ちこと
2024-10-29 21:40:33
2866文字
Public poke小説・SS
 

プレゼント

2019年のバレンタインに書いたフパ+サトです。

 画面の向こうでメアリが微笑んだ。
「サトシくん。フーパから、もうもらった?」
「え?」
 サトシは身に覚えがない。ぽかんと口を開けると、あまりに間の抜けた顔を見せてしまったのか、メアリは途端に慌てた。
「ごめんなさい。ネタばらししちゃったかも」
「あ、いえ……フーパのやつ、なにか持ってきてるんですか?」
 フーパ自慢のリングは、この世界のなかであればどこにでも繋がる。
 自分自身もリングを抜けられるようになったフーパは、ひまをもらうと、ことあるごとに出かけているようだ。
 そのひとつが、サトシがいまいる地である。フーパが遊びに来たときは、こうしてメアリと連絡をとることもあった。
 今日も「フーパが来ましたよ」と伝えるために通信をつないだのだったが、そこで先ほどの言葉である。
 フーパはリングをくぐり抜けて早々、「よー、サートン! ピーカン!」とあいさつもそこそこに、ピカチュウとじゃれあいはじめた。いまも、外でピカチュウやほかのポケモンたちと遊んでいるはずだ。
「すぐに外に行ったから、まだそんなに話してないですけど……
「うーん……こうなったら、先に言っちゃうわね。サトシくん、今日が何の日か知ってる?」
「今日? えっと……
 サトシは即答できない。メアリは口もとに手を当て、「フーパといっしょね」といたずらっぽく笑った。
「今日はね、バレンタインデーなの」
 
 
 *

「ばれんたいん?」
「そう。アルケーの谷ではやったことなかったわね」
 今朝、デセルの街を散歩していたときのことだ。
 〝影〟にかつて破壊されたビルもすっかり元どおりとなり、街の中心部は毎日のように賑わっている。気分転換にと出かけた大きな百貨店には、パステルピンクの看板が出ていた。「ばれんたいんふぇあ」と、メアリに教わった覚えたての文字をフーパが読み上げた。
「ばれんたいんってなんだ?」
「うーん……地域によっていろいろ違うみたいだけど」
 メアリたちの故郷にはない文化だった。知識としては知っている。
「簡単に言うと、『大好きなひとに贈り物をする日』ってところかしら」
「大好き!」
 フーパの顔がぱぁっと華やいだ。
 メアリは思わず微笑む。フーパはこの言葉が好きらしい。サトシとピカチュウに初めて会ったときも、このキーワードにつられていたずらを思いついたようなのだ。
「せっかくだし、兄様たちになにか買っていこうか?」
「いく! フーパ、バルザにえらぶ~! ドーナツ!」
「ドーナツ以外もいろいろあるわよ。時間もたっぷりあるし、ちょっと見て回りましょ」
 百貨店には特設のコーナーがあり、趣向を凝らした品々がずらりと並んでいた。目移りし、ときおり迷子になりかけながらも、メアリはフーパとともにいくつかの菓子を選んだ。
 あらかた買い終え、備えつけのベンチで休む。メアリはふと、となりでそわそわしているフーパに気づいた。「ひと休みね」と途中で買ったドーナツも、まだひとつしか減っていない。
「フーパ、どうしたの?」
「うーんと……なぁ、メアリ、もういっこえらんでいいか?」
「もう一個? いいけど……
 バルザはもちろん、日々世話になっている面々、さらにメアリとフーパ自身の分もちゃっかりと調達している。
「誰か、ほかにあげたいひとがいるの?」
「うん!」
 ししし、と歯を見せて笑い、フーパは飛びあがった。ふよふよ浮かぶ両手をひろげ、胸を張って言う。
「サートンと、ピーカン!」


 *

「フーパが、おれたちに?」
「ええ。たぶん、まだこっちに置いてあるのね。リングでお取り寄せするつもりなんだわ」
 フーパらしいサプライズだ。メアリが先にばらしてしまったが。
「驚いたほうがいいかなぁ」
「そうね、きっと反応を楽しみにしてるから……でもね、サトシくん」
「なんですか?」
「むりして演技をしなくても、きっとサトシくん、びっくりすると思うわ」
 画面ごしに笑うメアリは、フーパとそっくりのいたずらっ子の顔をしていた。
 
 

 遊び疲れたらしいフーパが、ピカチュウたちを連れて戻ってきた。
 おやつの時間かと思っていたら、サトシの前まで飛びあがり、「ししし」ととびっきりの顔で笑う。
「どうしたんだ? フーパ」
「なぁなぁ、サートン! きょう、なんの日?」
 さっき聞いたような質問だ。つい笑みが漏れてしまう。
「えーっと……わかんないや。フーパは知ってるのか?」
「フーパ、しってる! きょう、ばれんたいん!」
 ふわり。フーパの右手が浮かび、金のリングをあやつる。
 リングに生じた空間に、ぷにぷにとした片手をつっこみ、勢いよく引っぱり出した。
「おーでましー!」
 リングから取り出したそれを、今度は両手で大事そうに抱え、フーパはサトシの前に差し出した。
「はい、サートン!」
 透明なフィルムと青いリボンで包まれたプレゼントだった。
 中身が透けて見え、サトシは言葉を飲みこんだ。
 
 黄色くカラーリングされ、赤と黒のちいさな飾りで模様が描かれている。
 ひとめ見てわかる、ピカチュウのかたちをしたチョコレートだった。
 
……これ」
「しししし! びっくりした?」
「うん……びっくり、した」
 受け取ろうと差し出した両手を半端にさまよわせ、呟く。
 てっきり、ドーナツだと思っていたのだ。フーパのことだから、自分の好きなものを選ぶのだろうと。
 それで十分うれしいと思った。サトシとピカチュウのためにわざわざ選び、こうして持ってきてくれたのだ。その気持ちだけで、うれしくないわけがなかった。
 サトシはしばらく、言葉を探した。「ありがとう」では足りないと思った。
 メアリはバレンタインを何の日だと言った?
「きょう、大好きにあげる日! だからサートンとピーカンにあげる!」
 にこにこと満面の笑みで、フーパはまっすぐに差し出す。
「サートンの、大好き!」
 
 ――大好きなひとに贈り物をする日。
 フーパは自分の「好き」よりも、サトシの「好き」を選んで贈ってくれた。
 
――フーパ」
 行き場を決められずにいた両手を、フーパの頬へと運ぶ。
「なんだ?」
 と言いながら、フーパはサトシの手に頬をすり寄せた。
 その頬と、贈り物ごと、胸に抱きこむ。
「ほぇっ」
「ありがとな、フーパ」
「ありがとう?」
「うん。すっげーうれしい。ほんとうに」
 ぎゅう、と腕に力がこもる。せっかくの贈り物を壊さないようにと気をつけつつも、気持ちが抑えられなかった。
「おれも、大好きだ」
 ピカチュウも、フーパも。
 ちゃんと伝わるだろうか。贈り物は用意していなかったけれど、ちゃんと、フーパの気持ちに応えられただろうか。
 フーパはサトシの胸にひたいをすり寄せる。
「ししし。なぁ、サートン」
「なんだ?」
 顔を上げ、歯を見せて、フーパはうれしそうに満面の笑みを見せた。

「はっぴーばれんたいん!」