シノハラ
2024-10-29 23:06:09
1402文字
Public アルカヴェ
 

お付き合いを初めてから初めての後輩のお誕生日を迎えたアルカヴェ

2024/2/11初出
誕生日に物を貰うんじゃなくて渡してる後輩独特だなあとメールを読んで書き上げた瞬間に13時の追加情報で矛盾が生じたお話です

「はい、これ」
「何?」
 おはようと誕生日おめでとう。それにおはようとありがとうを返された直後だった。
 ばさりと音を立てて折れ曲がりそうになった紙束をほとんど反射で受け取ってから、申し訳程度に分厚いためにようやく表紙と分かる紙に記されている文字を目で追う。どうやら論文――それもタイトルを信じるのであればカーヴェの専門と被っている内容であるらしい。
 最近ばたばたしていたとはいえ、情報収集においてアルハイゼンに遅れを取るのはよろしくない。いや、アルハイゼンの吸収のスピードに劣るのが問題なのではなく、カーヴェが最新の建築分野の論文に当たれていないのが問題なのだけれど。
「疑問点と議論したい部分に書き込みをしているから、そこを集中して読み込んでほしい。夕方前には終わるだろうか」
「うーん……
 尋ねられて、カーヴェは今日一日の予定を思い返す。今日はカレンダー上の休日で、アルハイゼンの誕生日である。せっかくなのでカーヴェも休みを取っていた。けれど、これはだらだらと時間を浪費するための休みではない。
 朝のうちに夕飯の仕込みをしてから、お昼にお気に入りの店のコーヒーとケーキをいただいて、ちょっと良いお酒を買おうと思っていたのだ。今日の主役である彼と二人で。
 伝えてはいなかったけど、彼に先約がなければきっと付き合ってくれるだろうと思っていた。それがまさか、本人からの希望で根本から崩れてしまうとは。
 紙の枚数を思えばアルハイゼンの時間設定は妥当なラインだと思う。カーヴェが思い描いていたアルハイゼンの誕生日のプランをオルモス港辺りに投げ捨ててしまえば、充分実現可能だ。
……うん、大丈夫だ」
 少し名残惜しいが、そもそもアルハイゼンのための予定だったのだ。であれば、彼の希望に合わせてやりたい。
「ありがとう。楽しみにしている」
 カーヴェの回答にアルハイゼンがわずかに口角を緩めてから、約束を取り付けて満足したのか彼は顔を洗いに洗面所に姿を消した。長い付き合いでなければ気づきにくい彼の喜びの表現を目の当たりにして、自身の中にあった後ろ髪を引かれる思いが吹き飛んだのが分かる。
 彼は、カーヴェのかわいい恋人は年に一度の贅沢として、カーヴェの特別講義を選んだのだ。
 もし自分達の道が再び別れ、アルハイゼンが他の誰かを選ぶ日が来たとしても。それでもきっとこの時間を与えられるのはカーヴェだけなのだろう。
 いつもよりちょっと豪勢な食事や酒よりも、そういうものがほしいと彼は言う。彼がそうの望むのであれば、カーヴェだって真摯に答えてやらねばなるまい。
 計画していたのであれば、もう少し先に言ってくれてもよかっただろうにとカーヴェは自分を棚に上げながら考える。事前に示し合わせていなかったのに、自分のためにカーヴェが一日体を空けていると彼は考えていたらしい。
 全くその通りではあるので、的確な判断と評価するしかないのだけれど。そういうところが可愛く思えてしまうカーヴェは随分と彼に惚れ込んでしまっているのだ。
 それはそれとして、来年は当日にあれこれ準備をするのは止めた方がいいだろう。夕食は外食にするとしても、昼食がいつもより質素になってしまうのは忍びない。
 そんな反省をしながらも、カーヴェはひとまずいつもよりちょっぴり豪勢な朝食を仕上げるために台所に引っ込むことにした。