ニールは水音で目を覚ました。一瞬自分がどこにいるのか分からなくて、二、三度目を瞬いて跳ね起きる。寝起きの頭はうまく動かず、一瞬くらりとしたが、すぐにニールは思い出した。
以前から調べていたある事件について、ついに今日、動かしがたい証拠を掴んだ。
久しぶりにきちんとしたベッドで眠れるはずが、疲労と任務完了に気が緩んだのか、ニールはソファに腰掛けたまま眠っていたようだ。
すぐに自分にかけられているのが上司兼組織の長の上着であることに気づく。思わずその上着に顔を埋めてしまう。胸の疼き、切なさと共に下半身を直撃するその香りに、ニールは一人で顔を赤くした。久しぶりに二人きりだ。水音は男がシャワーを浴びる音。期待してもいいのだろうか。兼恋人でもある男はニールに後ろを解されることを殊更嫌う。その彼が、同じ想いを抱いてくれているのなら。恐らくあのシャワールームで、ニールを快楽の坩堝に引き込むあの体を丹念に拓いてくれているのだろうと思い至るに、思わずニールは腰を浮かした。
「ラバーとゼリー……」
誰に聞かれるわけでもなし、熱のこもった自らの声は室内に響いた。同時にシャワーを浴びる音も止んだ。びくりとニールの肩が跳ねる。ツインのベッドの片方、ピロウの下にラバーとパウチゼリーを仕込んでいたニールは言い表しがたい罪悪感に、再度赤くなった。
──いや、する、と決まってるわけじゃないけれど。期待するに決まってるじゃないか。というか、滾ってしまった下半身は、もう、彼の中に入りたくてうずうずしている。
がちゃり、とシャワールームのドアが開く音がして、やがて続くドアから男が現れる。
懊悩しながらニールが振り返れば、しっとりと濡れた上半身を晒し、下半身にはタオルを巻いただけの姿。腕から続く筋肉は黄金率を放ち、豊満な胸筋から腹筋をつたい、下半身に続く体毛に吸い込まれた雫に知らずニールは喉を鳴らした。
男が些か照れた様子で、〝見過ぎだ〟、と口を尖らせてくる。ニールは深呼吸し大きく息を吐いた。
「ニール?」
「よかった。僕だけが一人で盛り上がってたらどうしようかと」
照れと冗談に紛らせたその言葉に、男は一瞬キョトンと目を瞬かせ、笑い、やがて少し視線を逸らした。
「……眠かったんだろう? 疲れているなら、その、」
「うそでしょ。何言ってんの。そんな格好見せつけといてそんな選択肢増やさないでよ」
──するしないじゃなくて〝する〟に決まってる。
そう言ってニールは一気に男へと距離を詰めた。ほんのりと湿り気を帯び、いつもより体温の上がった腰に腕を回す。びく、と男の腰が跳ねた。
「ン、おまえのて、つめたい」
「……あっためて」
「……寝起きの子供は基本体温が高いと聞くが」
「子供じゃないからこんなになってる。もぅ、焦らさないでよ」
硬くなったパンツ越しのペニスを男の腰に押し付ける。
見つめ合い、互いの顔を傾け、後すこしで唇が重なる瞬間──
──knock,knock
「……ニール、何か頼んだか?」
「……いや。君は?」
ルームサービスにしては時間が遅い。
ノー、と男が答えると同時、部屋のドアの蝶番が飛んだ。蹴り上げられ、破壊されるドア。
三人の黒づくめの男が銃を乱射しながら飛び込んできた。即時に反応し、ニールと男は二手に分かれ、転がりながらソファとベッドの影にそれぞれ隠れた。運良く自分の荷物の近くに退避したニールは、すぐさま銃を探り、構える。証拠を掴まれ焦って取り返しに来たのだろうけれど、随分と雑な襲撃だ。これならば早々に片をつけられるだろう、とニールは銃撃が止む瞬間を捉え、ソファの影から銃を放つ。が。
「あ、ちょ、ま、あばば見えてる見えてる!」
男が足を振り上げ、向かってきた黒づくめの男のうちの一人の首に絡げる。勢い引き倒された黒づくめの男は、男の湿った太ももの間に挟まれ気道を塞がれた。腰に巻いたタオルの結び目が解けかかかる。苦しげな黒づくめの男が顔を埋めた先は、際どい男の股の間だ。
「おま、そんな眼福なまま天国に行かせてたまるか地獄に落ちろ!」
「アホかニール! 集中しろ!」
「だって! っていうか邪魔だお前寄るな!」
向かってきた黒づくめの男をニールは過たず一発で仕留めた。
男のむっちりとした太ももの間で、黒づくめの男は泡を噴いて白目を剥いている。
残る最後の一人は不利と悟ったのだろう、身を翻した。
「待て!」
「待ては君ぃ! そのまま追うつもり!?」
「それもそうだったな」
ニールは先程まで自分がかけられていた男の上着を探そうとする。そうこうする間に男が解けかかったタオルの結びを解いた。
──いやマジで何してんのこの人マジか。
まろびでる上向いた尻は張りがある。そのまま男は手近な荷物から自らのアンダーウェアを取り出し、ニールの眼前で足を通す。突如始まったストリップショーは、脱ぐというよりもむしろ裸体から布一枚着込んだ体であるにも関わらず、ニールの下半身をいたく疼かせた。
「何で今襲撃とかしてくるんだお前ら逃げたあいつ殺す」
「その意気だニール、その股の間のものが治ったら追ってこい。俺は先に行くぞ」
「え? は? ちょ」
アンダーウェアに部屋備え付けのナイトガウンだけを羽織り、男は部屋を飛び出した。
「──っと待ってぇぇぇ!!!」
一応人目は気にしたらしく、エレベータがある方とは逆の非常階段へと駆けて行ったらしい上司の後ろ姿を追うように、ニールの悲痛な叫びがこだまする。
「そんな簡単に治まるようなもんじゃないって身をもって知ってんのは君だろ!?」
ニールは悪態を吐きながら、優秀な右腕の手腕を発揮し、自らの服を整え、防弾ベストを羽織り、銃を確認した。わずか数十秒、上司の分の防弾ベストを手に、ニールもまた部屋を飛び出す。
地下の駐車場に辿り着けば、ニールの眼前を一台の車が猛スピードで駆け抜けていった。すぎる瞬間、運転席にいたのは逃げた黒ずくめの男だった。上司はどこに、と見回せば、ブレーキと摩擦音、エンジンの鳴り響く音。勢いタイヤが持ち上がり、欧州メーカーのラグジュアリーなスーパーマシンがニールの眼前で滑るように停車した。男が眩いばかりの褐色の肌をあちこちに晒し、太ももも胸元も露わに顎でニールをしゃくる。
──乗れってか。
ニールは天を仰いで、防弾ベストよりも上下の服を持ってくるべきだったと後悔した。後部に跨り、防弾ベストを差し出す間もなくバイクは急発進する。
「タイヤを狙え。生かして話しを聞く!」
猛スピードで車の間を縫うバイクのエンジン音と風の音、クラクション、夜の喧騒の中男が声を張り上げる。
「イエス、サー! っていうか有象無象に体見せないでよ!!」
せめてもと男の腰に回した手でナイトガウンの合わせを確りと握り、もろ肌が見えないようにとニールは独占欲を叫んだ。脱げかかる男のナイトガウンの肩、しっとりと濡れていた肌は汗が滲んでいる。
ニールは男の振る舞いが心底憎たらしくて心底愛おしくなり、ちゅぅ、とそこに口付けた。追いついた車の左後輪に照準を定める。
「一発で当てたらちゃんとご褒美! 三日間はベッドから出さないから!ね!」
ニールの張り上げた声に男は声をあげて笑った。
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