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ちこと
2024-10-29 21:36:02
4841文字
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poke小説・SS
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夜の散歩
2019年10月頃に書いたグラ+サトです。
夜の散歩は、サトシが好きなことのひとつだ。
ククイの研究所を初めて訪れたとき、サトシがまず驚いたのは、その海の近さだった。目と鼻の先に砂浜があり、窓を開けて耳をすませば、寄せては返す波の音が絶えず聞こえてくる。海沿いに建つ家を見ることは初めてではなかったし、海のそばのバンガローで数日間過ごしたこともあった。だが、サトシにとっての「家」となる場所として見ると、その印象は新たなものとして映ったのだった。
生活のすぐそばに海がある。アローラの海の美しさは、滞在初日に十二分に感じていたところだったので、ドアを開ければすぐに届く潮のにおいに、眼前にひろがる青々とした海面に、サトシの胸は沸きたった。
サトシはもちろん、すぐにこの生活が好きになった。蹴立てると白く舞い上がる砂浜も、空の色を映し輝く海の青も、海面をわたって届く潮のにおいも、すべてがサトシを嬉しくさせた。砂浜はサトシとポケモンたちにとって格好の特訓場になったし、屋根にのぼって海と空を眺めるだけでも楽しい。たまにナマコブシが流れつくので、そういうときはきちんと帰してやったりもする。海辺のそばに生きる日常は、ごくごく自然に、サトシの体になじんだのだった。
そして、昼と同じくらい、夜の海辺もサトシは好きだった。
夜の海は深く暗く、昼とはまるで別の顔になる。波の音はおだやかで、ポケモンたちの気配もすくない。だが、その静かさも魅力のひとつとなった。砂浜を踏み歩くたびに、さく、と控えめに鳴る音も、昼よりもさやさやと静かに届く波の音も、心地よく耳に届く。
なによりもすばらしいのは空だ。目で追いきれないほどの星々が、アローラの夜空には瞬いている。歩いていてふと上を見上げるだけで、胸が詰まるほどの美しい空がサトシを包むのだ。
波の音と、砂の音を聴きながら、ピカチュウとふたり、波打ち際を歩く。ときおり足をとめて空を見上げて、満天の星空に目を奪われる。
夜の海辺の散歩は、サトシが好きなことのひとつだ。
そうして今日も、サトシはピカチュウを連れて、星空の下を歩いていた。
ピカチュウは波の動きを追いかけてはくるくる回る。もみじ型の手がぱしゃぱしゃと波をはねとばすのを見て、サトシは微笑んだ。
空を見上げてみる。今日もアローラの夜空は、さまざまの色の星々をいだいて輝かせていた。
「すっげー
……
」
何度目とも知れない感嘆を呟き、しばらく無心で眺めたのち、目線を前に戻す。
そこに人影があって、サトシは立ち止まった。
人影は黒いポケモンを連れており、また自身も黒い衣服に身を包んでいた。先ほどまでのサトシと同じように、首を持ちあげて空を見ている。その横顔にかかる前髪が、月の光を反射するように白く煌めいた。
人影は前髪を揺らし、サトシのほうを向く。
「グラジオ
……
!」
「
……
サトシ」
ブラッキーを連れたグラジオは、サトシの姿をみとめたのち、ふ、と微笑んで見えた。
「メレメレ島に来てたんだ」
「ああ。久しぶりにテンカラットヒルで特訓するのもいいかと思ってな」
サトシはグラジオを誘い、手近な流木に腰を下ろした。ピカチュウはブラッキーを促し波打ち際に駆けていったが、ブラッキーがグラジオのそばを離れないので、自分もサトシのそばに戻ることにしたようだった。白砂を蹴り、サトシの膝に着地する。
そのピカチュウの頭を撫でてやると、「ちゃあ」と気持ちよさそうに目をほそめた。耳が両横にぺたんと下がる。甘えるような仕草にサトシの頬が緩んだ。
「今日はピカチュウだけか。ほかのポケモンたちはどうした」
「ロトムは博士たちと一緒にテレビ見てるよ。モクローはもう寝てる。ルガルガンとニャヒートは
……
」
サトシがピカチュウと出かけるときには、ソファーやカーペットに寝そべっていた。たっぷりの夕ご飯で満腹になったばかりだったからだ。
「
……
もうすぐ来る頃かも」
「もうすぐ?」
「うん。おなかいっぱいのうちは動かないんだけど、たぶん、もうすぐ
……
」
サトシが言い切らないうちに、砂浜を蹴立てる音が聞こえてきた。ルガルガンとニャヒートは、サトシを見つけると足を止めた。ニャヒートはルガルガンと距離をとり、すぐに向き合って構える。ルガルガンは、サトシのとなりのグラジオに気づいたが、彼の相棒たる真夜中のルガルガンがいないことがわかると、そのままニャヒートの反対に陣取った。
見合って構えて、わざを出す。ぶつかりあう。特訓がはじまった。
「
……
もうすぐというのは、こういうことか」
「そう。ふたりともがんばりやだからさ。よくこうして自主練してるんだ」
「そうか
……
」
グラジオはふいに言葉を切った。ややあって、また口をひらく。
「いい目をしているな、ふたりとも」
それはごくちいさな呟きだった。だがその声は、ぬくもりをもってサトシの耳に届いた。途端に嬉しくなる。
「だろ? おれもあいつらの目、大好きなんだ」
グラジオのほうを向くと、口のはしで微笑んでいるのがわかった。
最初サトシは、ルガルガンとニャヒートが自由にわざと体をぶつけ合うのを見ていた。すこしばかり爆発音が起きても、夜の空と海とがほとんどを吸いとってくれる。唯一の光源である星々の光と、まんまるの月の光が、見守るようにふたりの横顔を照らしている。
しばらくそうして眺めていたが、やがてがまんできなくなり飛び出していった。
「おれもやる!」
ふたりの間に加わって、交互に指示を出しはじめた。ニャヒートにはだいもんじ、ルガルガンにはストーンエッジ。そこからさらに応酬させていく。最後にはピカチュウも加わって、擬似トリプルバトルをくり広げてみたが、やがてくたびれて全員が砂浜に仰向いた。
「ふー
……
」
「ぴーか
……
」
「にゃっと
……
」
「がる
……
」
息をととのえていると、夜の潮風が頬を撫でていった。汗がじんわりとひいていく。
ざり、と耳元で砂の音がしたので、そちらに目線を向けると、いつのまにかグラジオがすぐ横に立っていた。
「あ。グラジオ」
「いい動きをしていたな。ルガルガンも、ニャヒートも、ピカチュウも」
「だろ~! 次は負けないぜ
……
あっ」
思いついて、がばりと起きあがる。せっかくグラジオといるのだ。
「グラジオ、バトルしようぜ!」
「悪いな。シルヴァディたちはポケモンセンターで休ませているところだ」
「なぁんだ
……
」
そういえば、テンカラットヒルで特訓したと言っていた。その疲れを癒やしているところなのだろう。じゃあブラッキーと、と言おうとしたが、「リラックスさせるための散歩だ」とすっぱり断られてしまった。
「じゃあ、次会ったときはぜったいバトルしような」
「約束しよう。俺も楽しみにしている」
それで一気にサトシの気分は上がった。いまバトルできないのは残念だが、次のときがいっそう楽しみに、待ち遠しくなる。
そこでふと、グラジオが「散歩」と言ったことが気にかかった。
「グラジオ、散歩してたんだ」
「お前もそうだろう」
「そうだった。夕ご飯のあとに歩くとちょうどいいんだよね
……
グラジオもそう?」
「というより
……
ブラッキーもルガルガンも、夜が好きだからな。シルヴァディもそうだ」
言われてみれば、グラジオの手持ちポケモンは夜に進化したものが多い。シルヴァディはそうでないものの、いましめの仮面が取れるまでは人目を避けていたことを思い出した。そうした事情もあって、夜に過ごすことが多かったのだという。
「以前は必要があってしていたことだったが、そのうちになじんでしまったらしい。皆、夜が好きなんだ」
グラジオの視線は海に向いていた。サトシもつられてそちらを見る。
海面が夜空をうつしとって、星空が倍になったような景色だった。月の光がやわらかく降りそそぎ、メレメレ島の海辺をほんわりと包んでいる。
夜が好きだというグラジオたちの気持ちが、サトシにもわかる。
「そっか」
呟いたサトシの手に、湿った鼻先が触れた。サトシに続いて起き上がったルガルガンとニャヒートが、いつのまにか両脇に立っている。体の左側をちいさな足が蹴って、すぐにピカチュウが肩口から顔を出した。その頬に頬を寄せ、微笑んで、また海を見つめる。ポケモンたちもサトシと同じものを見ているのがわかった。
けしてうるさくはない波の音は、それでもしっかりと耳に届く。両耳だけにとどまらず、サトシたちの全身を包み、通りすぎてゆく。
穏やかな時間が過ぎる。やがて、サトシのとなりで、グラジオがそっと口をひらいた。
「
……
今夜、俺がここに来た理由は、もうひとつある」
「グラジオ?」
「ここに来れば、お前に会えるような気がした」
グラジオの翠の瞳が、いつのまにかサトシを見ていた。月の光を瞳にとりこんで、グラジオは微笑んだ。
「
……
お前に会うのは、こういう浜辺が多かっただろう。かつては」
サトシはぱちくりと、瞳をまたたかせた。
そうなのだった。サトシはふいに思い出した。
初めてグラジオとバトルをしたのは、明け方の海辺だった。ほしぐもがリーリエを連れて行ってしまい、グラジオに責めを受けたのも夜の砂浜だった。それはグラジオが言ったように、人目を避けてのことだったのだろう。だが。
「あのときも、だよな。グラジオが、島巡りに挑戦するっておれに言いに来てくれた」
今日のように、ピカチュウと夜空を見ながら、何気なく波打ち際を歩いていたときだった。あのときもやはり、夜の海辺で、サトシとグラジオは出会ったのだ。
「そうだ。おまえとふたりで会うときは、どうもこういう思い出になる」
それはどこか、秘密めいた思い出にも感じられて、サトシの胸がわくわくと高鳴った。そんなふうに言われると、やっぱり今度は、海辺でグラジオとバトルしたいと思えて仕方ないのだ。
だがいっぽうで、物足りなさも感じた。もったいないと思ったのだ。
「グラジオ、ポケモンスクールに来ればいいのに」
今度はグラジオが瞳をまたたかせる番だった。
「なに?」
「おれに会いに来てくれるならさ、今度はポケモンスクールに来てよ。そのほうが、リーリエもみんなもぜったい喜ぶって。カキはグラジオとバトルしたがると思うし」
グラジオの性質や実力は、友人たちも知るところだ。なのに一堂に会する機会といえば、なにかしらの事件が起きているときばかりで、なかなか穏やかな時間が過ごせない。サトシはそれをもったいなく思ったのだ。
「そうだ。グラジオもいっしょに授業受けるのは?」
「お前な。妹と同じクラスで授業を受けろというのなら、俺は少しやりづらいぞ」
「そういうものなの?」
「そういうものだ」
話はついたとばかりに、グラジオはまた顔をそらしてしまった。それでも、引き下がるには惜しいと思ったので、サトシは続けた。
「でもさ、おれ、待ってるから。いつか昼間に、ポケモンスクールのみんなに会いに来てよ」
グラジオは海を見ている。だからサトシも、夜空の海を見つめながら言った。
「グラジオとポケモンスクールで過ごせたら、おれ、すっごく楽しいと思うからさ」
となりで、グラジオが微笑んだ。そんな気がした。
「
……
考えておこう」
昼間のポケモンスクールに、いつもの教室に、グラジオが姿を見せることを想像した。みんなと一緒にグラジオと過ごす想像は、なんともわくわくするものだった。
だが今日のところは、グラジオと言葉を交わすのは、サトシのほかにはいなかった。
約束にも満たないほのかなやりとりを、アローラの月が見ていた。穏やかな波の音が聞いていた。
それもまたくすぐったく、ここちよい気持ちになるものだと、サトシは感じた。
サトシはやっぱり、夜の散歩も好きだと思った。
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