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ちこと
2024-10-29 21:10:48
3021文字
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poke小説・SS
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あの日からの距離
2022年のサトシとゲンガーともだち記念日(3月9日)に書いたものです。
サトシが風邪をひいた。
「だから、今日はあいつはお休み。部屋で寝かせてるんだ」
「かわりにわたしがお手伝いしてるの。お花係の当番、友だちに代わってもらったから」
朝の空気に乗り、ゴウとコハルの声がする。だが、サトシの声はいっこうに聞こえてこない。
サクラギパークの木陰から、ゲンガーはひょこりと顔を出した。たくさんのポケモンフーズや大きなブラシ、たくさんのタオル。そんないつものお世話グッズを、ゴウとコハルがふたりで抱えているのが目に入る。
サトシがいない。
そういえば、いつも朝いちばんに聞こえる大きな声の挨拶も、今日はなかった。そのことに気づいたのだろう、カイリューにルカリオ、ネギガナイトは、すでにゴウたちのまわりに集まってきていた。
みなに説明するように、ゴウは続ける。
「ほら、昨日の夜、特訓の途中に頭から水かぶってただろ? たぶんあれが原因だと思うんだけど」
「さっき、おとうさんがお医者さんを呼んでたから。きっとすぐによくなるよ、だいじょうぶ」
そう言って、コハルは皿を取りだした。いつものポケモンフーズがこんもりと盛られている。
「みんなはいつもどおり、お腹いっぱい食べてね。ほら、ゲンガーも」
「あ、ゲンガー。出てきてたんだな。おはよう」
「
……
げんが」
のそり、影から抜けでて地上に降りたつ。
「さっき話してたんだけど、サトシ、今日は風邪で寝てるんだ。みんなのお世話は、コハルが手伝ってくれるから」
「あとでお見舞いに行ったらどうかな。あ、驚かせちゃうから、お医者さんが帰ってからのほうがいいかも」
ゴウの声も、コハルの声も、いつにもまして優しく聞こえる。
目の前に置かれたポケモンフーズは、いつもどおりおいしそうだった。ぽてんと座り、食事の体勢をとってみたが、ゲンガーの手はなかなか伸びない。
カイリューたちのほうを向いてみると、ちょうどそれぞれと目が合った。
たぶんみんな、同じような顔をしている。そんなふうに、ゲンガーは思った。
いつもよりゆっくりとお腹を満たしてから、ゲンガーはサクラギパークの影を飛びまわった。あちらの木陰からそちらの木陰へ。こうすれば、ほかのポケモンたちに気づかれず、あちこち見て回ることができる。
ルカリオは早々に姿が見えなくなっていた。朝ご飯を食べて、すぐに屋敷のほうへ向かったのかもしれない。
カイリューはゴウとコハルを手伝って物を運んでいた。ネギガナイトは、いつもの岩場で鍛錬を始めている。だけどきっとふたりとも、もうしばらくしたら、やっぱり屋敷へと足を運ぶのだろう。
ウオノラゴンは、いつまでたってもサトシがやってこないからか、すこし落ち込んでいるようだった。コハルが頭を撫でながら、「あとでお見舞いにいこうね」と話しかけていた。
サクラギパークの木陰に、ふたたび体を溶かす。影の世界をするりと抜けてゆく。いくつかの壁をくぐり抜け、ゲンガーはひとつの部屋にたどりついた。
壁から、顔だけをそっと覗かせる。眼下の二段ベッドのうち下の段が、毛布でこんもりと膨らんでいた。
いつもより多めに盛られた毛布のなかで、サトシが静かに眠っている。そのすぐ横に体を丸め、ピカチュウもちいさく寝息を立てていた。ルカリオは、いまは外しているらしい。
ぽてん。壁から抜け出て、床の上に降りたつ。ベッドからすこし離れて立つかたちになった。ちょうど、ゲンガーの体ひとつぶんほど空けて。
ここからの光景を、ゲンガーは覚えていた。
――
ゲンガー、おれの仲間になってよ。
サトシはそう言って、モンスターボールをぽぅんと投げた。サトシとゲンガーがそうやって結びつく前の、最後の距離。最後の景色。
次にゲンガーがモンスターボールから出てきたとき、サトシはもう、ゲンガーのすぐ目の前に立っていた。あいだはもうほとんどなくて、お互いの手をすこし伸ばせば、もうかんたんに届く距離だった。
あの日のサトシのように、ゲンガーも一歩、それから二歩、前に出た。ちょっぴり体をかがめれば、もう、目の前にサトシの顔がある。
そっと手を伸ばし、おでこに触れる。思ったより熱く、ゲンガーは驚いた。これは「おやすみ」になるわけだ。
サトシの頬はいつもより赤くて、寝顔もいつもより静かだった。あまり心地よくないのだろう。
手をおでこから頭に移し、ゆっくりと撫でた。サトシがピカチュウにするように。オニオンがゲンガーにしてくれたように。そして、サトシがゲンガーにするように。
「
……
げんがぁ」
ぽつりと呼んで、それから手を引っこめた。いまのサトシには、もうすこし休息が必要に思える。起こさないうちに去ろうと、床の影と同化しようとした。
「ん
……
」
ぽつん。ちいさく、空気が震えた。
弾かれたように、ゲンガーは身を乗りだした。目の前で、サトシのまぶたがゆっくりとひらく。
「
……
ゲンガー、?」
ぼんやりと開いたキャラメル色の瞳が、ゲンガーを見つけるのがわかった。
「げん」
うなずくと、サトシの顔がふにゃりと崩れる。
「
……
おはよう、ゲンガー」
いつもより、ちいさくて、静かな声で。それでもはっきりと、ゲンガーの耳に届く。
それだけでゲンガーは、自分の胸のなかにあるものが、むくむくと大きくなるのがわかる。
「げんげろ、げ~!」
いつものように、いたずらっこのように笑ってみせる。そうすれば、サトシの顔もますます崩れて、ふにゃりと笑顔になった。
「へへへ」
「げんが~」
「きてくれたんだなぁ」
「げん」
「朝、いけなくてごめんな」
「げんげん」
「明日には元気になるからさ」
ベッドのすぐ横で、サトシの顔を覗きこんだまま、ぽつんぽつんと話をする。
ふと、サトシの視線がゲンガーの手へと向いた。
「
……
なぁ、ゲンガー。もしかしてさっき、おれのこと撫でてくれた?」
「げん?」
ばれてしまっては、いくらかくすぐったい。けれど否定もできず、ゲンガーはこくりと頷いた。
「そっかぁ」
「げんが?」
「さっき、つめたくって気持ちよかったからさ
……
」
ふにゃりと、サトシの目尻が緩む。だんだんと眠気が迫ってきているようだった。
そっと手を伸ばし、ゲンガーはもう一度、サトシのひたいに触れてみる。するとサトシは、とろけるように顔をゆるめた。
「あー、きもちいー
……
」
そのまま目をほそめ、静かになる。すぐに寝息が聞こえてきた。
サトシの頭をゆっくりと撫でながら、ゲンガーは顔のほうを覗きこむ。こころなしか、その寝顔は、さっきよりも穏やかになったように見えた。
「
……
げんげろげ」
サトシは寝てしまったけれど、この手を離すのは、まだ惜しい。
もうすこし、もうすこし。そのうちにルカリオやカイリューやネギガナイトや、ウオノラゴンがやってくるだろうけれど。それまでは、もうすこし。
いっぽうで。
はやく元気にならないかな、とも思う。はやく元気になって、いつもどおりに駆け回らないかな。朝いちばんに、あの声を聞かせてくれないかな。
いずれにせよ、ゲンガーが呼べば、応えてくれることにかわりはないのだけれど。
あの日から、ずっとそう。サトシがどこに行こうが、なにをしていようが、かわらない。
この手が、サトシにいつでも届く距離に、ゲンガーはいるのだ。
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