toko-honey
2023-12-03 13:31:36
6187文字
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味噌汁を褒めただけなのに

味噌汁プロポーズのレオタク。ナカノさんへのお礼です。

 レオンが初めて食べた味噌汁は、温かくてほっとするおいしさだった。
「これが味噌汁なんだ。おいしいね」
「気に入った?」
 向かいのタクミが笑いかけてくる。

 レオンが食堂を訪れたのは、いつもよりずっと遅い時間だった。
「何か残ってる?」
「おかずはもうろくに残ってないね」
 今日の当番のタクミがおひつの中のご飯をしゃもじで寄せ集める。夕食というより、もう夜食の時間帯だ。簡単なものでよければ、と出してくれたのがおにぎり二つと味噌汁だった。白菜の漬物もある。
「今日はずいぶん遅かったね」
 タクミが急須からお茶を湯呑みに注いでくれた。二人分だ。タクミは湯呑みの一つをレオンの前に置いて、たすきと前掛け姿のままレオンの向かいに座った。もう一つの湯呑みを手元に引き寄せる。
「次の戦いの戦略を練っていたんだ」
 レオンはおにぎりを手に取ってかぶりついた。塩がしっかり効いている。中身は焼き鮭だ。夕食の残り物のようだった。
「根を詰め過ぎじゃないの」
「タクミ王子が手伝ってくれてたら夕食の時間に間に合ったのに」
 恨みがましく言いながらフォークで漬物を口に運ぶ。箸は苦手だった。
 タクミがすました顔でお茶を飲む。
「それはご期待に添えなくて申し訳なかったね」
「おにぎりだって温かいものが食べられたのに」
 冷えたご飯で握ったおにぎりは形を保つことができなくて、食べ進むにつれてぼろぼろと崩れていった。指に付いた大量のごはん粒を行儀悪く一粒ずつ舐め取る。タクミが濡れた布巾を差し出して来た。受け取って手を拭う。
「味噌汁は温かいよ。温め直したから」
「ああ、これが」
 味噌汁は、タクミの好物だと聞いてからずっと気になっていたものだ。椀の中では溶けた味噌が浮遊している。
 添えられた匙を使って具の野菜を食べる。白夜風に、汁椀を持ち上げて直接口を付けた。汁を飲む。
 味噌汁はおいしかった。一言感想を言うと、タクミが嬉しそうに笑った。
 口慣れない味ではあるが、癖は少なく、これはこれでおいしかった。もともと汁物が好きなこともあって気づけば飲み干していた。空になった椀を置く。
「気に入ったよ。こんなにおいしいのなら、毎日でも作って欲しいくらいだ」
「えっ、それ本気で言ってる?」
 何気なく言った褒め言葉に、タクミがひどく驚いた顔をした。きっと自分の味噌汁の出来を謙遜しているのだ。彼は白夜人の例に漏れず奥ゆかしいところがある。
「僕は本気だよ」
 謙遜するタクミを安心させるように言うと、彼の頬がほんのり赤くなった。やはり奥ゆかしい。
「いいよ、レオン王子なら。……ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しい」
 タクミは喜びすぎではないかというくらい嬉しそうな顔になった。うつむき加減になって、「えへへ」とはにかむ。味噌汁を褒められたことがよほど嬉しかったようだ。普段の凛としたたたずまいとはまるで違っていて、こんな顔もするのだなと意外に思った。
「あ、あのさっ。レオン王子は、結婚式とかってしたいと思う?」
 唐突に無関係な質問が飛んできた。頭の回転の速い彼のことだ。今までの会話とこの質問には何か繋がりがあるのだろう。こういうことは今までにもあったので、レオンは特に詮索せず質問に返した。
「個人的な希望がどうこういうより、王族だからしたほうがいいね。特に今は戦時中だし、僕らが結婚式を挙げないと、下の者たちが式をしたくてもできなくなる」
 もし今の時期に自分が結婚するならば、の前提で話す。もしものことに思考を巡らすのは好きな趣向だ。頭の中の、いつもと違うところが活発に動いている感じがする。
「僕も同じ意見だよ。戦時中でもしてもいいよね」
「そうだね。兵士たちの戦意も向上するんじゃないかな」
「この拠点でできるかな」
「できると思うよ。ここには闇竜の像があるから。白夜の光竜の像もあるよね」
 どちらの国でも、竜の像の前で二人が永遠の誓いをするのが伝統的な習わしだ。
「いつするのがいいと思う?」
 いつ、というのは季節のことだろうか。女性なら、お気に入りの花の咲く季節がいいとかあるかもしれない。
「僕は別にこだわりはないよ。いつの季節でも良さはあるし。タクミ王子は?」
「僕は一日でも早いほうがいい」
「どうして?」
「心変わりされたら困る」
 レオンは吹き出した。声を上げて笑う。「心配し過ぎだって」と言うと、「そうかな」とタクミが眉を下げた。
「そう簡単に心変わりしないよ」
「もたもたしてる間に誰かに盗られるかもって思ったら、早く式を挙げたいんだ」
 タクミは真剣な顔だ。架空の結婚相手について本気で心配しているのがおかしくて、小さく笑いながら言う。
「そんなに心配なら早くしたほうがいいね」
「五日後とか?」
「それはいくらなんでも間に合わないよ」
「十日後は?」
「全部君が段取りをつけるならいいんじゃないかな」
「なるほど。わかった」
 もしもの話をあまりに真剣に考えるものだから、レオンはまた吹き出してしまった。

 次の日、レオンが鍛練の合間に休憩しているとタクミが近づいてきた。手にジャラジャラしたものを持っている。
「レオン王子、指輪のサイズって測ったことある? これを使うんだって。リングゲージ。知ってた?」
 タクミはリングゲージをレオンに示した。輪になった紐に、様々なサイズのリングが連なっている。
「それ、どうしたの?」
「アクセサリー屋にあったんだ。あの店、指輪なんて置いていないのにね」
 言いながらタクミはゲージのリングを一つずつ自分の左手薬指に試し始めた。何個目かで自分のサイズのものを見つけ、リングに書いてある数字をつぶやいてふうんと感心する。
「レオン王子も測ってみてよ」
 タクミが自分の指からリングを抜いてレオンの指に試した。
「少し緩いかな」
 レオンの指からリングを外して、次にはめるリングを探し始める。
 昨日結婚式についての話をしたから、次に指輪に興味が湧いたのだろう。タクミの思考は分かりやすかった。彼に付き合うことにする。
「レオン王子って指が長いよね。爪の形もいいし、いいなあ」
 レオンの指に手を添えて、すっと次のリングをはめる。レオンの左手薬指は、タクミよりも一段階小さなサイズがぴったりだった。
「背はレオン王子のほうが高いのに、指は細いんだね」
 タクミはまたふうんと感心すると、リングの数字をつぶやいた。

 次の日の定例会で、カムイから驚くべき報告があった。アクアが結婚するという。相手の名前を聞いてレオンは納得した。近ごろよく彼女と二人でいるのを見かけていた人物だった。恋人同士だったとは知らなかったが、言われればそうかと思えた。
 アクアとその相手のために結婚式を挙げたいというカムイの意見に皆は賛成した。共に戦う仲間の慶事である。当然のことだ。ただ、戦時中の拠点で挙げるから、略式のものとなってしまう。そればかりは仕方なかった。
「急な話で驚いたね」
 定例会後にタクミに話しかける。アクアはカムイにだけは二人のことを話していて、密かに準備を進めていたらしい。
「僕はなんとなく聞いていたけどね」
 タクミは嬉しそうな顔をしていた。きょうだいのようにして育ったアクアの結婚が喜ばしいのだろう。両方の王族に関わりのあるアクアの式には、レオンもタクミもきょうだいとして列席することになる。
「レオン王子は結婚式の衣装はどうする」
 タクミがアクアの式での服装について相談してきた。カムイはいつもの格好でも構わないと言っていたが、せっかくのハレの日にそれはあんまりではないかとレオンは思っていた。
「礼服を着ようと思ってる。臣下に取りに行かせるよ。本当は徽章とかいろいろあるけど、ここで挙げるならそこまではいいかな」
「僕も正装を準備しようと思ってたんだ。さすがに鎧姿はちょっとね」
 アクアの式は二日後だ。星界からの移動は距離を考えなくていいから、衣装もすぐに自国から調達できる。
「結婚式の後は食事会だね」
 カムイが言っていたことだ。披露宴まではできないから、いつもより豪勢な食事でお祝いしようと話していた。
「食事会のメニューは希望はある?」
「好き嫌いはないけど、スープやシチューがあれば嬉しいな。あとはトマト」
「やっぱりそれなんだね」
 タクミがおかしそうに笑った。
 列席用の衣装は翌日には届き、そのまた翌日にはアクアの結婚式が行われた。ささやかではあるが温かい式だった。

 数日後、夜通しの任務明けで部屋に戻るレオンにきょうだいが次々に話しかけてきた。
「お前も立派になったものだな。私は嬉しく思うぞ」
「ええ、本当に。あなたの幸せは私の喜びよ」
「レオンお兄ちゃんすごいー、よかったね!」
 褒められて喜ばれているだけのはわかるが心当たりはなかった。何のことを言われているのかさっぱりわからない。今日は確か定例会がある日だから、そこで誰かから何かを聞かされたのだろうか。尋ねてみればいいのだが、夜通し働いた頭はぼんやり霞がかっていてまともに働かないし、身体は休息を求めていた。エリーゼの肩にピンク色のカラスが乗っている幻覚が見えたところでレオンは考えるのをやめた。
「うん、みんな、ありがとう」
 簡単な礼を告げて部屋に戻る。寝そうになりながら鎧を外し、寝間着に着替えた瞬間にベッドに倒れ込んで泥のように眠った。
 十二時間以上眠り、起きたときには朝あったことはすっかり忘れていた。ピンク色のカラスを見たことだけは覚えていた。

 タクミの味噌汁を褒めてから十日後、タクミとの会話の内容を忘れかけたころに、レオンはそれを思い出すことになった。
 その日、少し遅く起きた朝、レオンの支度を手伝うためにゼロが部屋に入ってきた。
「おはようございます、レオン様。今日はいよいよお楽しみの日ですね」
「ああ、そうだったかな」
「レオン様もとうとう一人前のオトコになられるのだと思ったら感慨深いものがあります」
「それはよかったよ」
 ニヤニヤと意味ありげなことを言うゼロにさらっと返す。ゼロの言うことにいちいち付き合っていてはキリがない。
 顔を洗い、髪を整え、タオルで身体を拭く。続いて鎧のアンダーを着ようとしたら、ゼロは礼服を出してきた。先日アクアの結婚式で着たものだ。さすがに悪ふざけが過ぎる。
「ねえ、なんでそれなんだよ」
「レオン様のご希望と伺っております」
「僕の希望? 誰がそんなこと言ったんだよ」
「タクミ王子です」
「はっ?」
「今日は結婚式ですから」
「えっ、誰が」
「タクミ王子です」
「タクミ王子? えっ? 本当に?」
「本当です」
 タクミ王子が、結婚?
 レオンは衝撃を受けていた。そんなこと一言も聞いていなかった。一番の親友だと思っていたのにどうして話してくれなかったんだ。無闇に人に言いふらされたくなかったのか。そんな人間だと思われていたのか。だからって当日に知らせるなんて、あまりにひどいじゃないか。
 頭の中がぐらぐらしながら礼服に着替えさせられる。ゼロに手を引かれて、アクアのときと同じ場所に連れて行かれた。竜の像が二体並ぶ、略式の結婚式場だ。きょうだいたちが集まっていた。みんな、アクアのときと同じ正装だった。
 レオンの手はゼロからマークスへと渡された。マークスに手を引かれ、タクミの横に連れて行かれる。竜の像から延びた赤い絨毯の端にタクミは一人で立っていた。タクミもアクアの式のときと同じ服装をしていた。黒の紋付き袴。白夜の伝統的な婚礼衣装だ。
「タクミ王子、あの」
 ともかくお祝いを言わなくては。彼の結婚相手はどこだろう。
「レオン王子、はいこれ」
 レオンがまごまごしていると、タクミはレオンの上着の胸ポケットに小さな花束を挿してきた。嬉しそうに微笑む。
「ブートニアって言うんだろ。似合ってるよ、レオン王子」
「え、でも、ブートニアって普通、結婚式では花婿がつけるもので」
「花婿だろう」
 タクミはあきれたように言った。
「誰が?」
「レオン王子が」
「えっ? 僕? だって今日はタクミ王子の結婚式だよね。タクミ王子が花婿じゃないの」
「何寝ぼけてるんだよ。僕とあんたの結婚式だろう」
「なんで?」
「十日後に結婚式を挙げるって言っただろう。全部僕が段取りするんならいいって言ったじゃないか」
 レオンははっとしてタクミとの会話を思い出した。早く結婚式がしたいとか、この拠点でできるのかとか話していた。あれはもしもの話ではなく、タクミがレオンと式を挙げるという話だったのか。
「指輪のサイズも一緒に調べたし、結婚式の衣装や食事会のメニューも相談したじゃないか」
 それも覚えがあった。確かに話した。衣装と食事会についてはアクアの式のつもりで話していたのだが。
 戸惑うばかりのレオンの様子に何かを感じ取ったのか、タクミの眉が下がった。すっと沈んだ顔になる。
「もしかして僕と結婚するの、嫌になった……?」
 ひどく打ちのめされた様子だった。今にも泣きそうな顔で見上げてくる。レオンにとっては寝耳に水な話でも、タクミにとってはずっと期待に胸を膨らませていた話なのだ。彼がこの日をどれほど待ちわびていたか、その顔を見ればわかる。レオンのあずかり知らぬところで起こったこととはいえ、タクミの期待を打ち砕いたのは間違いなく自分だった。このままにしてはいけないと思った。タクミと結婚式を挙げることの是非は置いておいても、彼を泣かせるのは嫌だった。
「そんなことないよ」
「そうか、ならよかった」
 タクミは一気に元気になった。さあ結婚しようと並んで前を向く。正面に並んで建つ二匹の竜の像の前には司祭の衣装を着たカムイが立っていた。リョウマがそろそろ始めようかと声を上げる。
 レオンの腕にタクミが手を添えた。赤い絨毯に一歩踏み出す。
「僕と君の結婚って、どうやって決まったんだっけ?」
 ゆっくりと絨毯を進みながら、こそこそとタクミにしか聞こえない声でレオンは尋ねた。発端となった十日前の記憶を必死に掘り起こしているが、まったく身に覚えがない。夜食におにぎりと味噌汁を作ってもらった記憶しかなかった。
「僕に求婚したじゃないか。本気なのかって確認したよ」
 タクミが小声で返す。
「味噌汁を褒めた覚えはあるんだけど」
「『毎日作って欲しい』って言ったじゃないか」
「言ったけど、って。えっ、それ?」
「そうだよ。……嬉しかった」
 横目でちらりとタクミを見る。頬をほんのり赤く染めたうつむき加減の顔にドキッとした。
 司祭役のカムイの前に立つ。カムイにうながされ、準備した結婚指輪を互いの指にはめた。
「では誓いのキスを」
 向かい合って、正面からタクミの顔を見る。喜びと期待に満ちた目が自分を見上げていた。さあっと吹いた風が花の香りを運んでくる。まるで二人を祝福しているかのようだった。
――まあ、こんな始まりもいいかもな。
 頬に手を添えるとタクミが目を閉じる。レオンは薄く染まった頬にそっと口付けた。