はりぼて
2024-10-31 20:30:24
2113文字
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鬼ごっこの終着点(黄笠)

古のssのうち気に入ってるものを再掲。

「俺の負けだよ、黄瀬」

小さくため息をつきながら顔の高さまで両手を挙げて降参のポーズをとってみせたというのに、黄瀬は呆気に取られたのかポカンと間抜けに口を開けただけである。お前、仮にも役者がそんな顔を素でして良いのかと内心で苦笑しながら黄瀬をじっと見つめる。初めて出会った時から変わらないだけ顔を上向けて。

「だから、お前と俺の鬼ごっこはこれで終わりだって言ってんだよ」

意味はわかるだろ、と確認したのは、かつての黄瀬からの告白を笠松の側は決して忘れてはいないことを示すためであった。


俺とセンパイ、鬼ごっこしてるみたいっスね。俺が鬼で、センパイは逃げまどう子供。2人きりなのに子供はあの手この手で逃げ回って鬼に捕まらないよう必死で、あわよくば鬼が諦めてくれたら、なんて思ってる。
でも俺、諦めませんよ。諦めるとか諦めないとか、そんな次元じゃもうないんス。世間にどれだけ白い目向けられても、皆にどれだけバカにされても。
俺はセンパイのことが好きです。

もう、二年は前のことだろうか。その頃にはもうお互い自覚していたはずであった。互いの気持ちが同じ方向を向いていること。向いているとわかっていながら笠松だけが正面からその気持ちと向き合おうとしていないこと。そんな二人の関係を鬼ごっこと比喩した黄瀬に対して、お前現代文赤点だったくせにと皮肉を言えるほどには笠松自身黄瀬への気持ちをうけとめていたこと。
それでもあの頃はまだ逃げていたかったのだ。華やかな世界に身を置く黄瀬の存在に、笠松という存在は実際はどうであれこの現代日本においては重荷にしか映らず、その重荷が黄瀬に暗い影を落とす。大切であるからこそ、黄瀬にとっての重荷に、足元を暗く染める影になる勇気までは持てなかった。

けれども、気持ちを自覚してからすでに5年が過ぎ、例の告白から2年は過ぎ、その年月が笠松にもたらした結論は、笠松が認めなければ黄瀬の心からの笑顔を見ることが出来ないということであった。そして笠松が黄瀬に惹かれた第一の理由が、幼ささえ覗かせる黄瀬の心からの笑顔であることだった。
それに気がついてしまえば、意地を張って逃げ回っている自分が馬鹿らしくなってしまった。黄瀬の笑顔が見たいからこそ逃げていたのに、自分が逃げることでその笑顔は遠ざかってしまう。そして笠松にとってその笑顔は何をしてでも手に入れたいものであった。

それならば、腹をくくるしかなかった。例え後ろ指を指されることになっても、どれだけ誹謗中傷を浴びることになっても、黄瀬の笑顔を得る、ただそれだけのために黄瀬に寄り添うことを。

「俺が逃げ回るより、お前に捕まった方が楽な気がしてきたんだよ」

それでも素直に想いを告げるのは癪だし今更照れ臭くもあるのだけれど。

「お前が好きだよ黄瀬。多分、出会った時からずっと」

黄瀬は状況を読み込めなかったのか、しばらく口を開けたまま固まっていた。流石に不安になってきた頃に黄瀬、ともう一度呼びかけたその瞬間、ぼたぼたと大粒の涙が黄瀬の瞳から溢れ落ちた。お、おいと困惑しながらも声をかければ、ぐいと引き寄せられ、目一杯の力で抱き締められた。グズグズと花をすする音とヒクヒクとしゃっくりをあげる音が耳に響く。
痛えよバカ。笠松がそう言っても黄瀬は力を緩めようとはしなかったし笠松もまたしばいて止めさせようとはしなかった。黄瀬に抱き締められている痛みが、今は何だか心地良かったからだ。
センパイ、センパイ、センパイ。黄瀬はひたすらに笠松のことをしゃっくり混じりで呼び続ける。ドラマや映画での黄瀬のラブシーンはほとんど全てチェックしていたが、これほどまでに不恰好で、これほどまでに必死に相手を求める姿は見たことがなかった。ここまで黄瀬にさせている相手が他ならぬ自分であるという事実は、妙に心臓の辺りをむずむずさせる。何だか落ち着かなくて、笠松も黄瀬の背中に腕を回した。

「俺、お前が役者出来てるの、ホント不思議でならねえよ」

笑い混じりでそう呟けば、センパイ相手に余裕なんてあるわけないっスと少し不機嫌そうな声が返ってきて、また少しだけ笑った。笑うたびに心臓がむず痒かった。


帰り道、初めて手を繋いで帰りながら、これはどこかの週刊誌にでも写真撮られているかもなあと思いながら、それでも黄瀬の手を離しはしなかった。きっと黄瀬もわかっているのだろう。これまで有りもしない報道を何度もされていたのは知っていたし、される度に誤解だと笠松に弁解に来ていたのだから。
往来で抱き締めあって、その帰り道に手を繋いで。何かないと言う方がおかしいし弁解の仕様もない。それでもお互い離さないのは、覚悟の証明でもあった。誰から何を言われても、互いを想い続けることの。
だから別れ際のキスも笠松は拒みはしなかった。触れるだけの、初めてのキスの唇の感覚はよくわからなかったけれど、黄瀬の香りが何時もより鼻腔を掠めていった。


後日、週刊誌の報道に対して黄瀬はただ一言だけコメントを残した。

「俺の長年の片想いがようやく実った、ただ、それだけです」