ちこと
2024-10-29 21:28:22
2734文字
Public poke小説・SS
 

なりきり

2023年のハロウィンに書いたゲン+サト短文です。

 目の前の古びた洋館は、明らかに人の気配がない。
 サトシは一瞬だけ悩んだが、思いきって扉の前に駆けこんだ。夕方になって急に降り出した雨は、止むどころかどんどん強くなるばかりだ。
 玄関はかたりと難なく開いた。ドアノブも鍵も壊れている。
「おじゃましま~す……
 と、控えめに声をかけてみたが、当然のように誰の声も返ってこない。屋敷のなかはかび臭く、電気が通っているようにも見えなかった。
 肩口のピカチュウと顔を見合わせた。うち捨てられたかのような雰囲気の、誰もいない屋敷での雨宿り。いかにも何かが出てきそうだ。だが、外の雨音はますます勢いを増している。
「今日はここで寝るしかないかなぁ……
「ぴーかちゅ……
 窓の外はどんどん暗くなっていくばかりだ。



 玄関から入ってすぐの空間は、吹き抜けになっていて広かった。屋敷のなかをあまり探索するのも気が引けたので、サトシはその広間で過ごすことにした。リュックに入れていたろうそくに火をつけて、ピカチュウの毛と自分の髪をタオルで拭く。そうこうしているうちにお腹が鳴ったので、ポケモンたちを出して早めの夕食を摂った。
「げんげん」
「ゲンガー?」
 夕食をすませてひと休みし、ポケモンたちをモンスターボールに戻していたときだった。サトシがモンスターボールを向けると、ゲンガーはずんぐりした体ごと、その首を横に振る。
「中で休まなくていいのか?」
「げんがっ」
 真っ赤な目でにこりと笑い、今度は縦に頷く。そのまま両足を投げだし、床にぺたりと座った。
「いっしょにいてくれるのか」
「げんげろげ!」
 その笑顔に、サトシもつられて微笑む。ゲンガーのとなりに腰を降ろし、膝にピカチュウを乗せる。相棒と顔を見合わせると、お互いどこかほっとした顔をしていた。この薄暗くしんとした空間で夜を過ごすのは、やっぱりちょっと怖かったのだ。
「ゲンガーがいっしょにいてくれるなら、お化けも怖くないなぁ」
「ぴかぴかちゅ!」
 そう話していると、ゲンガーもことさら嬉しそうに、「げんがぁ~」とにこにこ笑った。



――……
 あれ、とサトシはふいに思った。辺りは暗く何も見えない。ろうそくの火も消えている。
 いつの間に眠っていたんだろう。
 投げ出したままの脚の上で、ピカチュウがすやすやと寝息を立てている。となりに座っていたはずのゲンガーは見当たらない。
 どこかに出掛けたのだろうか。そう思って視線を巡らせようとしたサトシの目の前で、突然、ちかちかと、赤い光が瞬いた。
「あ、れ……?」
 ちかちか、ちかちか。
 光が瞬くのに合わせて、サトシの意識は遠のいていく。




 さわ、さわさわ。
 ――なんだか、辺りが騒がしいような。
 閉じていたまぶたをうすく開けたものの、サトシの視界はぼやけていた。意識もまだはっきりとしない。
 それでも、先ほどまではなかったはずの気配を感じていた。だれかが――なにかが、サトシと膝上のピカチュウを囲いこんでいる。覗きこんでいる。そういう複数の気配が、サトシの周りを取りまいている。
 赤い光が瞬き、黒い影が蠢いた。いまにも、手を伸ばそうとしてくるかのように。
 そのものたちのすがたは、はっきりとはわからなかった。サトシの視界は、どこを向いても、なぜだか紫色に覆われていた。
――あれ?」
 思わず声が出た。紫色のベールのようなものが、サトシの周りにある。ちょうど、サトシとピカチュウを取りまくなにものかとの間に入るようにして、そのベールは掛かっていた。
 と、そのとき。思わず出たサトシの声をたしなめるように、
「げん、げんが」
 と、ささやくような声がした。
「ゲン……ガー?」
 ささやき声につられて、サトシの声もちいさくなる。
「げんがっ、げん」
 ――うごかないで、じっとして。
 そう言われたような気がして、サトシは膝上で眠るピカチュウを胸に抱きこんだ。そのまま動かず、じっと息をころす。
 ゲンガーの声は、紫のベールのなかに響くかのように聞こえている。そういえば、このなかはすこし、ひやりと寒いかもしれない。
 サトシがじっとしていると、ゲンガーの声は、今度はサトシではなく周りのものたちに向けられたようだった。先ほどとは打って変わり、するどく厳しい声になる。
「げんが、げん、げんが!」
 ぶわり、エネルギーが集まってかたまり、周りのものたちに向かって放たれる。
――シャドーボール?」
 サトシはちいさく呟いた。覚えのあるわざの感覚だった。
 何度かやりとりが繰りかえされ、やがて、周囲にいくつもあった気配はひとつひとつと消えていった。どれくらいの時間が経ったのか、いつの間にか辺りはすっかりと静かになる。
 そうしてやっと、サトシを取り囲んでいた紫のベールが動いた。
「げんがぁ」
 紫色が前に動き、とげとげした毛の生えた背中が見えた。それはゆっくりと立ちあがる。ベールの正体がわかり、サトシは目を瞬かせた。
「げ……ゲンガー?」
「げんげろげ!」
 サトシとピカチュウの周囲にあったのは、〝ゲンガー〟そのものだったのだ。

 ゲンガーは、ものをすり抜けることができる。部屋の壁はもちろん、自由自在に動くライチュウの尻尾だって平気だ。
 だから、サトシとピカチュウをすり抜ければ、ふたりに被さるようにして座っていることだってできる。そういうことらしい。
 サトシが見ていた紫色のベールは、すこし透けたゲンガー自身だったのだ。
「でも、なんで……
「げんっ」
 ゲンガーはきりりとひと声鳴いた。その声色は、紫のベールのなかで聴いた、サトシをたしなめる声に近かった。
 ――あのとき、ゲンガーはなにかを追い払っていた。
 サトシとピカチュウを自分のなかに隠して、ふたりはここにいないと、近づかないようにと。
……って、おれたちを守ってくれたのか」
 そう言うと、ゲンガーは赤い瞳をほそめ、「げんがぁ?」と首を傾げて笑う。
 とぼけた仕草にサトシも微笑み、そのままゲンガーにばふりと抱きついた。
「ありがとなぁ、ゲンガー」
 やっぱり、ゲンガーがいっしょなら、お化けもなにも怖くないのだ。
「げんげろげ~」と、ゲンガーはことさら嬉しそうに笑った。



「あのとき、おれたち、ゲンガーになってたんだなぁ」
 すくなくとも、周りにいたものたちの視界にはそう見えていたということだ。
 サトシがふとそう言うと、ゲンガーはびっくりしたように、その大きな瞳をサトシに向け、ぱちくりと瞬かせた。
 その夜はそれからずうっと、ゲンガーはふよふよとご機嫌だった。