ちこと
2024-05-19 23:06:16
4923文字
Public poke小説・SS
 

Star with Sol #2

サトシとソルガレオが再会するお話、2話目です。さらにつづきます。

〈2〉

 昨晩、ツンデツンデたちの世界に来訪者があったという。時たま宙にひらくという穴から、入りこんだものがいたということだ。
 ある一体のツンデツンデは、同胞たちがそのようにざわめいているのを目にし、穴がひらいたというあたりへと向かってみた。宙に突如ひらく穴には、かれも覚えがあったからだ。
 果たしてそこにいたのは、白銀のたてがみを持つ生きものと、そこに埋もれて眠るちいさな生きものたちだった。
 そのちいさな生きもの二体に、ツンデツンデは見覚えがあった。

 *

 ひとつ夜が明け、ソルガレオは頭をもたげた。この世界の空はさまざまに色を変えるわけではないが、体を静かに休める時間が終わり、体を動かす時間がきたことを感じる。
 顔を上げた先に、この世界のウルトラビーストたちが見える。四角い石積みを何層にも重ねたような体を持ち、石の奥には目とおぼしき丸い光がひとつ光っている。
 そのうちの一体が、ソルガレオたちのすぐそばにそびえ立っていた。ややかがみ、こちらを覗きこんでいるように見える。
 視線の先は、いまだ眠っているサトシとピカチュウに向けられていた。ソルガレオは咄嗟に体を起こしかけ、はっと止まる。
 そのウルトラビーストの発する気配は、穏やかなような、朗らかなような、そういうたぐいのものだった。ふたりを害しようとするようすは見られない。
 ウルトラビーストは目を青緑に光らせ、なにか気になるものでもあるかのように、サトシとピカチュウの寝顔を覗きこんだ。ウルトラビーストの体が大きな影をつくり、それがサトシの顔にふっとかかる。
……はれ?」
 サトシが目を覚ました。
 はじめはうっすらとしかひらいていなかった重たげなまぶたが、巨大なウルトラビーストを前に一気に持ちあがる。
「わっ! びっ、びっくりしたぁ」
 ぱちぱちとまばたきをし、目の前のものをよくよく見つめ、――サトシの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「おまえ――ツンデツンデ?」
 ツンデツンデ。そう呼ばれたウルトラビーストは、「ごごご」という音を立てた。こちらに向いたひとつ目をぱちくりと点滅させる。
 サトシはがばりと体を起こした。はずみでピカチュウも目を覚まし、サトシの肩に乗る。目の前にそびえる石積みを見上げ、「ぴか!」と明るい声を挙げた。
「ぴかぴ、ぴかちゅ!」
「ピカチュウ。こいつ、やっぱりそうなのか?」
「ぴっか!」
 頷くピカチュウに、サトシの顔がもう一段階明るくなる。
「おまえ、ちゃんと帰れたんだな。よかったぁ」
 その声をきいて、ソルガレオにもよくわかった。ウルトラビーストに不穏な気配を感じないのも当然といえた。
 サトシはこのウルトラビーストと、かつて、ウルトラガーディアンズとして出会ったのだ。

 *

 サトシから見たツンデツンデの姿は、石積みの大きな跳び箱のようだ。箱の四隅に、やはり石でできたような足がついている。顔のようなパーツはほとんどなく、なかなか表情はうかがえない。
 だが、ツンデツンデが目もとから発する光が、かれが落ちついていることを伝えてくる。サトシもよく覚えている。見知らぬ世界に迷い込んだかれの目は赤く光っていたが、一度落ちつき、サトシの声を聞いてくれたときには、いまと同じ青緑色にかわっていた。
 あの日、アローラで「ちゃんと帰れよ」と言って送り出したかれは、どうやら無事、自分の世界に帰れたようだ。
「元気だったか?」
 そうきくと、ツンデツンデは四隅の足をたたみ、体を地面に降ろした。サトシを見つめていた青緑のひとつ目が、今度はきゅっと上を向く。その視線の先を見て、サトシはぴんときた。
「なぁソルガレオ、ちょっといいかな」
 振り向くと、ちょうどソルガレオと目が合った。サトシとピカチュウがツンデツンデと話すあいだ、ずっと見守ってくれていたようだ。
「おれとピカチュウを、あいつの上まで運んでほしいんだ」

 ソルガレオのたくましい四つ足が、ツンデツンデの側面を駆けあがる。
 ほんの数歩で体の上までたどり着いた。「サンキュー」とお礼を言い、ピカチュウとともにツンデツンデの上に飛びうつる。
 サトシとピカチュウが降り立つと、ツンデツンデは再び足を動かした。石積みの体がぐんと持ち上がり、そのぶん地面までの距離が遠くなる。
「うぉっと」
 一瞬どきりと冷や汗をかくが、サトシは落ちついて踏ん張った。となりでは、ピカチュウもツンデツンデにしがみついている。
 かつてサトシはピカチュウとともに、こちらを振り落とそうと揺れるツンデツンデをなんとか乗りこなしたことがあった。それをきっかけに、このツンデツンデは心をひらいてくれたのだ。
 だからわかっている。いまのこの動きは攻撃ではない。いじわるでもない。ツンデツンデにとっては、サトシたちとのコミュニケーションだ。
「ぴーかちゅう」
 ツンデツンデの上からは、辺りがよく見渡せる。ピカチュウの声につられるように、サトシも視線を巡らせた。
 景色のあちこちに石積みが見える。それらは皆四本の足を持ち、体の一部分を光らせながら、ときおり動いている。
 ここは本当に、ツンデツンデたちの世界なのだ。
「元気そうでよかったよ」
「ぴかぴか」
 ツンデツンデは応えるように体を揺らした。その動きはほんのささいなもので、上に乗っていても大した危険は感じない。
 やっぱり、「あの」ツンデツンデなんだ。サトシの胸がぐっと熱くなる。
 サトシがかつてウルトラガーディアンズとして出会い、保護したウルトラビーストたちは、たしかにウルトラホールを通っていった。きっと無事に帰れただろうと思っていた。いつかまた会えたらいいな、とも思っていた。
 いっぽうで、再会というものが、かならずしも容易に叶うものではないのだということも、サトシはこれまでの旅のなかで、すこしはわかっていたつもりだ。
 ほんのいっとき心を通わせた異世界のポケモンと、かれの世界で再会できた。
 そのことが、サトシの胸をいっそう熱くさせる。
 サトシはツンデツンデの上で両膝をつき、かれの表面をそっと撫でた。
「また会えてうれしいよ」
 そう言って身を乗りだし、かれの目のあたりを覗きこむ。
 ツンデツンデの瞳が、ぴかりと輝いたようにみえた。

 上に乗ったサトシたちとひとしきり遊んでから、ツンデツンデはのそのそと去っていった。
 サトシはピカチュウと両手を振り、その背中を送り出す。もしかしたら、仲間のところに帰るのかもしれない。
「それにしても、びっくりしたなぁ」
「ぴかぴか」
「ここ、ツンデツンデの世界だったんだな。昨日来たときは気づかなかったよ」
「ぴかちゅう」
……でもおれたち、なんでこの世界に来たんだろう。なぁソルガレオ、」
 不意に背中を大きく引っぱられ、サトシは言葉を飲みこんだ。視界がぐるんと回った直後、白銀の背中にすとんと着地する。
 ソルガレオに襟首を咥えられ、背の上に乗せられたのだ。ピカチュウも一緒である。
「あれっ、ソルガレオ?」
 サトシの問いかけには応えないまま、ソルガレオは大きく吠えた。その咆哮に呼応するように、上空に裂け目ができる。
 開かれたウルトラホールめがけ、ソルガレオは地面を蹴った。
「もう出発するのか」
「ぴかぴか」
 ソルガレオの背に乗ったまま、サトシは慌てて振り向いた。地上のツンデツンデたちのなかには、何体かこちらを見上げているものもいる。
 あのなかにサトシと遊んでくれたツンデツンデがいるのか、それはどれなのか、上空からではサトシにはわからなかった。それでもきこえるように声を張りあげる。
「またなー!」
「ぴーかー!」
 届いたかはわからない。サトシはめいっぱい両手を振った。

 ウルトラホールのなかに入ると、また光の洪水に包まれた。ソルガレオは四肢を動かして駆けていく。
「ソルガレオ、出発してよかったのか? おれ、てっきり、あそこで困っているやつがいるのかなって思ったんだけど」
 やはり応えはない。サトシはピカチュウと顔を見あわせた。
 ウルトラビーストを相手取ったはじめての冒険のあと、日輪の祭壇に皆で無事に戻ってきてから、ソルガレオはサトシたちの前から姿を消した。
 それ以来、再会できた機会は数えるほどだった。ククイ博士とバーネット博士の結婚式には一瞬顔を見せてくれたけれど、そのほかに出会って触れあえたのは、いずれもなにか事件が起きているときだった。
 ベベノムの世界と「かがやきさま」の問題が起きていたり、未知のウルトラビーストが困っていたり。特に後者では、ソルガレオがサトシとピカチュウを急に迎えに来て、ウルトラホールに飛びこんだのだ。ちょうど、今回とおなじように。
 ソルガレオが頼ってくれたのかと思うと、サトシは嬉しかった。いっぽうで、ほんのすこし寂しくもあった。何か、ウルトラホールの向こうで異変が起きているようなときでもなければ、ソルガレオには会えないのだろうかと。
 だから今回も、何か事件が起きたのかと思ったのだ。だがソルガレオの歩みはずいぶんのんびりとしていて、その上、せっかく訪れた世界ではほとんどなにもせずに出発してしまった。ツンデツンデが困っていないというならよかったけれど、それならば、ソルガレオの目的はなんなのだろうか。ソルガレオはいま、どこに向かっているのだろうか。
 ――もし、事件が起きたというわけではないのだとしたら。急いで向かわなければならない場所が、ないのだとしたら。
 こくりと、サトシは知らず唾を呑んだ。いま、おれはソルガレオと一緒に、いろんな世界に行くことができる。
 それなら。
……なぁ、ソルガレオ」
 きいてもいいだろうか。ほんのすこしだけ、わがままを言ってもいいだろうか。
「アーゴヨンの世界に、行けないかな」
 ソルガレオの背が、一瞬だけこわばった。よどみなく空間を駆けていた足が不意に止まる。反動でサトシはわずかにバランスを崩した。
「わっ」
 前のめりになり、ソルガレオの顔が視界に入った。目と目が合う。
 ソルガレオの瞳はわずかに揺れていた。まるで、動揺しているかのように。
 その揺れと呼応するかのように、ウルトラホールの空間がぐにゃりと歪んだ。
「えっ」
「ぴかぴ!」
 ピカチュウの声が上がったときには、もうサトシの体は浮いていた。
「うわっ」
 引き寄せられる。何に――どこに?
 ピカチュウとソルガレオが遠ざかっていく。ふたりとも、目を大きく見開いている。
 それを最後に、サトシの視界は光の洪水であふれ、なにもわからなくなった。

 *

 ソルガレオの目前で、空間の出口はふつりと閉じた。
「ぴかぴ!」
 ピカチュウの声に焦りが滲む。それに背中を押されるように、ソルガレオは大きく吠えた。
 ソルガレオの咆哮を受け、再び空間が歪みだす。その歪みが形をなすまでの時間が、まるで永遠のようにすら感じられた。
 この先がどこに繋がるのか、確証はない。サトシが吸いこまれた世界につながるかどうかは賭けだった。
 歪む空間を前に、ソルガレオは歯噛みした。
 サトシは知らないのだ。ソルガレオがサトシとピカチュウの元に現れた理由を。
 理由も分からないまま連れ出され、急ぎの用がないのだとわかれば、次に行きたい場所を思いつくのも自然なことだ。
 アーゴヨンの世界に連れていくことも不可能ではない。かの世界でなにか事件が起きたとも聞いていない。
 だがその望みを叶えてしまっては、ソルガレオは、自身が自身に課していた一線を越えてしまう。
 だから一瞬、動揺してしまった。その動揺がサトシに伝わるどころか、ソルガレオの力をもって、空間にすら影響してしまった。
 心を乱すべきではなかったのだ。

 ――一線など、もう、超えているも同然だったのに。

 歪む空間が、やがて出口をつくりだす。
 ソルガレオはピカチュウとともに、すぐさまそのなかへと飛びこんだ。