Hizuki
2024-10-31 21:43:00
2327文字
Public あんスタ[薫あん]
 

赤ずきんの思惑、狼のいたずら

【あんスタ】薫あん。薫にいたずらされたいあんずの話。ハロウィンネタ。ささやかな好奇心の結果は。


今年のESで開催されているハロウィンイベントでは、敷地内にいるアイドルやスタッフにお決まりの合言葉を伝えるとお菓子とスタンプがもらえる。そして、スタンプを指定数集めれば景品と交換ができる、というものだった。
会う人からの合言葉に応えているうちに、自分の手に持っているバスケットはすっかり軽くなっていた。お菓子のストックは館内数か所のミーティングルームに置いてあると聞いていたから、一度補充に行こうとスタッフ専用のドアを開ける。

「おっ、可愛い赤ずきんちゃん、見っけ」

廊下を歩いている途中で、不意にかけられた声に足を止める。聞き慣れた声が聞こえた方を振り返ると、金髪の狼男がひらりと手を振っていた。

「あ、薫さん。お疲れさまです」

髪色に合わせた狼の耳を付けて、同じ色の尻尾が動く度に揺れる。こちらに近付いてきた薫さんにぺこりと頭を下げた。

「あんずちゃんもお疲れさま。話はちらっと聞いてたけど、その格好はどうしたの?」

薫さんがそう聞くのも不思議ではない。本来今日の私は仮装をする側のスタッフではなかった。表に出る人達をサポートする側の、それこそ陰で動くおばけのような立ち位置にいるはずだったのだ。

「人手が足りないから手伝ってもらえないかって、頼まれちゃいまして
「なるほどね。確かに、ちょっと手が薄そうなところもあったなぁ」

何か思い当たるところがあったのか、薫さんが小さく頷いた。こちらに話が回ってきていない辺り、何とかトラブルにはならなかったのだろう。
私の方はスーツのままではイベントの雰囲気を壊してしまうから、と承諾するや否や衣装ルームに連れていかれた。元々スタッフ用に用意されていた衣装の中から、私が着ても問題がなさそうなものとして渡されたのがこの赤ずきんの衣装だった。他の衣装はどちらかといえば男性向きのものであったり、一人で着て動くのには向かなさそうな着ぐるみ系であったりで、自然と選択肢から外されていたらしい。そういえば赤ずきんは夢ノ咲のハロウィンでも着たことがあったなと、ちょっと懐かしいことを思い出したりもして。

「そういえば、お客さんだけじゃなくて、みんなからも合言葉を言われましたよ」

外に出るスタッフは、お客さんから分かるように目印の腕章を付けていた。もちろん、それはアイドル達から見ても目印になる。私だと分かると、今の薫さんみたいに話しかけてきてくれる面々もいて、お約束の言葉を私に投げかけてきた。ここにスタッフがいる、という案内の一面も買っていた。そのまま手伝ってくれたおかげで、バスケットの中身もあっという間に軽くなってしまってここにいるのだけど。

みんなからも、ってことは、俺が言ってもいいんだ?」
「え?」

確認するような、納得したような調子で薫さんが言う。

「ふふ、トリックオアトリート?」

薫さんは楽しそうに手を差し出して、その言葉を私に投げかける。
『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ』
戯れのような軽い声。スタッフしか入れないここで、それを言っても何の意味もない。単純に私に向けられたそれに、心臓はどくんと大きな音を立てた。

えっと、さっきお客さんに渡したのが最後だったので、今は何も持ってなくて

身体で隠すようにバスケットを引く。持ち手を握る手に力がこもった。

「そっか。じゃあ、俺はあんずちゃんにいたずらしてもいい、ってことだよね」

私の答えを聞いた薫さんはにっこりと笑った。紺色のグローブを着けた手が私の頭の方に伸びる。頭を覆っていた赤いフードがふぁさ、と肩に落ちた。首元の髪を背中の方に払ったかと思うと、薫さんが纏っている香りが強くなった。顔の輪郭に触れるふわふわとしたものはきっと狼の耳で。ふっと首筋にかかった息に身体がびくりと跳ねて、思わず目を閉じた。そして、息が触れた場所が、柔らかいもので挟まれて。

「っ

狼に、食べられている。
とは言っても、歯を立てるようなものではなく、唇で挟んでその振りをしているだけ、という方が近い。それでも、今の薫さんの格好ではどちらにしても同じように見える。上げそうになった声は何とか押し殺した。

か~わいい」

さっきまで触れられていた場所を声がなぞる。そのまま少しだけ輪郭に触れていた毛の感触が上の方に動いた。

本気のいたずらはまた後で、ね」

外の日の高さに似つかわしくない、低くて甘い声が耳元で囁く。お互いにどうにか時間が取れそうで、今日のイベントの後に会う約束をしていた。『本気のいたずら』という言葉を聞いて、顔に熱が集まってくるのが分かった。

「さぁて、俺も頑張ってこようかな~」

そう言って上機嫌な声で、薫さんは私が歩いてきた廊下を進んでいく。薫さんに近付かれたまま動けずに固まっていた私を解いたのは、数分前に聞いたドアが閉まる音だった。その拍子に力が抜けて、持っていたバスケットが床に落ちた。同時に中に入っていた赤いクロスと、一つだけ残っていたお菓子が転がった。すぐ側の壁にもたれかかるようにして、ずるずるとしゃがみ込む。
そう、本当は薫さんに渡せるお菓子は手元にあった。
だけど、薫さんにいたずらされてみたいという気持ちがほんの少しだけ勝って、わざと持っていないと嘘を吐いた。その結果が今の有様で。恥ずかしいやら申し訳ないやら、感情が混じり合った結果は、深くて大きな溜め息になった。とりあえず私も自分の役目を全うしなくては。いたずらのことを振り払うように頭を左右に振る。肩に落とされた赤いずきんを深めにかぶり直すと、落としたものを拾って立ち上がった。