ちこと
2024-10-29 21:07:18
3191文字
Public poke小説・SS
 

ないしょばなし

新無印91話(ゴースト列車回)放送後に書いたゲン+サトでした。

 自分のからだが遠い。
 どこか覚えのある感覚に、サトシはふとまぶたを開けた。
 まわりはもやもやと暗く、実態がわからない。そのただなかに、自分は浮かんでいる。
 手のひらに目をやると、きちんとそこにあるのがわかる。だがこの手のひらは、実体のものではない。からだよりも奥の奥にあって、サトシの目に見える形をとっているだけだ。
 覚えがある。つい数時間前にも、これとおなじことになった。
「おれ、また乗っ取られちゃったのかな……?」
 あのあと、一度もミカルゲの要石には触れていないはずなのだが。
 心とからだとのつながりが途切れたように、サトシは所在なく、ぼやぼやと浮かんでいるのだった。

 心とからだが離れている。ということは、自分はまた、心にもない行動をとってしまうのだろうか。
 浮かんだ不安は、しかし、すぐに霧散した。外に意識を凝らしてみると、自分の体は、そもそも動いても喋ってもいなかった。
 サトシの体は、ベッドで静かに眠っている。今日の宿である、ラテラルタウンのポケモンセンターのなかで。
 からだは眠っているのに、心はぱちりと起きている。それもおかしな気分だった。夢を見ているわけでもなさそうだ。
――なぁ、誰かいるのか?」
 からだよりもずっと奥にひろがる空間に、サトシはそっと問いかける。
 ミカルゲの魂は、もうサトシのなかにはいない。だが、そのかわりに入りこんだ何かがいる。その何かに触れたから、サトシの心は目を覚ましたのだ。
 果たして、それはゆっくりと現れた。サトシの目の前に、ゆらりと染み出るようにして。
……なぁんだ」
 不安はすっかりとかき消えて、安堵がひろがる。目の前で、闇色のからだはずんぐりと大きく、顔いちめんに笑顔を浮かべている。
「げんげろげ」
 両手を口もとに当てて、ゲンガーはニコニコと笑っている。いたずらがばれたときみたいだ、とサトシは思った。

 何もない空間に、ふたり並んで腰かける。
「ゲンガー、おれのなかに入ってるのか?」
「げんが」
「そんなこともできたんだなぁ」
 ゲンガーは影を移動できるし、すがたを消すことができるし、ものをすり抜けることもできる。それらは、サトシも知っている特技だが。
「だってさ。ゲンガー、おれより大きいだろ」
「げん」
「ぜんぶ入ってるの? どこもはみ出ないで?」
「げんげろ?」
 ゲンガーは首をかしげてみせた。どうかな、と笑っている。
「不思議だなぁ」
 言葉と一緒に笑みがこぼれた。まだまだ知らないことばっかりだ。
 右手を伸ばし、隣に座るゲンガーに触れてみる。毛並みがきちんとあって、ひんやりとあたたかい、いつものゲンガーの体だ。
 サトシの手のひらがひたいに触れると、ゲンガーはそっと目を閉じた。ゆっくり撫でてやると、ゲンガーの大きな顔に、やわらかい笑みが浮かぶ。
「今日はありがとな。手伝ってくれて」
「げんがっ」
「かっこよかったぜ。あいつをしっかり捕まえてくれてさ」
「げんげろげ!」
「ゲンガーが捕まえてくれなかったら、もしかしたらおれ、また乗っ取られてたかも」
……げん」
 ゲンガーの瞳が、ぱちりとまたたく。それまで笑っていたみかづき型の口もとが、ふいに下向きにさがった。
「ゲンガー? ……どうしたんだ?」
 顔を覗きこむと、視線をそらされてしまった。
 ゲンガーはうつむいて、きゅ、とひざを抱えている。
……ゲンガー?」
 手を伸ばして、背中に触れる。
 なにか、傷つけるようなことを言ってしまっただろうか。
 自分の表情も曇っていくのがわかる。もう一度声をかけようとしたところで、
……げんっ」
 と、ゲンガーがふいに立ちあがった。
「ゲンガー」
 サトシが呼んでも、こちらを見てくれない。ゲンガーはそのまま背を向けて、飛んでいくような姿勢を取った。
――ま、待って!」
 慌てて手を伸ばし、ゲンガーのしっぽをつかまえる。ゲンガーはぎくりと止まり、それから、ゆっくりとサトシのほうを向いた。
 赤い瞳と、やっと目が合う。
「ごめん。おれ、おまえを傷つけた……?」
……げんげん」
 ゲンガーは、からだまるごとで首を横に振った。ちがう、という。
「じゃあさ。ゲンガーがいやじゃなかったら」
 ひと呼吸おいて、サトシは息を吸う。
……もうすこし、ここにいてくれよ。おれ、おまえともっと話したいよ」
 ゲンガーの瞳が、また、大きくまたたいた。

 もう一度、ふたり並んで腰かける。
 サトシのすぐ横にゲンガーの手があったので、サトシはそっと手を伸ばし、そのままその手を握った。ゲンガーは弾かれたようにこちらを見て、それからゆっくりと姿勢を戻した。
 きゅ、と、ふたりで手を繋ぐ。
……なぁ。さっき、どうかしたのか?」
 サトシの手のなかで、ゲンガーの手がぴくりと揺れた。すこし強めに握りかえす。
「げん、……げんが、げ?」
 ゲンガーは、サトシに問うているようだった。
 サトシと繋いだ方と反対の手を伸ばし、手振りを加える。ひとさし指を立て、サトシの胸もとに伸ばし、それから自分を指す。それを何度か繰りかえした。
「ゲンガーと、おれ……いや、ゲンガーが、おれの……
 指さしに合わせてサトシは呟く。ゲンガーの言いたいことは。
「おれのなかに入るのが……いやじゃなかったか、って?」
「げん、が」
 こくりと頷き、ゲンガーは手振りを止める。
「なんでそんな……、あ」
 サトシはふと思い出した。ゲンガーの表情が曇る直前に、自分が言ったことだ。
「また乗っ取られてたかも、って?」
……げんが」
「ゲンガーがおれを乗っ取るかも、って?」
「げ、げん」
 疑問がふわりとほどけていく。サトシは口もとをゆるめた。
……そんなの、思うわけないじゃん」
「げん?」
「だって、さっき言っただろ。ここにいてくれって」
「げん、が」
「ゲンガーがここにいるのは、……おれ、ぜんぜんいやじゃないよ」
 きゅ、と、つないだままのゲンガーの手に、力がこもった。
「うん」
 うなずいて、握りかえす。
「いやじゃないし、なんか……すっげー楽しい」

 まるで、ふたりだけのひみつきちだ。
 隠れ家でする、ないしょばなしだ。

 ゲンガーが、体ごとこちらを向いた。
 サトシもおなじように、ゲンガーと顔を合わせる。
――げんげろげ!」
 瞳を大きくきらめかせ、ゲンガーはにっこりと頷いた。
 サトシの胸にも、ぶわりと熱いものがひろがる。
……なぁ。もうすこし、こうしてようぜ」
「げんが!」

 からだの奥の奥、だれも入ってこられないようなところ。
 ひみつの空間に身をゆだね、サトシはゲンガーと一緒だった。





 サトシに気づかれなければ、すがたを見せるつもりはなかった。
 こっそりと、覗いてみるつもりだったのだ。またあいつが入りこんでいやしないかと。
 ゲンガーの知らないうちに、サトシのなかに入りこんで、あちこち動きまわっていた。それはちょっと、おもしろくない。
 念のために見回るつもりで、眠っているサトシのなかに入ってみたのだった。ゲンガーもふだんはやらないことだ。
 そうしたら、サトシにみつかって、ふたりで過ごすことになった。
「なんか、……すっげー楽しい」
 サトシはそう言って笑う。ゲンガーも同じだった。
 サトシのなかで、サトシとふたりきり。まるでとっておきのひみつきちだ。
 いま隣にいるサトシは、実体のものではない。だけど、繋いだ手は温かい。繋がったところから、ぬくもりが広がっていく。
 心地よいところだ。ゲンガーの居場所だ。

 やっぱり、あいつには、二度と入らせたくないな。
 そんなふうにこっそりと、ゲンガーは思うのだった。