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toko-honey
2024-01-08 15:00:04
4389文字
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恋人のいる生活7【終了】
レオン×タクミ。お試しで付き合うレオタクのお話。1日1話の連載で全7話です。最終回です。お付き合いいただきありがとうございました。
Japanese Only
#leokumiweek2024
地下街から城に戻り、タクミはレオンに連れられて客室へと案内された。二人で一緒に部屋に入る。
「夕食まで間があるけどどうする? 少し休むかい? それとも書庫を案内しようか」
タクミがソファに座ると、レオンは水差しからグラスに水を注いでタクミの前に置いた。水を見たら急に喉の乾きをおぼえ、グラスの水を飲む。冷たすぎない水が歩き疲れた身体にしみ渡った。レオンは減った分の水をグラスにつぎ足してタクミに渡してくる。自分の分は後回しだ。
この気遣いも、自分が彼の恋人という設定だからか。
タクミは自分の右手に視線を落とした。地下街からずっと繋いでいた彼の手の温もりを思い出す。
もし彼に本物の恋人ができたら、こんな風に彼の親切を受け取るのは自分ではなくその相手になるのだ。
自分はただの友達に戻る。もう彼から大切に扱われなくなる。
ぽっかりと胸に穴が開いた。タクミは無意識に片手で胸を押さえ、グラスの水面を見た。
「ねえレオン、聞いてもいい? これっていつまで続けるんだ」
「『これ』って?」
透明な水面がかすかに揺れる。
「僕たちが付き合ってるって設定のこと。いつになったら終わるんだ」
タクミは水面から顔を上げた。レオンがタクミの向かいへと座る。
「終わらせたくなった?」
レオンが悲しそうな顔をしたように見えた。あわてて付け足す。
「そうじゃない。終わらせたいと思ってたら暗夜に来ないし、『レオン』なんて呼ばないよ」
タクミは続けた。
「戦争が終わったら、僕たちの恋人設定も終わるんだと思ってた。『行軍中に誰かに告白されるのが困る』っていうのが動機だっただろう? でももらった手紙で、今でもまだ続いてるんだってわかった。まだ僕に恋人がいる気分を体験させてくれるつもりなんだって。それは正直に言うと楽しいし、嬉しい。だからちゃんと聞いておきたいんだ。どういうつもりでいるのか。いったいいつ終わりが来るのか」
レオンは一度目を伏せた。二呼吸ほどの間があって、目を合わせてくる。
「タクミの気が済んだら、終わりにしていいよ」
「なんだよそれ。言い出しっぺはそっちなのに、終わらせるのはこっちの責任になるの」
「うん。単純に飽きたとか、好きな人ができたとか、終わりにするきっかけはいろいろあると思う。いつやめるって言われても僕は大丈夫だよ。僕に終わりを決めて欲しいっていうならそうするし」
「なに、それ」
終わりのタイミングをタクミに任せるというわりには、自分で決めてもいいと言う。賢い彼にしてはちぐはぐで、投げやりにも聞こえる言い分だった。
「僕らのどっちかが飽きたり、好きな人ができたりしたらやめるっていうのでいいじゃないか。どうして僕だけなんだ」
「僕は飽きないし、好きな人もできないから」
意外な返事に「えっ」と小さく声が出る。
「好きな人ができないって、どういうこと?」
レオンが軽く眉を寄せた。苦笑混じりに話す。
「僕はね、結婚しないって決めてるんだ。暗夜ではたびたび後継者争いが起こっているからね。それを防ごうと思ったら王族の血は少ない方がいい。だから誰も好きにならないし、誰とも付き合わない。でもタクミと一緒で、一応興味はあってね。君に恋人みたいに振る舞ったのって、もし恋人ができたらこんな風にしたいなと思っていたことを実践してたんだ。僕にとっても楽しいし、嬉しかった」
「僕が『飽きたからやめたい』って言ったらどうするつもりなんだ」
「どうもしないよ。やめて、それで終わり」
「他の誰かを恋人役にするのか」
自分で言った言葉に、胸の穴が広がってずきっと痛む。
「それはないよ。だってこんなこと、誰にでも頼めるものじゃないだろ」
レオンはふふっと笑った。タクミに対してではなく、自分に向けての笑いのようだった。
「こんなこと聞かされて嫌になった? もしそうなら、いつでも言って」
嫌になるはずがない。
タクミの他に頼む相手がいないということは、結局のところ恋人役としてのレオンの優しさはタクミが独占しているということだ。タクミが終わりを言い出さなければ、一生彼を縛り付けておくこともできる。
それではまるで本物の恋人同士のようだ。
まるで。本物の。
窓の外はまだ雪がちらちらと降っている。
レオンが立ち上がり、寒くなるからとカーテンを閉めた。彼が動くと青いリボンがさらりと揺れる。「少し疲れたみたいだ」とタクミがこぼすと、「休んでいなよ」と優しい言葉が返ってきた。
「夕食の時間になったら迎えに来るよ」
そう言い残してレオンが部屋を出る。タクミはベッドに寝転がった。目を閉じたら眠ってしまいそうなので薄く目を開けてぼんやりと部屋の中を見る。窓の近くの花瓶には、幾本ものバラが生けてあった。いい香りがする。
先ほどのレオンの言葉を思い出す。恋愛事に興味があったから、やってみたいことを実践したのだと言っていた。
「どうして僕なんだよ」
恨み言を言って寝返りをうつ。視界に入った髪の先には、彼と同じ色のリボンが結んであった。
夕食後に湯を使う。寝るまでの時間、客室でレオンとチェスをすることになった。ローテーブルの上、メイドが運んだティーセットの横に、チェスボードを置いて向かい合う。レオンの髪にはまだ青いリボンが付いていた。タクミもゆるくまとめた髪にそろいのリボンを結んでいる。
チェスをするのは久し振りだった。タクミのチェスの対戦相手はレオンしかいないから、戦後では初めてだ。ルールを思い出しながら駒を運ぶ。
タクミは劣勢だった。レオンの方が経験値がずっと上なので仕方がない。一度目のチェックをかわし、タクミは言った。
「あれから考えたんだ。僕たちの仮の恋人関係をどうするべきか」
レオンの手が一瞬迷い、ビショップを斜めに滑らせる。
「レオン」
呼びかけながら、タクミはポーンを動かした。
「この関係は終わりにしよう」
駒を動かそうとしたレオンの手がぴたっと止まる。口元が変な風にゆがんで、盤面に視線を落としたままゆっくりと笑みの形になった。
「そう、わかった。ありがとう、タクミ王子。今まで楽しかったよ」
レオンのクイーンがポーンを退けた。キングを目指している。それを阻む位置にナイトを進ませ、タクミは続けた。
「でもそれには条件があるんだ」
「条件?」
「うん、あの」
すらすら言えたのはここまでだった。急激に顔に熱が集まる。怖じ気づきそうになる気持ちを勇気を持って捨て去った。
「もう僕は仮の関係じゃ嫌なんだ。レオンと本当の恋人同士になりたい」
レオンが盤面からばっと顔を上げる。驚きに見開かれた目がこちらを見た。
「それが、条件
……
? どうして
……
」
「レオンが恋人役をしてくれるの、本当に楽しかったんだ。ずっと続けばいいと思った。でも、君は僕のことが好きなんだって気づいて。そうしたらもう、僕たち本当に付き合った方がいいんじゃないかなって」
夕食前にベッドで寝転びながら考えたことだった。頭の中で考えたときにはもっとまとまりのある台詞を言うつもりだったのに、いざ話そうとしたら頼りない言い方でしか伝えられない。
「僕が君のことを好きだって? どうしてそう思うんだ?」
レオンが落ち着いた声で問いかけてきた。反論はしてこない。タクミは唇を舐めた。乾いた唇にはそれでは足りなくて、紅茶を飲んで湿らせる。
「君の立場になって考えてみたらわかった。君は僕と同じで、無駄を排除した合理的な考えをする人間だ。そんな君が、どうして『もし恋人ができたら』なんて発想をしたのか。それは実際に好きな人がいるからだったんだ。その相手にしてあげたいことを日頃から考えていたんだよ」
僕は好きな人なんていなかったから全然思いつかなかったのにね、と軽く笑う。
「『結婚はしないけど、付き合うことには興味があった』って言ったよね。本気でそう思っているのなら、仮の恋人役を持ちかけるのは僕じゃなくて好きな相手本人にするはずだ。そうじゃなきゃ面白くもなんともない。ましてや離れてから手紙を送ってまで続けることじゃないよ。でもレオンはその相手は僕しかいないって言った。どうしてか。僕がその好きな相手だからだ」
ここまで言っても反論は返ってこなかった。タクミは駄目押しのように言った。
「僕が今話したことで、違っているところはある?」
レオンはしばらく沈黙した。そして重たい口を開いた。
「少し違ってるよ。僕は無駄なこともする」
「恋人同士ですることって、だいたいが無駄なことだよね」
それがいいんだけど、とタクミはまた笑う。反対にレオンは暗い顔になった。
「本当に僕と付き合うの? 僕はタクミのことが好きで、触れたいしキスもしたいと思ってるんだよ。それより先のことだって。わかってる?」
「それくらい、僕が考えていないとでも思った?」
馬鹿にするなよと額を小突く。小突かれた額に手を当てて、レオンがぽつりと言った。
「こんな気持ち」
いったん言葉を切る。
「君に対して、こんな気持ちは持っちゃいけないと思ってた。断られるに決まってると思ってたから、告白なんてとてもできなかった。友達の関係を壊したくなかったんだ。でもすんなり諦めることもできなかった。恋人の振りをしようなんて言って、変に振り回して、悪かったよ。ごめん」
「いいよ、それでレオンのことを好きになったんだから。それで? 僕と付き合うの、付き合わないの、どっち?」
腰に手を当てて挑発するように尋ねると、レオンがいつもの不遜な顔に戻った。
「そんなの、聞かなくてもわかるだろう」
レオンがローテーブル越しに身を乗り出してくる。タクミもソファから腰を浮かしてテーブルに片手をついた。顔を上向ける。
チェスボードにレオンの膝が触れ、駒がバラバラと倒れる音がした。伸ばした手を取られて目を閉じる。首の後ろに手が添えられ、唇同士が触れ合った。
人生で初めての恋人との口付けは、甘く、優しく、暖かかった。幸福感がじんわりと胸を満たす。直前までは、本当に自分はレオンと口付けができるのかと少しだけ不安があった。実際にやってみて、自分の気持ちが勘違いでなかったことに安心する。
顔を離して目を開ける。チェスの盤面はひどいことになっていた。
「仕切り直しだね」
「今の僕らにはちょうどいいんじゃない」
並べ直そうとして倒れた駒を一つ拾うと、側に来たレオンに抱き寄せられた。すき間ができないほどきつく抱きすくめられる。肩口に顔を埋めたレオンが泣きそうな声で「本当によかった」とつぶやいた。タクミはその背に両手を回すと、大切な彼の背中をぽんぽんと叩いた。
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