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はりぼて
2024-10-31 20:36:36
2585文字
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蔵不二(初出:2021-11)
ぽいぴくから再掲……のせたよな?
(
……
もうこんな時間か)
ノートを閉じながらちらりと時計を見ると、日付が変わるまであと一時間を切っていた。あまり無駄な夜更かしはしない主義だが、学生である以上勉学から逃れられるわけではない。ぐぐ、と伸びると気持ちが良くて、よく集中できていたことに気が付く。多少時間はかかったが想定内だし、悪い気分ではない。
ちらり、と机の上に置いていたスマートフォンに目をやり手を伸ばす。通知のない画面にため息を吐いて元の場所におき直そうとした瞬間、ぴろん、と通知音がしてメッセージが表示された。少し逡巡して、結局はスマホのロックを解除する。
『まだ起きとる?』
自分にはない訛りは、本人曰く書き文字でも時たま自然に出てしまうらしい。不二にとって、こんな時間でも通知を鳴らせる、日本語に訛りのある相手は現状一人しかいない。
『起きてるよ』
とりあえずそう返してから、続けてメッセージを打ち込む。
『そろそろ寝ようかなとは思ってたけど』
人によっては気を遣わせてしまう言い回しだ。わかっていてあえて打ち込んだ。すぐさま、ぴろんと通知が来たかと思うと何やら謝っているらしいキャラクターのスタンプが届く。ふ、と口の端から思わず息が漏れる。
『寝てたら怒ってたかもしれないけど』
『ほんますまん。迷ったんやけど』
『大丈夫だよ。それで、何か用?』
『いや、何もないけど』
何となく、胸がそわそわする。自分が返信すべきか、相手の続きを待つべきか。数秒悩んでいる間に、ぴろん、とメッセージが届く。
『電話していい?』
簡潔な誘いに息をのむ。返信を送るか少し悩んで、メッセージを返す代わりに通話ボタンを押す。ぴろりんぴろりん。三秒ほど続いた通信音が途切れる。
「不二クン?」
聴き慣れた声が耳をくすぐる。白石の第一声に思わずくすりと笑いが漏れた。
「ボクじゃない人が出たらどうするの」
「あ、いや、
……
たしかにな」
自分でも可笑しくなったのか、余分に息の音が聞こえてくる。何というか、相も変わらず人が良い。
「ごめんごめん、返信するより通話繋げた方が早いなって思って」
「いや、こっちこそ急にすまんな」
「いいよ。丁度課題、終わったところだったから」
「そうやったんや。お疲れさん、こんな時間まで」
「んー、今日は集中出来てたからね」
「そっか。俺もそろそろ中間やし頑張らんといかんなあ」
「白石なら大丈夫でしょ」
「いやいや、油断して赤点とか取ったら笑えんし」
「
……
赤点取る白石、ちょっと見てみたいけど」
「絶対取らんわ。テニス出来んくなるし」
白石にしては珍しい語気の強さに、どうしたって笑ってしまう。胸のあたりのくすぐったさは消えていない。だけどもそれがむしろ心地良い。
「確かに、白石と試合出来ないのは寂しいかな」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるやん」
「
……
やっぱりどうでもいいかな」
「それは俺が寂しい」
瞬間息をのんでから、互いにくすくすと笑い出す。こうして電話越しに軽口を叩き合う仲になるなんて、はじめてコートで対峙した時には思いにもよらなかった。今でも負けたくないライバルには変わりないがそれはそれとして、友人として築けるようになったこの距離感はとても居心地が良い。
「
……
遅い時間にありがとな」
「まだ寝てなかったから気にしないで」
「
……
絶対不二クンの睡眠邪魔せんようにしよ」
ひとしきり笑いが落ち着いて、なんとなく通話を切る流れになる。それじゃあ、おやすみ。そう挨拶を口にしかけて、そういえばと思いつくままに言葉にしたのはあまりにも迂闊だったし、自覚しているよりは眠かったのかもしれない。
「そういえば、用事はなかったの?」
息をのむ音がいやに響く。生まれてしまった妙な沈黙で、不二は自らのやらかしに気が付いた。
「
……
あ、いや、こんな時間だし、何かあったのかなって」
慌てて取り繕った言葉で更に墓穴を掘ってしまう。どうしよう。焦る頭に白石の言葉がやたら響いた。
「
……
あー、ホントなんでやろな、こんな遅う時間に」
「しら」
「
……
なんでやろな、声、聴きたくなったんや」
静止の言葉は間に合わなかった。彼の人の良さは分かっているつもりだけれど、この響きはそれだけではないとわかってしまう。完全にしくじった。次の言葉を見失ってしまう。
「
……
日付も変わりそうやし、もう寝るわ。おやすみ」
「
……
おやすみ」
辛うじて挨拶だけは捻り出して返す。なんとなく通話ボタンを押しそびれていると、小さく呼吸音がした。
「
……
うん、また明日な、不二クン」
スマートフォンは小さく音を鳴らして通話の終わりを告げる。そのままぼうっと画面を眺めていると再びぴろんと通知音がして、白石が押してきた「おやすみ」のスタンプが表示されていた。
「
……
気を付けてたのに」
スマートフォンを少し雑に机に置いてから、思い切りベッドに飛び込むとマットレスが僅かに跳ねた。そのまま枕に顔を埋めて大きく息を吐き出す。
ライバルとして。友人として。少しずつ近付いていく白石と不二の距離感は、互いの僅かな自覚と共に変質しはじめている。互いに気が付いていているからこそ、互いに何となく触れないように気を付けていた。はずだった。うっかり踏み込んでしまったのは不二の落ち度に違いない。
(今更、特別な用なんて)
あるはずがない。そんなこと、分かりきっている。今日はメッセージが来るのがいつもより遅かったから、よく勉強に集中した後だったから、日付が変わりそうな時間まで起きていたから。
……
きっと明日も、白石の声を聴くことになるのに。いつものように、優しく耳をくすぐる関西訛りのあの声を。
「ばーか」
普段あまり言わないような罵倒を口にしてみたけれど、きっと明日はまたお互い何もないように振る舞うのだ。互いの距離を近付けるために。そのくせ、大事なところには踏み込まないように。
(本当にばかだ)
部屋の電気はついたままだったけれどそのまま目を閉じる。
(声、聴きたくなったんや)
(また明日な、不二クン)
耳元にこびり付いた白石の言葉を明日の朝には忘れることを願ったけれど、きっととっくに日付は変わった後も、なかなか寝付くことは出来なかった。
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