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シノハラ
2024-10-31 22:46:34
3958文字
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アルカヴェ♀
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騒音騒動
2023/12/12初出 深夜にクソデカ騒音を発生させてしまった先輩の付き合ってないアルカヴェ♀
がら、ガラガラ、ど、ガン、ドン、ぐわんぐわんぐわん、か、カン、カラン、カン。
文字にするならそんな感じの、とにかくとんでもない音がした。いや、これくらいの音であればカーヴェは良く耳にしているし、どちらかと言えば可愛い方だとは思う。でもそれは工事現場で聞く類のものであり、おおよそ深夜の室内で聞こえて来て良いものではない。
「あ、ああ~
……
」
音が静まってからびっくりして固まった体を音がした方に向ければ、乱雑に積んでいた模型のための資材が雪崩を起こして床に広がっていた。乱雑と表現するからにはカーヴェもそろそろまずいかな? とは思っていたのだ。もちろん、次の休みにはちょっと整理をしないと、とも。
けれど、資材達はカーヴェが手を入れるのを前に堪えられなくなったらしく、見るも無残な崩壊に至っていた。破損した物がない事を祈るばかりである。
先ほどの音はすでにすやすやと眠っているはずの家主の視神経を遺憾なく刺激しながら、家中に響き渡ったはずだ。明日は文句を言われるだろうが、さすがに粛々と受け入れるしかないとカーヴェも思う。どう考えてもカーヴェが悪い。
設計の手を止めてひとまず床を埋めている資材を隅に寄せながら、アルハイゼンの不快そうな眼差しを想像してしおしおとなった。ちなみに慰めてくれるかもしれない可愛い可愛いメラックはベッドの脇で休眠状態になっており、今もすやすやと眠っている。
こんこん、と戸を叩かれたのはとりあえず大物を隅に移動させ終わった頃だった。どうやら騒音に目覚めたアルハイゼンは朝を待たずにカーヴェに不満を述べる事にしたらしい。まあたしかに、文句を言ってからの方がすっきり眠れるだろう。
「やあ、アルハイゼン、あの、えっと」
さすがに無視もできず戸を開けて、寝起き特有の気だるさの混じるこの世の大半が煩わしいとでも言いたげなアルハイゼンを迎え入れる。さっさと謝れば良いのに言葉がうまく出ないカーヴェを視線が飛び越えて、室内の惨状を見ているのが分かった。
「夕食時の話からして君は今日設計をしていると思っていたが、何があった?」
「あ、ええと、溜めていた資材が崩れたんだ。その
……
」
はあ、と溜息が漏らされて思わずぎくりと肩が強張ってしまう。今回ばかりは自分に非しかないのが分かっているので、反論の一つも思い浮かばない。
「
――――
っ⁉ っ、あ、な」
観念して平身低頭で謝ろうとした瞬間、自分の体がふわりと浮いた。肩どころか全身を強張らせて、カーヴェは自身に起きた状況を確認する。抱き上げられている。そんな、馬鹿な。どういう風の吹き回しなのかさっぱり分からない。
体の硬直が抜けないうちに、カーヴェの体は自身のベッドに押し込められる。そのままのそりと彼がベッドに上がってきて、上がりそうになった悲鳴を反射的に押し殺した。男女がベッドの上ですることなんて一つではあるまいか、とカーヴェは内心で悲鳴を上げるしかない。
よもや、苛立ちを女の体にぶつける男だとは思っておらず、裏切られた心地になってじわりと涙が浮かびかかった。そういう判断をしていたのはカーヴェの勝手であるが、血の繋がらないおんなと共に暮らしていて一向に手を出す様子のない男だったのだ。そう思ってしまっても、カーヴェだけのせいではあるまいと思う。
「怪我は?」
なんとか彼の距離を取ろうとしたところを後ろから引き寄せられて、カーヴェの腕にアルハイゼンの手が伸びてきた。それから少し低いが迫力はない声音でアルハイゼンが問いかけながら、手指の具合も確かめられる。
「離れていた時だったから、どこもぶつけてないよ」
「そうか」
自分が思っていたのとはどこか違うように思えてきて、カーヴェは平静を装ってアルハイゼンに問いかけに答えた。相槌はあったがカーヴェの回答には納得しきっていないのか、アルハイゼンは後ろからカーヴェの顎を持ち上げてアルハイゼンを見上げさせ、カーヴェの髪を掻き上げ額の無事を確かめる。
それでようやく満足したのか、アルハイゼンはカーヴェの腹に腕を回して、肩口に額を押し当てた。そこから動きがないとカーヴェが確信した頃には、もう寝息めいた呼吸が聞こえてきている。
「
……
寝た?」
おそるおそる問いかけても、アルハイゼンから返事はない。寝ている。見事に寝入っている。もしかしたら彼はずっと起きているとは言えない夢と現の狭間にいたのかもしれない。
カーヴェの安否を気にしつつも、眠くて堪らなかったのは間違いないのだろう。だからといってこんな。おそらくアルハイゼンだって、こんな状況は本意ではないはずだ。
お互いのためにも自分はベッドから出た方が良いのは間違いない。ひざ掛けや上着を被って居間のカウチで寝てしまおうとそっと体を離そうとすれば、気に食わないとばかりに乗せられていただけの腕が腰に巻きついてきた。思わず呻いてしまったが、アルハイゼンが目覚める様子はない。
彼を起こせばこの状況を脱せられるのはもちろん分かっている。けれど、一度起こして身を案じさせた上に再び起こすのも気が引けた。カーヴェの勘違いから跳ね上がっていた心拍数も落ち着いてきて、自身とアルハイゼンの間で体温が馴染んで境界線があやふやになるのを感じる。
そうなるとここのところ睡眠不足だった体にはてきめんに効くらしく、ふわりとあくびまで出てくる始末だ。規則的に聞こえてくる寝息の心地よさもその傾向に拍車をかける。
もういい。今日は寝てしまおう。それが今晩最後のカーヴェの思考だった。
※ ※ ※ ※
目が覚めると腕の中にカーヴェがいた。泥酔した彼女よろしく何も覚えていないと言い張りたかったが、残念ながら最初から最後まで綺麗に記憶がある。いつも通り就寝し、騒音に起こされた。そこまでは良かったのだ。いや、良くはないが。
アルハイゼンを目覚めさせた音はどう考えてもカーヴェが制御して出した音ではなく、彼女の部屋で何かが起きたのは間違いなかった。深夜に女の部屋を訪ねるのはよろしくないと承知しつつも、安否が気になってしまってアルハイゼンは彼女の部屋の戸を叩いたのである。
戦々恐々としながらもアルハイゼンの来訪に応じたカーヴェの向こうに見える彼女の部屋はなかなかの有様だった。普段からこれ程散らかってはいないと言いたげに、模型のための資材が崩れたのだとカーヴェは釈明した。
となれば気になるのは、彼女がその雪崩に巻き込まれてはいなかったかである。ひとまず安堵してしまったせいか眠気を感じながら彼女を抱き上げた動機は今となっては納得しがたい。ベッドであれば自分の睡眠欲を満たすための準備をしながらも、カーヴェの傷の有無を確認できて一石二鳥だと思っていた気がする。何を言っているのか自分でも分からない。
理性の欠片もない行動に付き合わされたカーヴェは、おそらく最終的に諦めてアルハイゼンと眠ることにしたのだろう。拳を振り下ろせばさすがに起きただろうし、カーヴェにはその権利があっただろうに。どうしてこういうところで押しが弱くなるのだと、自分が引き起こした事態にも拘わらず非難の感情が浮かんでしまう。
アルハイゼンの記憶では彼女を後ろ抱きにして眠ったはずだが、彼女はアルハイゼンの腕の中で上手に寝返りを打ったらしい。向かい合わせになってアルハイゼンの腕に収まりすうすうと寝息を立てるカーヴェの頭にアルハイゼンは頬を寄せる。
すり、と頬ずりすればカラメルの色の毛先がアルハイゼンの鼻先をかすめたので、追いかけてそっと口づけを落とした。そうすれば、鼻先に彼女の匂いを感じる。
「ん
……
」
アルハイゼンが彼女を構ったせいか小さく唸る声がして、アルハイゼンは頭の位置を戻してカーヴェを窺う。ぎゅっと瞼を落として抵抗染みた仕草をした後に、カーヴェはゆるりと瞼を上げてぼんやりとした様子でアルハイゼンを見上げた。
緩んでいた唇がわ、と声を上げてからアルハイゼンがしたように記憶を辿ったようで、ああ、とかうう、とか声を続ける。ええとその、とそのままカーヴェは言葉を紡ぐことにしたらしい。
「昨夜はさすがに悪かった。もう少し整理の周期を短くしようと思う」
「うん」
「でも寝直すなら自分の部屋に戻った方がいい。一人で寝た方が眠りも深くなるだろうし」
「そうだな」
「少し早いみたいだけど、朝食を準備するから君はもう少し寝ていていいよ」
「分かった」
まるで平静を取り戻すためとでも言いたげにカーヴェは思いついたことを端から喋っているようだった。そのいずれも妥当な内容で口を挟む気にならなかったので、全てに相槌でアルハイゼンは答える。
よいしょ、と掛け声をつけてアルハイゼンの腕を持ち上げてベッドから下りて部屋を出ていったカーヴェを見送って、アルハイゼンは彼女の部屋で一人になった。同居人とはいえ、他人の男を部屋に置いていってよいのだろうか。
一人になったベッドで何時間かぶりに仰向けになると、同じ建物の中のせいで視界としてはいつもの自室とそう変わらない。一方で瞼を落とすと途端に彼女の残り香を感じてしまい、ここが彼女の部屋であることを強く意識してしまう。
頬や唇に感じた彼女の髪のしなやかさを思い出す。彼女が目覚める少し前のアルハイゼンの行為は彼女に気づかれなかっただろうか。気づかないでいてほしいような、気づいていてほしいようなわがままがアルハイゼンの中に沸き起こる。そのまま膨れ上がりそうになる彼女の気持ちを握り潰しながら、アルハイゼンは問題を先延ばしにするためにもう少し眠る事にした。
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