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toko-honey
2024-01-08 14:55:48
4471文字
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恋人のいる生活5【継続】
レオン×タクミ。お試しで付き合うレオタクのお話。1日1話の連載で全7話です。
Japanese Only
#leokumiweek2024
その二日後、レオンと並んで夕食を食べる。
食事中の主な話題は軍の侵攻についてだった。午後の軍議でカムイが透魔城内への進軍計画を発表したのだ。彼女は早期に決着をつけたいと話していた。城内に攻め込んだら一気に制圧するつもりのようだ。
「こうしてゆっくり食事できる回数も少ないかもね」
タクミは根菜の煮物を口に運んだ。
「タクミ王子、水のおかわりいる?」
声をかけられ、レオンにグラスを渡す。新たな水が注がれたグラスを受け取りながらタクミは聞いた。
「ねえ、あの件はどうなったんだよ」
「あの件?」
「この前言ってただろ? 呼び方を変えようって」
二日前、お互いを名前で呼び合おうと言い出したのはレオンだ。チェスを指しながら何度か彼に「タクミ」と呼ばれてその度に胸がざわざわした。それなのに次の日になったらまた「タクミ王子」に戻っていた。今日もそうだったし、今もそうだ。
「僕としては、二人だけのときに限定するつもりだったんだけど」
「え、そうだったのか」
敬称を付けて呼ばれる度にもやもやしていたのが馬鹿らしくなる。「レオン」と呼ばなければと昨日から身構えていたことにもだ。
「君がそうしたいなら普段から呼ぼうか」
いかにも「どちらでもいい」という口調だった。恋人ごっこはいずれ終わりを迎えるのだから、そのときには呼び名は敬称付きに戻るのだろうか。それとも友達としての呼び捨てに自然にスライドするのだろうか。考えているうちによくわからなくなる。
「二人だけのときでいいよ」
「そう? わかった」
タクミの希望をレオンがあっさりと承諾する。少なくとも彼に名を呼ばれても胸がざわつかなくなるまでは、周囲の人間に聞かれたくないと思った。
食事を終えて、レオンの部屋へ行く。昨日は来ていないので二日ぶりだ。先日とは打って変わって、チェスボードの代わりにテーブルに城内の図面を広げての戦略会議になった。明日には出撃なのだ。のんびりと遊んでいる暇はない。
二人で頭を突き合わせ、軍議で決まった内容の細部を詰める。小さな修正や補足事項はいくつかあったが、大筋の変更はしなくてもよさそうだった。
図面から顔を上げ、運ばれた紅茶に口を付ける。カップから口を離し、一呼吸置いてからタクミは言った。
「あのさ、レオン」
「なんだい、タクミ」
自然な返事が返ってくる。こちらは名前を呼ぶだけで面映ゆい気持ちを抱えているというのに、まるきり正反対だ。
気にしないように意識してタクミは続けた。
「この作戦がうまくいって戦争が早めに終わるんだったらさ、恋人がいる振りなんて意味がなかったね。しなくてもよかったんじゃないか」
レオンは行軍中の女性避けに恋人役を欲しがっていたのだ。カムイの進軍方針は短期決着を目指していて、ひとたび出撃すればもう誰もそんなことにかまけている暇はなさそうだった。
「意味はあったよ。今日の話だけど」
レオンが紅茶のカップをソーサーに置く。
「僕に告白してきた兵士がいただろう。彼女、今日も僕のところに来たんだ。『どうしても諦めきれない』とか言ってさ」
「一回断られたのに?」
タクミは目を丸くした。王族に告白する女性は肝が据わっているとレオンから聞いていたけれど、本当だったようだ。
「一回くらいで諦めるようなら最初から告白なんかしないんだってさ」
レオンは他人事のように言う。
「それでどうしたんだ?」
「僕には心に決めた相手がいるから、気持ちには応えられないと返したよ。ひどく驚いていたけど、最終的には引き下がってくれた。僕に相手がいる話は、今日一日で兵士たちへあっという間に伝わるだろうね」
タクミと付き合う話が出てから一週間足らずでレオンが希望する状態になったというわけだ。
「よかったじゃないか。それならもう、」
そこまで言って、タクミは続く言葉を喉の奥に貼りつかせた。
――
それならもう、僕と恋人の振りをする必要はないね。
別に本当の恋人同士ではないのだし、いずれ終わりが来るのは最初からわかっていた。もう少し先だと思っていたことが早まるだけだ。
でも、嫌だった。
レオンが泉に助けに来てくれた姿や、食堂の待ち合わせに現れた姿が脳裏をよぎる。彼の姿が見えるとほっとした。自分を見てくれているとわかったら嬉しくなった。次の約束があるとわくわくした。遠出は実現していないけれど、どんな些細な約束でも関係なかった。でもいずれそれらを失う日が来る。そう思ったら胸に穴が開いたような心地になった。
「どうしたの、タクミ」
肩に手を触れ、二人だけの呼び方で呼んでくる。レオンのほうではまだこの一時的な関係を続けるつもりのようだった。引き続きタクミに恋人がいる状態を経験させてくれるらしい。
だったら。彼がそのつもりなら。
「何でもないよ」
静かに笑顔を作り、軽く首を振る。
「何か言いたいことがあったんじゃないの。言いなよ、聞くよ」
レオンは優しく語りかけてくる。これも恋人役の今だけのことだ。
「レオンはもう誰からも告白されなくなるから、僕と同じ立場だねって言おうとしたんだよ」
「タクミは僕がもてなくなったことが嬉しいみたいだね。まあ僕としても目的を果たせたわけだから喜ばしいんだけど」
タクミが明るく言うと、レオンも軽い調子で返してきた。
彼との恋人ごっこの終わりはいつなのだろう。胸に開いた穴に冷たい風が吹き抜ける。やはりこの戦いの決着がついたときなのか。一言聞けば済む話なのに、その日はついに聞けなかった。
透魔竜を倒し、両国の戦争が終結した。
透魔城に乗り込んでからはタクミとレオンが立てた戦略と戦術がうまく働き、カムイの方針どおり、城内は素早く制圧された。勢いづいた軍はあまり日を置かずに最深部までたどり着き、カムイ軍は透魔竜に勝利したのだ。
タクミが国に帰ると、戦後処理の大仕事が待っていた。戴冠式の準備もだ。人員の少ない中でタクミは王族の一人として率先して動いた。目まぐるしい日々の中、個人的なことに時間を割いている余裕はほとんどなかった。
レオンとは公務で数回顔を合わせた。いずれも用が済んだらすぐに国に帰ったので個人的な対面は皆無だ。直接顔を合わせたのも最初のうちだけで、ほどなくして別の担当者を立ててのやり取りになった。きっと向こうもこちらと同様に忙しいのだろう。拠点の食堂で待ち合わせて夕食を一緒に食べていた日々が懐かしい。国の名の入った書類上でしか彼と交流できないのは寂しいが、立場を思えば飲み込むしかなかった。
暗夜との交渉ごとが一区切りつき、城下町の復興の目処も経ったころだった。タクミが寝支度を整えていると部屋にヒナタが訪ねてきた。外はもう真っ暗だ。
「タクミ様、お手紙です」
「もう寝るところなんだけど。なんでもっと早く持って来ないんだよ」
「早く持って来てますよ。たった今届いたんですから」
「こんな夜中に?」
フクロウが届けに来たという手紙を受け取る。暗夜の書状だ。公的な書類とは違い、タクミ個人に宛ててあった。裏返して差出人を見る。そこにあるレオンのサインを見て、タクミの心臓が大きく鳴った。彼から手紙が来るなんて、初めてのことだった。
両手で手紙を持ち、差出人名をじっと見つめる。視線を感じてはっと顔を上げるとヒナタと目が合った。座り込んだ姿勢でタクミの反応をじっと観察している。
「もういいよ、下がっててよ」
「タクミ様、顔が赤いですよ」
「えっ」
思わず頬にぺたりと手を当てる。火照った顔の熱が手のひらに伝わった。
「誰からですか? 例の恋人ですか?」
興味深そうに顔を近づけてくる。自分はそんな風に思われるような表情をしていたのだろうか。首を伸ばして手元をのぞき込んでこようとするのを避けた。
「恋人なんかじゃないよ。レオン王子だよ。差出人を見ただろ」
「あ、見てませんでした。すみません」
「確認してから持って来なよ」
「次からは気をつけます。レオン王子だったんですね。タクミ様が嬉しそうだったから、例の付き合ったことのある人かと思いました」
ヒナタは歯を見せ、にかっといい笑顔になった。
その素直な笑顔を見て、付き合った経験があるなんて言わなければよかったとタクミは思った。数日前、最近恋人のできたヒナタから一方的にのろけ話を聞かされ、「タクミ様はこういうの経験できないですよね」と合間に言われ、つい「僕だって付き合ったことくらいある」と言ってしまったのだ。幼なじみの気軽さから、それ以来ヒナタは相手はどこの誰なのかと探りを入れてこようとする。変に対抗せず黙っておけばよかった。単純な嘘とも言えないことがかえって空しさを助長する。レオンと同じことをしているとはいえ、もうあの恋人設定はとっくに終わっているのだ。
まだ興味津々のヒナタを部屋から追い出して手紙を広げる。差出人のサインと同じ、少し癖のある文字を目で追った。
手紙はしばらくの無沙汰をわびる挨拶から始まり、やっと仕事が落ち着いて本を読む時間ができたとか、だから手紙も書けたとか、何でもない近況が綴られていた。戦争中の拠点での思い出話が少しあって、最後はタクミを暗夜王国へ誘う文章で締めくくられていた。
本当に普通の、何でもない、友達宛てのよくある手紙だった。特別なことは何も書かれていない。
その普通の手紙を読んで、タクミは手にじわっと汗をかいた。信じられない思いで何度も読み返す。見間違いではない。レオンがこの手紙に持たせた意図を確信を持ってくみ取り、最後の一文を改めて目で追った。
――
二人で出かける約束がまだ果たせていないよね。近いうちにウィンダムにおいでよ。タクミが喜びそうなことをいろいろと考えているんだ。
『タクミ』
その文字を見たら、彼の声が自然と頭の中に響いた。敬称の付いていない名前だけの呼び方だ。二人だけのときに使いたいとタクミが言ったら、彼は希望どおりにしてくれた。二人きりになる時間そのものが少なかったから呼ばれる機会はあまりなかったけれど。
レオンの手紙の中でのタクミへの呼びかけはすべて名前のみだった。公務で会ったときの彼との会話を思い出す。「タクミ王子」としか呼ばれていなかった。
手紙を持つ手に力が入る。
終わっていない。まだ終わっていなかった。
戦争が終わったから自然消滅したと思っていたレオンとのお試しの恋人関係は、タクミの予想とは違ってまだ続いていた。戦時中でもないのにこれを続けることでレオンにどんなメリットがあるのかはわからない。彼にとっては気まぐれの遊びの一環かもしれないが、タクミにとっては続いて欲しい遊びであった。
タクミはばたばたと文机に向かった。紙と筆と墨を用意する。燭台の明かりの下、レオンへの返事をしたためる。文中で彼の名前を書くときは、意識してゆっくりと丁寧に書いた。
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