それは嘘だと思い込みたかった。あるいは冗談であると。しかし緑間真太郎という人間はどうにも嘘や冗談の類が苦手であったし、ごまかしでさえも他人に本心を指摘されることの多い質であることは、不本意ながら己が一番よくわかっていた。
きっかけは、おは朝のラッキーアイテムが女子向けのファッション雑誌であったこと。そしてそれを貸してくれた妹が普段どんな事柄に興味を持ちこの手の雑誌を読んでいるのか好奇心が沸いてしまったこと。
ぺらぺらめくって流し読んでいれば、一際折り目のついたページに行き着く。恐らくは妹が読み込んだページであろうと手を止めれば、そこには「みんなの恋愛特集♡」と大きめの題字が記されていた。もうそういう年なのか、と特別妹を溺愛しているわけでもないが寂しさの去来を感じつつ、今度は内容を読み込むためにページをめくった。
それが間違いだったのだ、と今になって後悔してももう遅いことはわかっているのだが。今この時ばかりは記憶力の決して悪くない己を恨まずにはいられなかった。まさか火神や青峰、黄瀬のような脳みそを憧れる日が来るとは。
「なんか真ちゃん今日おかしくね?」
いつも隣から聞こえてくる声に何故だか心臓が跳ねるのは今日の蟹座の運勢は8位と芳しくなかったからに違いない。そう思い込みたいのに、手元にある雑誌の数ページに渡る記事の内容が頭をよぎって離れない。
「お、おかしく、など、ない、のだよ」
「いや何でどもってんの?」
訝しげに、こてんと首を傾げる動作なんて見慣れたはずなのに。
ーーカレのちょっと仕草一つにキュンキュンしちゃうの♡(Tさん・11歳)ーー
顔を背けたのは、心臓がやけにやかましく音をたてたから、なんてそんな理由であるはずがない。不自然に逸らされた顔に、しかし高尾は小さくため息を吐いて、まあいいけど、と少し投げやりに呟く。今は放ってくれることが有難いと内心でほっとしていれば。
「あ、でも何か困ったことがあるなら言えよ?……って真ちゃん普段からそうしてるか」
真剣な表情。からの相互を崩した笑顔。
ーーたまに真剣な表情で見つめられるとたまらない♡(Kさん・14歳)ーー
ーーやっぱり一番好きなのは笑顔!笑いかけられるとその日一日中幸せでいられちゃう♡(Mさん・13歳)ーー
動揺した心を落ち着けるために手元の雑誌を握りしめ、カチャリと眼鏡の位置を整える。横目で捉えただけで、とっくに見慣れたはずの高尾の笑顔に、どうしてこうも頬が火照るのか。ちらりと手元の雑誌に目を落とす。ラッキーアイテムであるはずのこの雑誌に、どうして動揺させられるのか。
どうして先程から、高尾の一挙一動に心が落ち着かないのか。
「なんか真ちゃん、顔赤いけどもしかしてガチで体調悪いとか?」
見当外れな、見当外れでないことを言いながら高尾は熱を測ろうとでもしたのだろう、そっと額に手が伸ばされる。
ーーふとした時に触られて、めちゃくちゃ緊張したけど嬉しかった♡(Sさん・12歳)ーー
ガタン、と椅子ごとひっくり返ったのは、その手に触れられるのが強かったからだ。今更何を。この程度の接触、今までにも何度だって。冷静な自分はしかし、沸いた頭に追いつかない。おい真ちゃん!?と慌てて自分に駆け寄ってくる高尾から逃げ出したかったけれども、それは一緒に倒れた椅子に阻まれる。
「……マジでどうしたの」
不安に揺れる高尾の瞳は緑間を20㎝の距離で捕らえて。そっと手が重ねられれば、もう逃げられはしなかった。
「ホント怪我だけは、やめて、よ、ね」
それまで淀みなかった高尾の口調が細切れに途切れたのは何故だろうか。理由など、緑間自身にしかないのだろう。今自分が、どんな表情をしているかなんて、考えたくもなかった。血色は何時もより良いのだろう。火照る熱が、冷める気配はどこにもないから。記憶力の良い自分を生まれて初めて恨んだ。少女向けの、恋愛に纏わる記事の内容が忘れられない自分を。記事の一つ一つに、目の前の男の姿を思い浮かべてしまう自分を。
恋という単語に、高尾和成を想起してしまう自分を。
数秒動きを止めた高尾が、緑間を捕らえたまま近づいてくる。
二人きりの部室。静まり返った室内で、二人の男の傍らにはこの空間には似つかわしくない幸運を運ぶ標。
沈黙の中、二人の距離が無くなった瞬間に緑間の脳を支配したのは、高尾和成という男と、恋という一文字であった。
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