はりぼて
2024-10-31 20:43:20
2555文字
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くにちぎ/kncg

ついった?ぽいぴく?から再掲

「國神」
「くーにーがーみ」
「國神錬介」
「無視すんなこの野郎」

時折トレーニング中に呼ばれる名前。全てきっちり聞こえてはいるが、今のメニューを中断させられるだけとわかっているので無視を決め込む。呼びかけられはじめたのは大体五分か十分ほど前だから、千切の方はどうやらさぼりではなくきっちりメニューをこなしたようだ。とはいえ知ったことではない。國神の方の自主練はあと十分はかかる見込みだからそれまでに飽きてイングランド棟にとっとと戻れと思いつつ。

「サイボーグ錬介」

(うるせえ)
いつの間にやら増えたあだ名に心の中ではきっちりツッコミを入れながら、國神は淡々とトレーニングをこなしていく。


(っふぅ)
小さく息を吐いてバーベルを下ろす。千切は声をかけてくるのはやめたかわりに、國神を至近距離で眺める作戦に切り替えたらしい。落ち着かないことはないが、暇かよこいつとは思う。元のフィジカルも違うし、そもそもすでに膝に爆弾を抱えている男に同じ時間だけトレーニングを求める気はないが、何が楽しくて國神を眺めているのかと思わないではない。

「終わった?」

千切の問いには答えない。しかし投げつけられたタオルはそのまま受け取った。目に入りそうな汗を拭ってから肩にかけて千切に背を向ける。すると、がしりと腕を引っ張られた。

「終わってんなら付き合えよ」
「お前が勝手に居残ってただけだろうが」
「お前がいるから残ってたんだよ。いいから付き合え」
「うぜえ」
「しるか」

千切は國神の腕を掴んだまま、國神の前に立ち塞がる。

「あと十五分くれたら今日は帰るけど、くれないならそのままお前の布団まで付き纏うからな」

きり、と鋭い視線。
(めんどくせぇ)
こいつはきっと折れないだろうし、多分言う通りにしなければ本当に國神の布団に潜り込んでくるのだろう。そうなると、千切以上に周りの視線が纏わりついてより面倒になるのは明白だ。分かりやすいため息は吐いてやらない。

「十五分で帰れよ」
「上等」

に、と口の端を上げて笑う千切の笑顔は以前と変わらないようで変わっている。曲がらなさとか強情さとか、この施設に居ることで強まるエゴがより全面に出てきたように思う。提示してきた十五分で何をするつもりなのか予想もつかない、と言ったら嘘になる。千切の瞳の奥に隠しきれない熱がちらついているから。
千切はやはり國神の腕を掴んだまま國神に背を向ける。

「着いてこいよ」

どこにとは問わない。ただ黙って腕を引かれて着いていく。腕を振り解いて決定的な拒絶の言葉を吐けば、千切と言えど自分から離れていくだろう。そんな予感を抱きながらも國神は決定打を打てずにいる。
千切の瞳の奥の熱を自分は拾っている。果たして千切は、國神を観て何を拾いあげているのだろうか。自分の瞳に同じ熱が宿っているかどうかは自分自身ではわかる由もない。


連れられてきた場所は案の定トイレの個室であった。この施設で完全なプライベート空間はこの場所くらいだろう。かちゃりと鍵を閉めた千切はぐいと國神の頭を引き寄せてきた。

……一応聞くけど」
……
「俺が何したくてここに連れ込んだかわかってるよな?」
……
「沈黙は肯定とみなすぞ」
……クソが」
「どっちがだよ」

囁き合いの攻防は早々に千切に打ち切られる。國神は少しだけバランスを崩しかけてトイレの壁に手をつけた。
(確か、壁ドン、だっけか)
久しく頭に浮かぶことのなかった陳腐な言葉が浮かぶ。別に自分から千切を壁に追い詰めたわけではないのだが、どちらにせよ状況は合っているはずだ。ただしそれを口にすることはできないのだけれど。

國神は千切からキスされていた。まずは触れるだけで位置を確かめるために。それから、少しずつ深くなっていく。千切がもたれ國神が手をつくトイレの壁が小さく音を立てる。外から人の声はしない。しばらく誰も入ってこないことを祈るしかない。
勢いの割に千切のキスはいささか辿々しい。恐らく國神がはじめてか、経験があっても一、二度、それも触れるだけの優しいものだろう。そのくせやたらと深いキスを求めてくる。息を荒げて、熱は高めて。ちろりと舌先が唇の間から覗き始めて、國神はそれに応える。壁についた手は握りしめた。本当なら千切の背に腕を回した方がやりやすいが、その一線は國神からは越えられない。別に恋人同士でもないのに男同士でこういう行為をしている時点で何をとも思うが、今はまだ千切の行為のトレースをしているだけと自分にいい聞かせられている。拒まない理由をすでに探し損ねているというのに。

「っ、は……

少しだけ唇が離されて、しかしは距離は五センチも離れていない。熱い吐息が唇にかかる。

「れんすけ」
「っ、……

再会してから時折下の名前で呼ばれるようになった。その本心はわからないけれど、キスの最中に名前を呼ぶ行為には身に覚えがある。目の前の相手が愛おしくてもっと知りたいと思う時に自然と口をつく。
千切は國神に恋をしているのだろうか。國神は少し違うと思っている。全く異なる感情とは言わないが。だけど問題は國神がそれを理解しつつ甘んじて千切の行為を受け止めていることだ。面倒だと思っているのに、どうしても振り解くことができない。そこに同情のようなものは全くなくて、ただ國神自身の意志であることに違いがないから。

「そろそろ十五分だよな」

時計なんて個室に入ってから見てないからわかるはずもないけれど、キスをはじめるのが千切の方なら止めるのも千切の方だ。名残惜しげに頭をかき混ぜられたあと、最後にもう一度だけキスをされ、それからようやく國神の頭は解放される。

「それじゃ、またな」

かしゃりとトイレの個室の鍵を開けて千切はトイレから出ていく。入り口のドアが閉まる音を聞いてから、國神はもう一度トイレの個室の鍵を閉め直し蓋を開けないままで便座に腰掛ける。
ワイルドカードを経て全て捨ててきたはずで、実際面倒くさいと思ってもいるはずなのに、千切のことだけは中途半端に手を振り解くことができない。
口をついたため息の意味は國神自身にもはかりかねていた。