岬ロカ
2024-11-01 17:46:20
1410文字
Public SS
 

「紅茶が先かミルクが先か?」

2024年11月1日、日本の「紅茶の日」に合わせて書いた久しぶりのSSです。
「授業」の時間なので、この時の三人はブリタニア語で会話しています。

 乳白色と、透きとおる琥珀色とが混じりあい、亜麻色の〝ティー・ウィズ・ミルク〟が生まれ出る。
 小さな茶碗カップの中の、小さな出来事。それを見守っていた男に、彼の若い妹が尋ねる。
「ブリタニアでは、お茶より牛乳ミルクを先に入れるのがお作法なの?」
 話されているのは彼女たちの母国語ではなく、今話題に出ているブリタニアの言葉だ。
「そこはまあ、人によりけりだね」
 兄であるアジューダも、同じ言葉でそう答えた。

 オフターディンゲン島の領主やしきで行われる、ささやかな「授業」の時間。プラテナと、従者兼学友であるゾフィーのブリタニア語の練習に、アジューダが付き合うというものだ。少年期の大半をブリタニアで過ごした彼にとって、その言語はいわば、第二の母国語のようなものだった。
 アジューダは出来上がった〝ティー・ウィズ・ミルク〟を手早くひと口味わうと、先刻の短い返事を補うように続けた。
「こうした方が茶碗カップに注いだ時に茶の熱が逃げにくく、風味がよくなるという説がある。……一方で、最初は何も混ぜずに飲んでみるべきだと考える人もいる。そうして濃さや風味を確かめてみなければ、最適な牛乳の量も分からないからね。紅茶が先ミルク・イン・アフターか、牛乳が先ミルク・イン・ファーストか。ブリタニア人たちの間では、尽きない論争のテーマにもなっているよ」
「それで、つまりお兄ちゃんは後者ってこと?」
 プラテナ自身は、香料で薫り付けした紅茶に、何も混ぜずに飲むのを最も好んでいる。特にお気に入りなのは、かの国の高名な伯爵が愛したという、ベルガモットの着香茶だ。だがその種の茶葉は午前中の「授業」の時間ではなく、午後の寛ぎのひとときに出されるのがこの邸の慣習だった。
「僕はと訊かれたら、場合によりけりだね。この邸の紅茶なら、使われている茶葉も淹れ方もどんなものか知っているから〝ミルク・イン・ファースト〟だ。理由は、スプーンでかき混ぜなくても、お茶と牛乳がよく混ざるから。手間を省けていいだろう?」
「あら……
 意外とものぐさな理由だったのね──と言いたげなのは、隣にいるゾフィーにも伝わった。
 続けて彼は、皿の上のスコーンに手を伸ばした。そして手で割った小さな欠片の上に、ほぼ同体積のクロテッド・クリームと苺のジャムを乗せた。
 信じられないほど甘そうなその塊を、厳めしい無表情のまま──それでいてどこか満足げに──黙々と咀嚼する。そんな三十路過ぎの男の姿を、二人の若い娘は呆れたように、しばし眺めるばかりだった。

 それから数日後の、同じ「授業」の朝のこと。
 その日は偶々、邸の使用に人に代わって手の空いていたゾフィーが紅茶の準備をした。
「今日はゾフィーが淹れてくれたのよ」
 無邪気に報告するプラテナの言葉に、アジューダがこれといった関心を示す様子はなかった。
 だがその直後、熱湯で温めてあった茶碗に真っ先に注がれたのは、白い牛乳ではなく琥珀色の紅茶であった。彼は最初のひと口の風味を舌で確かめると、ほとんど独り言のように呟いた。
「うん、悪くない」
 そう言った後で彼は、紅く透きとおる茶の中に「適量」の牛乳を加える。
 そしていつものように、とびきり甘そうなスコーンとクリームの塊とともに、どこか満足げな様子でふたたび味わった。
 ……これもやはりいつものように、表情のひとつも動かさぬまま。