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toko-honey
2024-01-08 14:54:27
3806文字
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恋人のいる生活4【実践】
レオン×タクミ。お試しで付き合うレオタクのお話。1日1話の連載で全7話です。
Japanese Only
#leokumiweek2024
夕食の待ち合わせは何時がいいかとレオンが声をかけてきた。温泉から出た後、食堂で昼食を食べていたときだった。
「待ち合わせなんてしなくたって、適当に食べてたら会えるんじゃないのか」
食事は各自の都合のいい時間にばらばらに食べているが、そこまで大きくタイミングがずれるとは考えにくかった。今だって約束していなくてもレオンに会えている。
「適当に待ってて時間がずれて、片方が先に食べ終わったら意味がないだろう。現に、ほら」
レオンは自分の昼食の乗ったトレーを示した。レオンは今から食事だが、タクミの食器はほぼ空だ。なるほどと納得した。
夕方になり、決めた時間よりも早めに食堂に来る。レオンはまだ来ていなかった。入り口の前に立つのはいかにも「待っています」という感じがしてなんとなく嫌だったので、少し離れた場所に移動する。そこから食堂の入り口を眺めているとヒノカが声をかけてきた。
「どうしたんだ、こんなところで。もう食事は終わったのか」
タクミの顔を見ながら食堂を指す。
「まだなんだ」
「それなら私と一緒に行くか?」
何も知らないヒノカが機嫌良く誘ってくる。無論誘いに乗るわけにはいかない。
「ちょっと人と約束があって、待ってるんだ」
気恥ずかしくて、レオンの名を伏せた。ここで名前を出さなくても一緒にいるところを見られたら同じなのだが。
ヒノカは意外そうな顔になって瞬きをした。次は誰を待っているのか聞かれるのだろうかと身構えていると、まったく違うことを言われた。
「珍しいこともあるな」
「僕が誰かを待ってるのってそんなに変かな?」
ヒノカが「いや」と首を横に振る。
「変というか、意外だった。タクミはいつも忙しくしているだろう。当番がないときでも本を読んだり鍛錬をしたり戦略を練ったりと、何かしら有益なことをしている。食事も一人でさっと済ませている風に見えた。だから何もせずここに立っていることがまず珍しかったんだ。それほどの余裕ができたのだと思ってな」
「気が抜けているって言いたいの」
責められたように感じてとっさに反発する。
「そう悪く取るな。余裕があるのはいいことだ。余裕もなくぴりぴりしているよりはずっといい」
「僕、ぴりぴりなんてしていないけど」
「私の目にはそう映っていたというだけだ。お前が無理をしているのでなければそれでいい」
ヒノカが笑みを向けてきて、タクミはついと視線を反らした。自分を心配してくれる相手に反発したことが恥ずかしくなる。ヒノカはそんなタクミの様子に気を悪くした様子もなく、「では私は先に行ってくる」と言い残して食堂へと歩いて行った。
タクミが拠点で忙しなくしているのはヒノカの言う通りだった。単純にやることが多いのはもちろんだが、やることが片付いてからも何もしないでいるのが不安なのだ。周囲から、役に立つ人間だと思われたかった。何もしないでいるところを見られて失望されたくない。誰にそう言われたわけでもないのに、役に立つように動くことが半ば強迫観念のようになっていた。無理をしているつもりはなかったけれど、ヒノカは心配だったようだ。
今だって、厳密に言えば何もせず立っているわけではない。レオンと食事の時間を合わせるために彼を待っているのだ。ただ、客観的に見れば、何もしていないのとあまり違いはなかった。普段の忙しくしているタクミのものさしで測るなら、無駄な時間を費やしているのは間違いない。
でも今のこの時間を無駄だとは思えなかった。もうすぐ彼に会えるのだと思うと楽しみだし、約束を守ってくれるか若干不安もある。わくわくしたこのくすぐったい時間を「無駄」の一言で切り捨てるのはあまりにもったいなかった。
食堂のほうへと目を向けると、歩いてくるレオンの姿があった。こちらにはまだ気づいていない。タクミは軽く片手を上げ、小走りでレオンの元へと近づいた。
レオンと食事を済ませた後で彼の部屋へ向かう。
今日の夕食当番はシャーロッテだった。がっつりした食べ応えのあるメニューを作ってくれるのでタクミは彼女の料理を気に入っている。いつもは食事をする時間も惜しくて一人でかき込んでいたが、今日はレオンと味わいながら食べたのでより一層おいしく感じられた。
部屋に入るとソファを勧められた。ローテーブルの上に盤が置かれる。
「まずは駒の種類と動きを教えるよ」
白と黒の二色に塗り分けられたチェスボードの上にレオンが白と黒の駒を並べた。将棋と似ているが細かいところはまったく違う。丁寧に説明してくれるのをまずは真剣に聞いた。聞き慣れない用語が多くて混乱しそうになる。理解があいまいな部分を質問すると、また丁寧に教えてくれた。
「まずは一回やってみようか」
レオンが先手で白のポーンを動かした。タクミもそれに倣う。定跡がわからないのでほぼ勘で駒を動かす。こちらは初心者だし、負けるのは当たり前だから勝負といっても気が楽だ。
勝負中、レオンはタクミの指す手に特に口を出してこなかった。経験者から見れば初心者の指し手なんて口を出したくなるだろうに、ルールに沿わない動きをしたとき以外は黙っている。
指している最中に紅茶が運ばれてきた。そのお茶が冷めきる前にレオンがタクミのキングを取った。
「なかなか筋がいいんじゃないか」
レオンがティーカップを傾けながら言う。
「それってお世辞? レオン王子でもそういうこと言うんだね」
「お世辞じゃないよ。途中で感心する手もあった。正直最初は手加減しようかと思ったけど、止めたよ」
「今度は冗談? 途中からずっとあんたの圧勝だっただろ」
黒の手駒は白と比べて盤上からすっかり減っている。ふっと笑ってタクミは紅茶に口をつけた。ぬるいが、勝負の後で乾いた喉にはこのくらいがちょうどいい。
「あんまり指導したりしないんだな、意外だったよ」
どんな手を指しても口を出してこなかった様子を思い出す。真剣勝負なら当然だが、今は初心者に教えている場面だ。
「君は人からあれこれ言われるのを嫌がるかと思ってさ。あえて何も言わないようにしてた」
「それはそうかも。賢明な判断だね」
指した手について「こっちのほうがいい」などと指摘をされて、反発する自分の様子が容易に思い浮かぶ。たちまち険悪な雰囲気になったことだろう。昼前の泉の一件といい、彼はタクミが一番欲しいものをちょうどいいタイミングで与えてくれる。彼は自分と似ているところが多いからこちらの欲しいものがわかるのだろう。
「やるからには強くなりたいからさ、次はいろいろ教えてよ」
「いいよ。じゃあもう一回しようか」
カップを置いて二人で駒を並べ直した。今度はタクミが先手の白だ。
解説をしてもらいながら、先ほどより時間をかけて勝負を進める。クイーンで相手のナイトを取って得意になっていたら、遠くにいたビショップにクイーンを取られ返された。
「ああ、そうだった。レオン王子、それさっきもやってたよね」
自分の失態を悔しがりながら次の手を指すと、レオンの手が盤の上でぴたっと止まった。
「どうしたのさ? 別に文句があるわけじゃないよ。続きをやろうよ。レオン王子の番だよ」
「あのさ、提案があるんだけど」
レオンがポーンを動かす。
「呼び方を変えてみないか」
「呼び方?」
タクミの手が止まる。
「そう、呼び方。名前で呼ぶんだ。『タクミ』、『レオン』って。その方が恋人らしいだろう」
盤上の駒から視線を上げると、切れ長の目がタクミを見据えていた。
そうだったとはっとする。そう言えば自分たちは恋人の設定だった。チェスに夢中になって忘れかけていた。
いいよと言おうとして少し戸惑う。慣れない呼び方で彼を呼ぶことに照れくさいのもあるが、なぜ、という気持ちもあった。名前で呼ぶのなら友達同士でもあることだ。友達のままで呼び方を変えてもいいのに、レオンは恋人として名を呼ぶことを提案してきた。今は恋人という設定になっているからそれに従っているだけかもしれないが。
「タクミの番だよ、ほら」
レオンがうながす。「王子」がなくなっただけなのに、彼の声での聞き慣れない呼び方に胸の辺りがざわついた。
駒を動かすと、予測していたのかレオンがすぐに次の一手を指してきた。
「ねえ、僕のことも呼んでみてよ」
レオンの声に集中力が削がれる。次の手も考えていたのだが、本当にこれでいいのかと自信がなくなる。もしかしてこれは彼の作戦なんじゃないだろうか。
タクミは顔を上げた。
「レオン」
名を呼んでみると、レオンの視線がこちらに向く。急に恥ずかしくなって視線を盤上に戻した。さっと手を動かし、キングに迫っていたビショップをナイトで取り除く。
「それでいいの? チェックだよ、タクミ」
端に追い詰められたキングの正面にルークが据えられる。逃げ道はなかった。一時的にナイトで防いでも次はやっぱりチェックだった。
「参りました」
宣言して頭を下げる。明日のこともあるから今日の訪問はこれで終わりになった。
「おやすみ、タクミ。また明日」
「うん、おやすみ」
取りあえず夕食を毎日一緒に食べる約束をして部屋を出る。結局、この日「レオン」と呼べたのは一度だけだった。
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