ミイ
2024-10-31 07:37:17
2066文字
Public 静なつ
 

ハロウィン

・静なつです。
・本編の次の年のハロウィンのお話です。
・静留さん、こういうイベント事の時は、鈍感ななつきさんにいろいろと気を揉んで、対策を立ててそうだなぁと思って書き始めました。
・少しずつお話を追加していく予定です。完結したら綺麗に一つにまとめます。
・見守っていただけたら幸いです。

 去年よりも随分と着ることが増えた制服にいつものように袖を通し、乱れた前髪を少し撫で付ける。

(だいぶ、冷えてきたな)

 移行期間もとうに終わり、登校時にはジャケットを着るのが当たり前になってきたこの頃。

「なつき」

 相変わらず薄い鞄を引っ提げ、藤色のスニーカーに片足を突っ込む。もう片方にも、と自然と体が動いていたところで、静留が彼女に声をかけてきた。

「どうした、静留」

 いってきます、と言いかけていた口は、いつもと同じ場所でいつもとは違う言葉を紡ぎ出す。不思議そうに首を傾げたなつきに、静留は大きな紙袋を二つ、穏やかな笑みと共に差し出した。ほんの少し。なつきでは確信が持てないくらいの仄暗さを宿して。

……なんだこれ?」

 すん、と匂いをかぐ犬のように近づいてきたなつきに、静留は笑みを深める。愛らしいその子に見えるように少し紙袋の中を広げて見せれば、さらに眉の間の皺は深くなっていく。

「なんだこの毒々しい紫。静留にしては濃すぎないか? って、これ全部お菓子か? なんだってこんなもの。しかもこんなに」
……なつき。今日学園でなつきに「お菓子ちょうだい」言う子がいはったら、ここからあげよし」
「え?」
「足らんくなったら珠洲城さん経由で菊川さんにも少し預けてるさかい、そこからもらってな」
「え? え?」
「あ、もし余ったら命ちゃんにあげる約束してますさかい、会えたらでええんやけど、渡してくれはる? なつきの分は家に用意してますから、全部渡してええよ」
「わ、わかった?」
「ほな、いってらっしゃい。今日も美味しいご飯作って待ってますさかい、早よ帰ってきてな」
「い、いってきます……?」

 ぽかんと空いた口。眉間の皺は取れたけれど、ほんのちょっと間の抜けた、普段は見せないような表情。そんななつきに、胸の内がぽわりとあたたかく熱を持っていく。

 こんな顔を見れるんは、うちだけの特権。そう、思いたいんやけど。

…………っ!」

 愛らしいおでこにちょん、と唇を押しつければ、なつきは心配になってしまうくらい顔を赤く染め上げる。本当は唇にしたいけれど、自分が耐えられなくなってしまいそうだから我慢、我慢。

 こんなふうに戯れにキスをするのは毎日のことなのに、なつきは未だ慣れずにいてくれる。毎日自分に、ドキドキしてくれる。一月も経てばいつものことになるか、と思っていたのに、数ヶ月経っても、なつきはずっと初心な反応を引っ込めてはくれない。「またいつものか」とつれない反応も乙なものだけれど、このままずっと、今日が初めてのような気持ちを味わい続けるのもまた乙というものだ。

「し、静留!」
「ふふ。荷物増やしてしもて堪忍。なつき、気ぃつけてな」
「わかった。行ってくる。あ、鍵閉めるの頼んでいいか? これじゃちょっと無理そうだ」
「ええ、もちろん」

 両手が塞がっているなつきは肘やらなんやらを使って器用にドアを開けて外に滑り出ていく。ドアが閉まるその瞬間まで、静留の目はなつきの翡翠よりももう少し深い色をした瞳を捉えて離さなかった。深碧がゆるく弧を描き、ドアの向こうに消えてから、静留は胸の奥から深いため息をひとつ、吐き出した。ずっとあの瞳を見ていられた、ということはなつきからも自分を見ていてくれた、ということで。愛おしさがまたひとつ。もうこれ以上はないと思ったそのさらに上に静かに募っていく。

……あん子、やっぱりわかってへんのやろうけど…………心配やわ。うちも今日は学園行こかしら」

 ぽつり、と呟いた静留は頭の中で今日の予定をなぞっていく。今日は大学の講義は二限から五限までみっちり詰まっている。昼休みくらいなら抜けられるだろうか? 講義も一回くらい出なくても支障はないが、出るに越したことはない。目にも耳にもうるさい彼女に問い詰められるのも面白そうだが少し面倒だ。遊び心を持ってしまったばかりになつきのもとにいく時間が減ってしまうのはいただけない。

「なつきにいたずらするんはうちの特権なんに」

 普段は皆それをわかっていて手を出すことなどない。(と静留は思っている)しかしそれが今日ばかりは、揺るごうとしている。だからそれを止めるべく、パッケージのデザインを考え、あれらを得意先に発注してまで用意してみたのだけど。

……はぁ。うち、やっぱり卒業するのやめとった方がよかったかしら」

 地の底にまで届きそうなほど深いため息をつき、静留は壁にかかったカレンダーを見やる。

 今日は十月三十一日。俗にいう「ハロウィン」

 古くはケルトの……などということはどうでもいい。そんな歴史よりも何よりも、お祭り好きの日本人にわかりやすく取り入れられてしまったあのやりとりがいけないのだ。備えあれば……というが、いくら備えていても心配なものは心配なのである。

「うちのなつき……

 ぽつりと呟いた小さな声は、朝の静けさの中にふわりと溶けて消えていった。