はりぼて
2024-10-31 20:16:55
1494文字
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それは六等星のような(牛及)

古のssのうち気に入っていたやつを再掲その1。

夜の暗闇は人の世に墜ちる影となって全ての暗がりを飲み込んでしまう。人間の持つ欲望、あるいは後ろ暗い感情は闇に混ざり合って溶けていく。そこに残るのは、人工的な灯りだけでなく、ともすれば月明かりにさえ掻き消されかねない六等星のような瞬きである。
窓から差し込む月明かりで照らされる室内は何処と無く薄ぼんやりとしていて心許ない。朧げな空間に佇むのは、己とただ一人。

「若利」

空を見上げたままで隣に呼びかける。数秒間を置いてから名を呼んだ相手に視線を寄越せば、その目は丸く見開かれていた。聴き慣れた声音から発せられたよく知るはずの初めての響きに戸惑っている様子で、もしかしたらこの男と出会ってから初めてかもしれない、上手くいった企みに自然と笑みが漏れる。

「驚いた?」

返事はない。ただ不躾なほどの視線が寄越されるだけで。それが肯定であるのか否定であるのか、計ることまではできないけれど。

……期待したかもしれないけど、残念でした。好き、だなんて、言ってやらないからね、一生」

冷えた空気の流れは変わらない。ただずっと二人の間を揺蕩っている。かんかん、と古びた階段を昇っていく人の足音が聞こえて、またしんと静寂が包む。
月明かりが薄ら暗くなったのは、わずかな雲がかかって光を遮るからだ。その僅かな光に変わり、それまで見えなかった小さな星がちかりと瞬く。六等星だ。

「嫌い、とも、言ってやらないけど」

引き寄せられる力を感じる。やたらに熱い肌の感触も。
全身のひりつくようなくちづけをこの男と交わすようになるなどと、自分はいつから予測していただろうか。絡めた舌が糸を引く、ねっとりと心臓に絡み付いたら離れないくちづけを。
角度を変えて、時折呼吸のために一瞬離されるもののまた重ね合わさる。酸素が足りない。二酸化炭素を吐き足りない。夜の暗闇に喘いでいる自分はまるで水面でぱくぱくと空気を求める金魚のようで滑稽であった。それも自分の意思で止められるはずなのに、進んで苦しんでいるのだから尚更だ。
それでも足りなかった。二人の精神は、どちらかが死ぬまで交わらないような気がしていた。それは直感であったけれども確信を帯びていた。牛島はそもそも人の感情の機微に疎い。及川は自分の心も牛島の心も正しく把握出来ているけれども、歩みよる気はさらさらなかった。牛島が寄ってこないのに、どうして俺が牛島に寄らねばならないのか。
だから身体を求めた。肉体の接触が、どうしようもなく意地っ張りな自分達が互いに寄せられる唯一の手段であったから。

唇が離れたのは、僅かに月にかかっていた雲が晴れ、少しだけ明るみが増したときであった。ちらりと窓の外に目をやれば、六等星はもう見当たらない。ただ荒い息といつの間にか絡めていた指だけが、二人の接触の名残を落としている。その指さえも及川が離せば、牛島も追いはしない。

「及川」

それでも牛島がそっと及川の頬を撫でる手は、名残惜しいと告げていた。その名残惜しさを落とす感情さえも正しく伝えて。
再び開こうとする口を及川は自らの唇でもう一度だけ塞ぐ。念を押すように。

「俺が言わないんだから、お前にも言わせないよ」

何故だ、と問うてこなかったのは、これまでの年月で少しは牛島も少しは成長したからなのだろうか。目で非難して、それを及川が跳ね返せばただ嘆息して目を伏せる。
だが強く抱き寄せられるのを感じた。それを拒否することはしなかったけれども。
再び月明かりが陰ていくのを感じたけれども、六等星の瞬きを確認する前に触れた熱に及川はそっと瞳を閉じた。