ちこと
2024-10-29 21:23:59
5323文字
Public poke小説・SS
 

かくれんぼ

2022年秋頃に書いた新無印ポケ+サトです。ルカ+サトがメイン。クチバのモデルとおぼしき某港町の公園をイメージしながら書きました。

 
 研究所からすこし足を伸ばすと、大きくてりっぱな公園がある。クチバの海に向かってひらけており、開放感があって心地よい。また海に沿って長く広がっているから、端から端まではけっこうな距離だ。ランニングにはもってこいの空間で、実際に走っている人たちを、昼夜を問わずよく見かける。
 だからサトシも、ときおり、ここまでポケモンたちと足を伸ばすことがある。早朝にランニングをすると、朝の海風が吹き抜けてゆく。それがなんとも気持ちよく、楽しい。
 そうして今日もまた、海沿いの公園を目指して、研究所から坂を駆け下りてきた。するとサトシの目に、色鮮やかな光景が飛びこんできた。
「すっげ~……
「ぴーか……
 足元でピカチュウが似たような声を漏らす。
 横長に広がる公園の中腹に、大きな花壇が集まったようなスペースがある。それはサトシも知っていたのだが、今日はサトシの知らない景色と化していた。
 花壇の花々が、満開だ。
「ここ、あったかくなるとこんなに咲くんだな」
 赤、青、黄、ピンク、白。さまざまな色かたちをした花たちが、いっせいに咲きほこっている。特に多いのは薔薇だろうか。植物に詳しくないサトシでもひと目でわかるくらいの、見事な薔薇園になっていた。
 花が咲く前の花壇は、緑が多いとはいえ大人しめの光景だった。それが、季節を迎え、溢れんばかりの花たちに満ちている。足元に咲くものよりも、生け垣のように、サトシの身長くらいにまで高さを伸ばしたものが多いことに驚いた。奥に足を踏み入れれば、花たちにぐるりと囲まれるほどだった。
 サトシは花に詳しいわけではない。だが、これほどの光景を目にしては、胸が沸き立たずにはいられない。まるで花の迷路のようで、冒険心をくすぐられるということもあった。
 もうすこしここで過ごしたい。そう思ってポケモンたちを見ると、みなそれぞれ、花々に心を奪われているようだった。
 ルカリオは、自身の鼻先まで伸びた花の香りに気をとられ、思わずといったふうに嗅いでみている。ネギガナイトは、自身よりも高く育つ生け垣を見上げ、手元の剣と見比べているし、カイリューとウオノラゴンは、とりどりに並んだ花たちを見てニコニコと笑っている。ゲンガーが見当たらないと思ったら、花々の影からひょこりと顔を出した。
 ――ここで特訓するなら、何がいいかな。
 早朝とあって、幸い人通りはほとんどない。とはいえ、激しい技の応酬では、花たちを傷つけかねない。だけどこの花の迷路は、なんだかとってもわくわくする。――そうだ。
「みんな、かくれんぼしようぜ!」
 名案、とばかりに声をあげると、ポケモンたちが目をぱちくりとさせてサトシを見る。足元ではピカチュウが、
「ぴっか!」
 いいね! と言わんばかりにひと鳴きした。

 かくれんぼも、サトシにとっては立派なトレーニングのつもりだ。これは、姿が見えなくとも相手の位置を見定めるための特訓だ。
「キバナさんとのバトルで、砂嵐に苦戦しただろ? ああいう風に視界が悪くて、相手がどこにいるかわかんないときの練習だよ」
 ポケモンたちを集めて、ていねいに説明する。先のバトルで実際に経験したカイリューとゲンガーが、熱心にうんうんと頷いた。
「ひとりが探す役で、のこりは隠れるんだ。見つからないように、場所を移動するのもオッケー。探す役は順番に交代。カイリューとゲンガーは、空は飛ばずに探すんだ。見えない相手に対する練習だからな」
 その場で考えたルールを説明し、ポケモンたちの顔を見渡す。みんなこくりと頷いてくれた。ウオノラゴンは「うら~」と呟くだけだったが、みんなのまねをしてくれれば大丈夫だろう。
「じゃあ、まずはおれがやってみるから。みんなは、おれに気づかれないように隠れてくれ」
 そう言って、後ろを向く。手のひらで両目を覆い、大きな声で数を数えはじめる。
 三十数えて顔を上げた。さっきまでそばにいたはずのポケモンたちが、影も形もなくなっている。……と思ったら、大きな水色の頭が、背の高い花ばなの上にひょこりと覗いた。
「ウオノラゴン、見っけ!」
「うら~?」
 ヒレを口もとに当て、きょとんと首を傾げている。「次はもう少し体を隠してみような」と、サトシは笑って頭を撫でた。
「ほかのみんなの隠れかたを、よく見ておくんだぞ」
「うらら!」
 ウオノラゴンに見守られながら、サトシは辺りを見渡し、仲間たちを見つけていった。まずはカイリュー、次にネギガナイトの順だったが、体格や得物の大きいかれらは、やはりウオノラゴン同様、隠れる場所に苦戦したらしい。
「ここで見ていてくれ」
 ウオノラゴンのとなりに連れていくと、カイリューは「ばう!」とにこにこ笑った。ネギガナイトは目をすがめ、「ぎゃも……」と不服そうに呟いている。
 さて、とサトシは肩を回し、気合いを入れなおした。あとはピカチュウと、ゲンガーと、ルカリオ。みんな強敵だ。
 とはいえ、ゲンガーは予想がしやすい。かれもサトシを抱えられるほどに大きいのだ。あのずんぐりとした紫の体がどこにも見当たらないのなら、かれだけが隠れられる場所にいる。いまは早朝、ちょうど影が長く伸びる時間だ。
 花の迷路がつくる影を覗いていくと、ある一箇所がふいに波打った。
「ゲンガー、見っけ!」
「げんげろ……
 影から頭を半分覗かせて、ゲンガーが悔しそうに呟く。そのまま影から抜け出て、ネギガナイトのとなりまで飛んでいくのを見てから、サトシは辺りを見渡した。
 ゲンガーを探して、この花の迷路のあちこちを見て回った。それでも見当たらないということは、ピカチュウとルカリオは、少しずつ位置を移動している。
 これはやっかいだ。ピカチュウは体が小さいうえに身軽だから、気配も隠しやすい。ルカリオはサトシと同じくらいの背丈だが、なんといっても、かれには波導の力がある。サトシの位置を早々に察知し、見つからないよう動いているのだろう。
……まねしてみるか」
 今日はキーストーンを身につけていないけれど、ものは試しだ。
 いったん立ちどまり、目を閉じる。視界を遮断して、深呼吸し、周囲の気配を感じとろうとする。
 メガ島でありありと感じとった、ルカリオの蒼い気配を思い出す。あれと同じものは、いま、どこにいるだろう。
 目を凝らし、耳を澄ますのと同じように、サトシは集中した。――だが、どこにも、何にもひっかからない。
「キーストーンがないとだめかぁ」
 ふう、と一呼吸し、気を取りなおす。やっぱり足で探すしかない――目を開けて駆け出そうとしたところで、ポケットのスマホロトムがアラームを鳴らした。あらかじめセットしていた制限時間が来たのだ。
「ぴっか!」
 勝利の笑みを浮かべ、ピカチュウが花壇から飛び出してきた。そのまま勢いよく地を蹴り、サトシの肩口まで駆けあがる。
「負けたよ、ピカチュウ」
「ぴぃかちゅう」
 満足げにひと鳴きされ、サトシの口もとには苦笑が漏れる。
 かさり、とわずかに音を立て、ルカリオも姿を見せた。
「ルカリオにも負けた~」
「わう」
 ルカリオのほうは、あくまでいつもどおりに澄ました顔を見せている。だが口のはしはわずかに上がっていて、しっぽもかすかに横へ振られていた。うまくいった、とご機嫌なのだ。
……もしかして、ルカリオ、波導を隠したのか?」
 サトシに気取られないよう、息をころすだけでなく、自らが発する波導を押さえこんだのだろうか。
「がう」
 サトシを見るルカリオの目が、満足そうにきらりと光る。
「そっか~、やるなぁ!」
 勝てなかったことは悔しいが、ルカリオの狙いが成功したことは嬉しい。波導のコントロールがどんどん上達しているのだろう。
 サトシが笑顔になったのを見てか、ルカリオは口のはしを上げたまま、鼻先をふるりと鳴らした。

 探す役を交代し、何度か繰り返したが、最後まで残るのはいつもルカリオだった。
「やっぱりルカリオが有利かぁ」
「ばう~」
「ぎゃも」
「うらら~」
 影を移動するゲンガーに早々に見つかったサトシは、カイリューたちと横に並び、残ったピカチュウやルカリオを応援していた。しかしそのゲンガーでも、ピカチュウを見つけることはできたが、ルカリオを見つける前に時間を迎えてしまった。
 探し役は、次で一巡する。最後は、ルカリオが探す番だった。
 スタート前にみんなを呼び、頭を突きあわせて、サトシはこっそりと指示をする。
「きっと、これでもかってくらい波導を利用するはずだ。みんな、自分の波導をがんばって抑えてみるんだ」
 全員でこっくりと頷き、花の迷路に散ってゆく。



 ――時間だ。ルカリオは、閉じていた目を開ける。
 目の前には、色とりどりの花の迷路がひろがるばかりだ。仲間たちの姿は見当たらない。ウオノラゴンも、この数回で、隠れることがだんだんうまくなったようだ。
 それでもルカリオは慌てず、再び目を閉じた。両手を差しだし、目でも耳でもない器官に神経を集中させる。
 波導の目で見れば、仲間たちの姿はありありとわかる。
 その波長の示すままに、次々と仲間を見つけてゆく。先の機会では善戦していたゲンガーもピカチュウも、今回は早々に待機位置に並んだ。ウオノラゴンもカイリューもネギガナイトも見つけ、残るはサトシのみ。
 そこでふと、ルカリオは気づく。――サトシの位置がわからない。
 一度立ち止まり、再び波導に集中する。静かに見守る仲間たち、生き生きと咲きほこる花々、空を横切ってゆくとりポケモン、かれらの波導はありありとわかる。
 なのに、そのなかにサトシがいない。
 ざわりと、ルカリオの胸が波打った。体毛がわずかに逆立つ。
 落ちつこうと、静かに呼吸する。おそらくサトシは、ルカリオのまねをしているだけだ。波導を抑え、ルカリオに見つからないようにしている。そうはいっても、練度も精度もルカリオに敵うことはないはずだ。集中して探せば、かならずほころびが見える。
 頭でわかっていても、心が安まらない。
 ――サトシの波導が、わからない。ルカリオの波導の視界に、サトシがいない。
 そのことが、こんなにも――



 もしかして、うまくいったのだろうか。息をころしながら、サトシは胸を躍らせる。
 いちかばちかの挑戦だった。なにせサトシは、自分の波導の抑えかたなど学んだことがない。ごくまれに、波長が合った相手の波導を感じることはできても、それ以外にまともなコントロールをしたことはないのだ。それでも負けっぱなしは悔しいので、ルカリオを相手取ったときに、かれのまねをしてみることにした。
 完全に感覚だよりで、ひたすらに、ルカリオに見つからないようにと意識する。負けたくない、勝ちたいという気持ちも手伝って、サトシは必死に集中した。
 それが功を奏したのか、気づけば最後のひとりとなり、まだルカリオに見つかっていない。
 隠れ場所からわずかに顔を出して覗いてみると、ルカリオは目を閉じたまま立ち尽くしている。サトシの居場所は気づかれていないようだ。このまま時間切れになれば、サトシの勝利だ。
 最後まで油断しないように、と、サトシはルカリオを意識する。ルカリオの追跡から逃れようとする。
 ――あれ?
 ひとりで立ち尽くすルカリオから、ふいに目が離せなくなった。
 傍目には、目を閉じて、いつものように集中して見える。だがサトシの目には、いまのルカリオが、ひどく頼りなげに見えた。
「ルカリオ――
 思わず体を乗り出す。同時に、視線がルカリオの赤い目とばちりとかち合った。
「あ」
――がうっ」
 勝ちほこったようにひと鳴きするその姿は、すでにいつものルカリオだった。心細そうに揺れる気配など、微塵も感じない。
 ルカリオの勝ちだ。
「あちゃあ」
 ぼさぼさの頭を掻きながら、サトシは苦笑した。

 だんだんと日も高く昇り、公園内に人が増えてきた。けさのトレーニングもここまでだ。
 みんなに声をかけ、歩いてサクラギ研究所へと向かう。
「結局、ルカリオには勝てなかったなあ」
「ぴ~か」
「あとちょっとだったと思うんだけど。油断しちゃったな」
 となりを歩くルカリオに、「な」と笑いかける。
 サトシの視線を受けとめると、ルカリオは口もとに笑みを浮かべた。
 ――あれ。思っていた笑顔と、少し雰囲気が違うような。
 サトシが予想していたのは、完全勝利の喜びを隠しきれないような、少し得意げなルカリオの笑顔だ。だが実際には、もう少し、肩の力が抜けているような。
「ルカリオ、……なんか、ほっとしてる?」
 とたんに口もとがきゅっと結ばれ、ふい、と顔を逸らされてしまった。
 なんだよ、とサトシは首を傾げる。
 だがそっぽを向いたまま、ルカリオは、サトシの歩調に合わせ、ぴったりとすぐとなりについている。それが嬉しかったので、サトシは「まあいいか」と微笑んだのだった。