクションの稼働は止めてあるから、怖がることなく入ってくるといい。とにかく早く来い≫

衝撃的な内容だった。しかし、私の頭は冷えていた。
とうとう殺人が起こってしまったのか、と他人事のように考えていたのだ。

行動を共にしていた彼らとお化け屋敷の門をくぐる。見た目からして相当広そうではあるが、一体この中のどこで人が亡くなったというのだろうか。
そんな心配は杞憂に終わった。ご丁寧にもドクロマークのついた矢印が至る所に貼られていたからである。悪趣味だ。

それを辿っていくと、現場に辿り着いた。鉄の匂いが鼻を刺す。

何故か部屋の隅を見ていた霧矢くんがこちらに気づき、傍らにいた左舷くんに声を掛けた。
左舷くんは私たちに向かって、いつものようにスケッチブックを掲げている。
『耐性のない人は、あまり見ない方がいいかも 凄い量の血が出てるから』

そうして彼が視線を落とした先には、射抜かれた唯一くんが転がっていた。

「おれ、やっぱりどうしても遊びたくて。左舷にワガママ言って着いてきてもらったら、愛が、倒れてて」
あんまり見ちゃダメだって言われたんだけど、愛、まさか死んでないよね?助かるよね?と、霧矢くんは今来たばかりの安藤くんに訴えかけている。
「任せろ、もしかしたらまた……生き返ってくれるかもしれないからな!」

しかし、結果は芳しくないようだった。何をしても、唯一くんが目を覚ます気配はない。

……先ほどから何をしているんだ、オマエは」
「決まっている、まだ助けられるかもしれないからそうしているだけだ!前例だって、あるから……
「無駄だな。唯一愛は殺された、自殺ではないから生き返りもしない」

だからやめろ、現場を荒らすな、と現れたモノゼルくんは安藤くんに投げかけた。
同時に、やはりコロシアイが始まってしまったのだと突きつけられた。

「一つお聞きしたいのですが、唯一さんに刺さっているのは……そこの壁に刺さっているものと同じですよね?」
……何が言いたい」
江戸川くんには果敢にもモノゼルくんに問いを投げかけている。

「いえ、アトラクションの誤作動ということも考えられるのではないかと思ったまでです」
……よく見ろ、壁のものは糸で結ばれているだろう。それに硬度もなく、やわらかい」
「では、この矢はどこにあったものなのですか?倉庫にもこういったものはなかったと記憶しているのですが」

モノゼルくんは、心底面倒なものを見たという様な顔をしている。そこに現れたのは、モノデビルくんだ。
どうやら全員集合し終わったらしい。誰かが「うげっ」とえずく声が聞こえる。

「それはトラップよ。コロシアイを円滑に進めるための、お助けアイテムってところかしら」
「そういったものがあるとは、聞いていなかったのですが」
「これからいうつもりだったの。それより前にことが起こってしまっただけの話よ」

神経を逆なでするように、モノデビルくんは笑う。
それに、これは事故ではないのだと、トラップのスイッチを押したのは唯一くんの他にいるのだと付け加えた。

「さて、他に質問はないかしら?」
「以前説明したとおりだ。捜査をして、時間が経ったら裁判をする。精々頑張ると良い」

以前の捜査とは違い、此度は人が死んでいる。
傍から見れば、立派なサスペンスである。今こそ正しく探偵が活躍する時だ。

案の定、指揮を執るのは彼女だった。戸惑う皆に、てきぱきとアドバイスをしている。
現場を含むお化け屋敷の中とその周囲、それからゴミ箱、更には宿舎の倉庫を調べてほしいのだと。

江戸川くんの指示を受け、皆散り散りに捜査に出かけることに。
勿論私は現場に残っている。何故ならここに探偵がいるからだ。

……トラップ、か。それならこの異様な状況にも説明が付くし、死因から犯人を絞り込むことは出来ないな」
「これ酷いねー!このギミック作った人、相当性格悪いと思うよ!ひとつひとつの傷は即死にはならなさそうだけど、こんなに刺さってちゃなあ」
「死因は失血死で間違いなさそうだな……仮に矢に毒が塗ってあったとしても、全身に回る前に亡くなっていただろうから」

百鬼くんと右舷くんは、死体を見つつそう話している。
間違いない、血だまりがこんなにも広がっているのだから。唯一くんの衣服が少々乱れているのは、もがき苦しんだ証拠なのだろうか。

【凶器】お化け屋敷のギミック 大量の矢

探偵はというと、矢がどこから射出されたものなのかが気になっているようだった。それと、ギミックのスイッチがどこに存在するのか。
モノデビルくん曰く、今は押しても何も出ないらしいのでああして探れているのだが……うっかり切り忘れていたら、次の死者になるかもしれないというのに。大した度胸である。

さて、少々手持ち無沙汰になってしまっているが何をしようか。
何か他に有益そうなものが落ちていやしないかと床を見つめる。現場の周辺をそうして見回っていると、雨笠くんがしゃがみ込み、何かを拾っていた。

【証拠?】現場での拾得物

……これ、確か……」と、何やら気になることを呟いている。雨笠くんは何かを思いついたようにパッと顔を上げ、出口の方へと向かっていってしまった。追いかけるべきだろうか。

「どうやら、矢で射抜かれる前に誰かと喧嘩でもしていたようですね」
『その人が犯人?』
「ええ。恐らくは……

ああ、あちらで何を話しているのか無性に気になる!しかし、雨笠くんが何を拾ったのかも気になる。
どうするべきか迷った結果、他に出来そうなことがあるわけでもないので私はお化け屋敷の外へと出ることにした。

おどろおどろしい門を潜り抜けると、丁度七瀬くんが近くを歩いていた。
恐らく森木林くんを探しているのだろう。足元をよく見ていなかったのか、水たまりに足を突っ込んでしまってキャ!と悲鳴を上げていた。ふと目が合う。気まずい。

「ねえ、ちょっといい?」
失態を見られたことは、あまり気にしていないらしい。七瀬くんは、やはり森木林くんのことを探しているのだという。

「少なくとも、お化け屋敷の中にはいらっしゃらなったかと」
「ふーん。……まあいっか、それはそれで探す場所一つ潰せたし」
「私も一つ、お聞きしても良いでしょうか?」

そうして、私は彼女に雨笠くんを見なかったかと尋ねる。
七瀬くんは少々考える素振りを見せた後、見たかも、とこぼした。
「あんまり覚えてないけど、多分あっちの方行ってたかな」

七瀬くんに感謝を伝えると、彼女は森木林くん捜索に戻ると言って駆けていってしまった。

教えてもらった方角へ行くと、そこでは数人が思い思いの捜査をしていた。
視線を彷徨わすと……いた。雨笠くんは、通天閣くんと何事かを話している最中だ。そこに割って入るほどの興味心も勇気もない。

「思い返してみたけど……やっぱり、何だかいつもと違う気がするよね?」
どうしたものかと考えていると、王くんと白くんの話している内容が聞こえてきてしまった。
耳を澄ませていたわけではないものの、どうにも気まずさが残る。しかし、その内容は気になるものだ。

「どこが違うんだろうね。君は分かる?」
「いえ、特には。あまり注目していたわけでもなかったので」

彼らの会話が誰を指すのかまでは分からなかったものの、どうやら通常とは違った様子の人物がいるらしい。
全員が集まったら、観察してみるのもいいかもしれない。

さて、雨笠くんたちは話し終わっただろうか。彼女たちがいた方に目をやると……いない。
しくじった。これ以上捜査をおろそかにするわけにもいかないし、裁判の時にでも聞くことにしよう。

私は探偵がいるであろうお化け屋敷にとんぼ返りすることにした。
何か収穫はありましたか?なんて聞かれてしまったけれど曖昧に誤魔化すしか出来ず、なんだか情けない気持ちになる。

そうして捜査をしていると、いつの間にか時間が来たようだった。

≪時間になりましたので、裁判場までお集まりください。繰り返します―――――

きっと、前回の裁判とは違い、緊迫したものになるはずだ。
なにせ人の命がかかっているのだから。

裁判開始

「今回のシロは唯一愛だ。彼女を殺したクロを見つければ、この裁判は終わる」
くれぐれも慎重に、とモノゼルくんは念押ししている。クロの指摘を間違えれば、ペナルティは避けられないのだ。

「ではまず、状況の整理からでもしてみましょうか」
江戸川くんの言葉に、異論を唱える者は出てこない。

唯一くんは、お化け屋敷のギミックによって死亡した。誰でも使えたもので、特別な能力も必要ない。
よって、この時点で犯人は絞れない。
しかし相当な出血量のため、多少なりともクロも血液を浴びているはずである。

彼女が最後に目撃されたのは、遊園地ツアーの解散時だ。そこから夕方に死体となって発見されるまでの動向は不明。
皆が思い思いに過ごしていた時間帯であり、アリバイが成立するものも多いが、単独行動をしていたものもいる。

「それで……結局、トラップ?ギミックってどんな感じで動いてたの」
「詳しい原理は分かりませんが、ボタンを押すとある方向に向けて矢が発射されるようになっていたみたいですね」

渦歹くんの問いに、江戸川くんが答えている。
体験したわけではないから分からないが、ここにいる誰も怪我をしていなさそうなことを見ると、不思議な力でも宿っていたのかもしれない、と付け加えて。

確かに、ただ一方向に発射されるのであれば、唯一くんだけでなく、その場にいたクロも多少なりとも怪我をしていそうなものである。
あの槍と同じような感じかもしれないということか、と渦歹くんは首をひねっている。

「現場には他に矢も落ちていなかったから、それもあり得るだろうな。もちろん、クロが証拠隠滅のために持ち去った可能性もあるが」

落ちていた、と言えば。雨笠くんに聞きたいことがあるのだった。
江戸川くんを見やるも、特に発言する気はないらしい。他の皆も同様だった。ならば今が聞くチャンスであろう。

「何か飾り、みたいなものを拾ったんだけど……あの時お化け屋敷に行ってた人は別にいるかもしれないから、必ずしも犯人が落としたものだ~って言えないかも」

それでもいい?と雨笠くんは不安そうにしている。今はどんな手がかりでも良いから欲しいので、私は頷いた。
しかしそれでも、彼女は言うのを躊躇っているようだった。これで疑いの矛先をその人が向けられたら、とでも考えているのだろうか。

「お姉さんが拾ったのは、その……髪飾りだよ!誰のかは知らないけど、通天閣さんと話してたのは聞いたかな」
「あっ……真央ちゃんと話してたのは、七乃ちゃんの居場所がわからなかったからなの。拾ったのは、七乃ちゃんの髪飾りだよ」
「え、うちの?」

名前を出された渦歹くんは、目を丸くしていた。
届けてくれたの雨笠ちゃんだったんだ、ありがと、だなんて実に緊張感のない返答をしている。

「あのさ、やっぱり気のせいじゃないと思うからいうんだけど……七乃くんのそれ、元々破けてなかったよね?」
「気のせいやない?うち、元々こんなやし、知らん間にどっかにひっかけててもおかしくないよ」
「自慢じゃないけど、女の子のことはよく覚えてるんだ♪少なくとも、レクリエーションの時は破けてなかったはずだよ♪」

「や、メリーゴーランドから降りるときに引っかけたから……ていうか、これが破けてたからって何だって言うん?ね、まお」
「そ……そうそう!かがちんがドジっただけかもしれないのにね!ちょーっと言いがかりがすぎるってゆーか!」

渦歹くんと通天閣くん、二人に怒られた森木林くんはヘラリと笑っていた。
ごめん、と口では言っているものの、そう思っていないのは明白だ。

「あの、こ、これも言いがかりかもしれないんだけど……渦歹さんの靴、どうしてそんなに血で汚れてるのかな、って……
俯いたままの霞澤くんは絞り出すような声でそう話している。彼の言葉を聞き、渦歹さんの足元を見ると……確かにべっとりと血が付着している。

「捜査してる時に、こう……ばしゃんと踏んでしもたのかも」
……残念ながら、それはないと思いますよ。発見時には、血は殆ど乾いて固まっていましたから」
「そ、それは……

「そうだ、スイッチ!あれ、床にあったんやろ?そうなると、お化け屋敷にいた人全員……
「かがちん!」

追い詰められ、誰も知り得ないことを口走る渦歹くんを見ていられなくなったのだろう。
通天閣くんに名を呼ばれた渦歹くんは、ハッとして口を噤んだ。

誰も口を挟まない。
誰もが渦歹くんを犯人だと思っている。

彼女は何事かを言おうと口を開き、そして閉じた。

「かがちん……
通天閣くんは、俯く渦歹くんを悲しそうに見つめている。
「言ってくれればいくらでも……手、貸したのに」

「誰か殺すから手貸してって、真央に?そんなん、してもらうつもりないよ」
ゆらりと顔を上げた渦歹くんは、眉根を寄せている。

「うちがしてほしかったのは、そんなことやない」

「これ以上話す余地もないだろう。クロは誰か分かったか?」
無慈悲にも、二人を引き裂くように。モノゼルくんは投票を促している。

↺唯一愛を殺したクロは?
→渦歹七乃

「鬱陶し。もう言い訳も許してもらえんの……ほんま、やらかした。殺人なんてコスパ悪いのに」




……いっちゃやだ、とか言ってくれへんの?」
渦歹くんに見つめられた通天閣くんは、返事の代わりに涙を一粒流した。
それで十分だったようで、渦歹くんはもう何も言わなかった。

オシオキ、と題された処刑が淡々と進められていく。
誰に向けてなのか、面白おかしく彩られたそれで命が奪われる様を私たちは見るしか出来なかった。

裁判終了

通天閣くんの啜り泣く声が響いている。そこに駆け寄ったのは意外にも探偵だった。

彼女の辣腕は振るわれなかった。不自然なまでに。
親友である渦歹くんを失うことになる通天閣くんを思ってのこと……のようには見えなかった。
第一、そうして躊躇っていたら探偵など務まらない。

何かを言おうとして口を開くも、やめる。まるで声が出ないかのように。
裁判中の江戸川くんは、実に彼女らしくなかった。
……理由を聞いたら、教えてくれるだろうか。

また会えて嬉しかったのに。もういなくならないで欲しかったのに。
そんな通天閣くんの悲痛な叫びは、私の胸にも然とくい込んでいる。

次に彼女のような思いをするのは自分かもしれない。
絶望の種は、既に蒔かれているのだ。

―――――

「あんたら、傍から見てて不気味やった」
「な、何が言いたいの……?」

唯一愛は戸惑っていた。目の前に佇む渦歹七乃に、触れられたくない部分に触れられてしまったからだ。

反律吠二との関係。あれが世に出てしまったら、自分は終わる。
渦歹七乃が何を考えているのか、伺い知ることは出来そうになかった。彼女は、薄っすらと笑みを浮かべるだけだ。

「別に、何も。あんなにいびつだったのに、あの子を生き返らせられるか不安で不安でしようがないように見えたから」

お化け屋敷というおどろおどろしい雰囲気のさなかに身を置かれていたせいもあるのだろう、渦歹七乃が何か恐ろしいことを考えているのではないかと唯一愛は思ってしまった。

殺すつもりで呼び出した。だから、主導権を握っていたのは自分のはずだった。
だというのに、いつの間にか渦歹七乃に場を支配されている。

「そうだ、占うてあげようか?地続きのこれからを知りたいなら、もちろん過去のことも必要やけど」

取り返さねば。そう思った。これ以上、傷つけられる前に。

……いらない。余計なこと、しないでよッ!!」

緩やかに締め上げられる獲物となってしまう前に、渦歹七乃の口を塞ぎたかった。
掴みかかって、押し倒して。細い首をぎゅっと掴んででもしまえば、唯一愛は勝者になるはずだ。

……

渦歹七乃は、荒い呼吸をなんとか整えていた。

目の前に広がる惨状。自らの踏んだスイッチの感触。射抜かれた瞬間の唯一愛の顔。
そのどれもが、これからもまぶたの裏に焼き付いて消えそうにないほど衝撃的で。

……ああ」

記憶の奥底に眠る、雨音が近づいてきている。

……あかん。やってもた」

なんとか切り抜けられるだろうか。通天閣真央は、自分を助けに来てくれるだろうか。
……来てくれなければ、生前からのポイント稼ぎも無駄だったのかもしれない。なんて、薄情にも思ったりして。

唯一愛から零れた血だまりが広がっている。
気づかずばしゃんと踏んでしまって、靴がもっともっと汚れた。それでも構わなかった。

なあ、今度はまおがうちに傘届けに来てよ。
それさして、一緒に帰ろうか。

頭上に広がる偽りのそらは、幻想的なまでに滲んでいた。

↺1章 完