ちこと
2024-10-29 20:47:19
5013文字
Public poke小説・SS
 

Chase down, Catch up

友人の誕生日に送った新無印後のダン+サトです。

「ルミナスメイズの森の近くで、チャンピオンを見たひとがいるんだって」
 幼なじみにそう言われ、ダンデは一瞬、なんのことかわからなかった。
 ここ数日、ルミナスメイズの森へは行っていない。そう言おうと思ったとき、はたと気づいた。このガラルにおいても、「チャンピオン」と呼ばれるトレーナーは、もう自分だけではないのだ。
……サトシ、ガラルに来ていたのか」
「みたいね。でも、すぐにどこかに言っちゃったって」
 スマホロトムを覗きこみ、空いたほうの指で髪の毛をいじりながら、ソニアが続ける。
「サトシくん、あちこち旅してるみたいなんだって。ゴウくんが言ってた」
「みたいって、ふたりは一緒じゃないのか」
「ファイナルのあと、ふたり別々に旅に出たって言ってたよ」
 そう言いながら、エメラルドの瞳がダンデへと向けられる。ソニアはぱちくりと目を瞬かせた。
……ダンデくん、聞いてなかったの?」
「聞いて……ない、な」



 ソニアと別れ、リザードンの背に乗る。相棒は心得たようにひと声鳴くと、力強く空へと舞いあがった。ダンデがなにも言わずとも、帰路を見いだし方向を定める。頼りになる相棒にすべてを任せ、ダンデは暮れゆく空を仰ぎながら、ぼんやりと思考を巡らせていた。
 ソニアはムゲンダイナの一件以来、ゴウと不定期ながら連絡を取りあうようになっていたという。あの騒動の際も頻繁に意見を交わしていたらしく、「お互い良い刺激になるのよね」と話していた。すっかり仲良くなっていた幼なじみは、だから、かれらの新たな門出のことも、当然のように知らされていた。
 いっぽう、自分はどうだろう。いまになって思い至ったが、ダンデはサトシの連絡先を知らなかった。これまで必要がなかったからだ。チャンピオンシップスの舞台に赴けば、自然と彼がいた。
 一度トレーニングをともにしてから、さらに親しみを覚え、気安く名を呼ぶようになってすら、連絡先を聞こうと思ったことはなかった。サトシにも聞かれなかった。その頃には、マスタークラスで必ず会えると思うようになっていたし、ダンデ自身、それを待ち望んでもいた。会うべき場所で再会できると思ったから、連絡を取り合う必要など感じていなかった。
 そして、今だ。
 はたと思い至り、ダンデは自身のスマホロトムを起動した。ポケモンワールドチャンピオンシップスのページにアクセスする。白熱のファイナルが終了し、チャンピオンシップスは、すでに次のシーズンに入っていた。そのサイトで、ダンデは初めて、自分以外の選手を検索した。
 探しびとは、現れなかった。
 今期のチャンピオンシップスに、サトシはエントリーしていない。
 そう気づいたとき、空中にいるはずなのに、ダンデは足もとが崩れていくような気がした。



 翌日、尋ねてきたソニアはドアを開けると、開口一番、「ダンデくん、どうしたの?」と言い放った。
……俺、何か変か?」
「うん、なんか変」
 彼女は預けていたダイマックスバンドを届けにきてくれたはずだ。しかし、用事の品を差しだすより前に、玄関先ではっきりと告げられてしまった。
「ちょっと、考えごとをしていたんだ」
「どんなこと?」
「いや、……なんて言えばいいかな」
 後頭部に手をやり、無意識のうちにくしゃ、と髪を掴む。言うべきことが定まらず、まるで道に迷っているかのようだった。
「昨日、サトシの話をしただろう」
「うん」
「あれ以来、何というか……心のどこかに、穴が空いたような気がしていて」
……急だねぇ」
「そう、急なんだ。急に思った……
 言いながら視線をさまよわせると、リザードンと目が合った。庭で日光を浴びていた相棒は、ダンデの目を受けとめて、こちらへ歩いてきてくれる。後頭部をうろつかせていた手が、自然とそちらに伸びた。
 リザードンの首筋を撫でると、迷子の心地がすこし安らぐ。ほうと息をついて、ダンデは続けた。
……急にわかったんだ。俺がサトシに会いたいと思っても、今までみたいには会えない」
 息を吸い、吐く。
「サトシは、もう、……俺を追っていないから」



 いままで会うことができたのは、なぜか。
 サトシの目標の道筋に、ダンデがいたからだ。ダンデとバトルするために、サトシはチャンピオンシップスを駆けあがっていった。
 そして、目標をみごと叶えた。サトシは、ダンデとバトルし、そして勝った。
 ダンデはこれまで、待つ側のトレーナーだった。追いかけてきてくれるひとびとを、最強の座で待ち構えていた。そのことを、今更になって実感する。
 今度は、ダンデがサトシを追う番だ。
 ファイナルのあと、ダンデはサトシに「またバトルしよう」と伝えた。「必ず」と、サトシは応えてくれた。
 それでも彼はもう、ダンデとバトルするために、チャンピオンシップスを駆けあがってきてはくれないのだ。目標を叶えたから。彼の目はもう、新たな冒険へと向いている。
「追いかけたいのに、追わせてくれない」
 昨晩、リザードンの背で、ずっと考えていたことだった。
「ダンデくんは、サトシくんと会えたら、どうしたいの?」
「どう、って……
 決まっている。約束したのだ。またバトルすると。
 そう言おうと思ったのに、ダンデの言葉は途中で止まった。
 半端に開いたままの口を、ソニアは待ってくれている。なにも言わず、ダンデを見ている。
「俺は……
 ダンデの脳裏に、サトシの顔が浮かんだ。当然、ピカチュウも一緒にいる。いまもきっと、ふたりでくっつき、笑いあっている。
……俺は、サトシと話したい。いろんなことを、もっと話したい。話して、サトシというトレーナーのことをもっと知って、そしてまた、バトルしたい」
 言い切って、顔を上げると、リザードンと目が合った。相棒はなにも言わず、ただひとつ頷く。
「ふふっ」
 笑い声に視線を向けると、ソニアは微笑んでいた。
「早く、また会えるといいね」
……ああ」
 そのとき、開け放ったままのドアに、風が勢いよく吹きこんだ。






 チャンピオンがどこそこの街にいた。ポケモンとこんなことをしていた。
 そんな話ばかりが、ダンデの耳に入ってくる。あの一件以来、ソニアは頻繁に〝チャンピオン〟の目撃情報を知らせてくれていた。その出現場所はほんとうにあちこちで、どうやら彼はただ、そのときそのときに行きたいところへ向かっているらしい。実にのびのびとした旅路だ。
 しかし、ルミナスメイズの森で見かけたという情報以来、彼がガラルを訪れたという話は聞かなかった。せめてこの地に来てくれれば、ダンデにも追いかけようがあるというのに。
 ダンデの憂いを汲んだのか、今日のリザードンの翼は、大きく開けた空間へと向かっていた。
「ワイルドエリアか……。いいな」
 強いポケモンがたくさんいて、険しい環境もたくさんある。思いきり体を動かして特訓するにはもってこいの場所だ。
 今日はポケモンたちと汗をかいて、気持ちを一度すっきりさせよう。ダンデはそう決めて、相棒に声をかける。
「リザードン、まずはあの高台を目指そう。あそこに降りてくれ」
「ぐるっ」
 大きく羽ばたいて、リザードンがダンデの指す崖の上へと向かう。ダンデは、今日はどんなポケモンがいるだろうかと目を凝らした。
 その視界のなかに、不意に、覚えのある色がよぎった。
――えっ」
 降り立とうとしていた場所よりも下、崖の中腹。すこしだけせり出した台の上に、だれかがいる。
 体が小さい。子どもだ。黒い髪。青いジャケット。すぐ脇に落ちた、赤い帽子。かたわらに、ちいさくて黄色い生きもの。――その生きものに寄りそわれて、子どもが、倒れている。
――サトシ!!」
 ダンデが叫んだと同時に、リザードンはもう下降していた。崖の上を通りすぎて、中腹の、わずかにせり出した岩場へと迫る。ピカチュウの黄色い耳が、ぴんと立つのが見えた。
「ぴかちゅ……!」
 ダンデとリザードンをその目に映し、ピカチュウは驚いたようにまばたいた。だがすぐに、その瞳に強い意志が宿る。
「ぴかぴ、ぴか、ぴかちゅう!」
 必死な声が、ダンデの胸を打つ。ダンデは頷き、リザードンの首筋に手を添えた。それだけで心得たように、リザードンは静かに崖へと近づく。
「ありがとう、リザードン」
 相棒に礼を言い、その背から降りる。せり出した岩場は狭く、倒れているサトシと、そのそばに立つピカチュウとダンデ、それだけでほぼ満杯になっていた。足を踏み外さないよう気をつけながら、ダンデは腰を落とし、片膝をつく。
「サトシ……っ」
 手足を投げ出すように、横向きに倒れている。帽子は外れて横に落ち、髪の毛がばらばらとあちこちに向いている。瞳は閉ざされたまま、ダンデの声にも応えない。
 手を伸ばし、頬に触れる。温かい。口もとに指を添えると、呼気を感じた。息をしている。生きている。ダンデの心臓が、知らずどくんと大きく鳴る。
 体の下に腕を入れる。そのままゆっくりと抱きあげた。もし崖の上から落ちたのならば、頭を打っているかもしれない。慎重に抱え上げると、先ほどよりもサトシの体温が感じられた。温かい、そのことに、安堵する。
 サトシは動かない。目を閉じたまま、ダンデの腕にただ身をゆだねている。それでも彼はいま、ここにいる。生きて、ダンデの前にいる。頬や腕、脚、肌のあちこちに、傷が見えた。
 ダンデは体をふるわせた。このちいさな少年を、ぎゅうと抱きしめたい衝動にかられた。それをぐっとこらえ、静かに立ちあがる。
「リザードン、ここから一番近い病院に向かいたい。場所が分かるか?」
「ぐるっ」
 このうえなく頼もしく、相棒はひと鳴きする。「ありがとう」と頷いて、ダンデは足もとに目を向けた。
「ピカチュウ。君の相棒は、俺が必ず助ける。君も俺と一緒に来てくれるか」
 ダンデと目を合わせ、ちいさなねずみポケモンは、「ぴっか!」と力強く頷いた。



 病院で手当てを受け、ほどなくしてサトシは目を覚ました。廊下のベンチに座っていたダンデは、知らせを受けてすぐさま病室に駆けこんだ。
 開かれたドアの向こう、ベッドの上で、サトシとピカチュウが抱きしめあっている。窓のカーテンを透かして入ってくる陽光が、彼らをそっと照らしている。
 サトシは笑っていた。ピカチュウも笑っていた。お互いに、とても嬉しそうに微笑んで、頬をぎゅうとくっつけあっていた。
 ダンデの全身から、強ばっていた力が抜けていく。指先に血が通う。足もとの地面が、たしかなものになる。
 一歩踏み出し、室内に入る。ピカチュウが先に気づいて、ぴんと耳を立てた。相棒が指し示す先に目を向けるようにして、サトシの瞳がダンデを映した。
――ダンデさん!?」
 まんまるに見開かれた両目は、驚きに満ちている。だが、ダンデの名を呼ぶ声には、嬉しさが溢れて聞こえた。そのことがくすぐったく、また意外なほどに、ダンデの心を満たす。
 喜色を抑えきれないまま、ダンデは大きく口角を上げ、彼を見つめた。
「やっと会えたな。サトシ」



 たくさん話したいことがある。聞いてみたいことがある。サトシのこと。ピカチュウのこと。ふたりが出会ってきたポケモンたちのこと。
 だが何よりも先に、伝えておきたいと思った。倒れたサトシを目にしたときに、ダンデの心臓がどれほど冷えたか。彼がいなくなるかもしれないと、ほんの一瞬でも思ったときに、ダンデの血の気がどれほど失せたか。
 サトシがどの地にいようともかまわない。ポケモンを追いかけ、あちこちに駆けてゆく冒険は、きっと彼によく似合う。ポケモンを全身全霊で愛する彼を、ダンデもまた好ましく思っている。
 だけど、だから、せめてちゃんと、無事でいてほしい。それだけは伝えておこうと、ダンデは思った。


「今度は俺が、サトシを追いかけるから」


 どこにいても、いつか追いついてみせよう。
 だからそのとき、ちゃんと、ダンデの前で笑ってほしい。
 風のように大地を駆けていく彼に、ダンデはただ望んだ。


 それから、もうひとつだけ。「連絡先を交換しよう」と、ダンデは次に言った。