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ちこと
2020-07-15 00:15:17
2879文字
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poke小説・SS
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浮かぶ月
夜空に浮かぶ月を見てゲンガーを思い出すサトシのお話です。ほんのちょっとホラー風です。
夜空を雲が流れていく。すっかり陽の落ちた空よりも、雲のほうが黒く、暗く見えるのを、サトシは不思議な気持ちで眺めた。雲はいつも白いものだと思っていた。
ざわざわ、ざわざわ。すこし強めの風に流されるがままに、暗い雲が空を覆っては通りすぎてゆく。そのたびにちらちらと見え隠れするのは、今宵の月。
「今日は三日月なんだな」
ゴウが顔をあげて呟いた。空を見上げていたサトシの目線を辿ったらしい。「そうだな」とサトシも頷く。
リサーチからの帰り道だった。調査先でつい長居をしてしまって、いつもより帰る時間が遅くなった。道中のカフェで食事を済ませ、研究所にも連絡したから問題はないとはいえ、常ならばとっくに帰りついているような時間帯だ。
ほの暗い夜道を、サトシとピカチュウ、ゴウとラビフットでてくてくと歩く。クチバシティは都会ではあるが、昼間に比べれば人の活動は少なくなる。静けさが自然と街を覆っていた。研究所は街の中心部から外れたところにあるから、帰り道を進めば進むほど、夜の静寂が辺りを包んでいく。
そんな道中、ふと空を見上げてのことだった。満月の日に比べて細く光る月を、暗い雲が覆い隠しては流れてゆく。それをサトシは、足を止めて眺めた。
半分よりもすこし細く、カーブを描いて切り取られたような形。ゴウの言うとおり、「三日月」と呼ばれるその形が、いつもより目について離れない。
「あ、そっか」
「サトシ?」
「なんかちょっと、ゲンガーみたいだなって」
サトシが指さす先を追うように、ゴウも上を見る。
「月が?」
「うん。ほら、口のあたりがさ」
大きく横に開き、にたりと笑う。そんなかれの表情を思い起こさせるのだ。「げんげろげー」という笑い声まで聞こえてくる気がして、サトシはつい頬をゆるめる。
「確かに。ちょっと似てるかも」
スマホロトムをかざして、ゴウが一枚写真を撮る。
再び歩きだしたものの、サトシはやっぱり気になって、ちらちらと空を見ていた。肩口にいるピカチュウも、そのたびにサトシの目線を追っている。
「ぴーかちゅ?」
「うーん
……
」
ちょうど雲が流れてきて、月が見えなくなってしまった。あ、と思った矢先、ほんのすこし切れ間があって、また月がちらりと覗く。
「あれ?」
さっきと、何か違うような。
まばたきをして、また空に目を凝らした。
ざあ、とひときわ強い風が吹き、雲が流れる。
――
さっき、あんな向きだったっけ。
「サトシ? どうしたんだよ」
いつの間にか足を止めてしまい、ゴウたちとの距離が空いている。それに気づいたゴウが、サトシのほうへと戻ってくる。視界の端でそれを認めつつ、サトシは空から目が離せない。
サトシの思い描く「三日月」は、いつも少し傾いている。さっきゴウとともに見上げた月も、そのイメージと相違なかった。はずだった。
だけどいま、サトシの目に映る月は。
「なあ、ゴウ。月ってあんなに横向いてたっけ」
そのまま誰かがベンチにできそうなくらい、すっかり横に倒れている。
まるで、まるで
――
……
ぱちくり。
まばたきをして、次に目を開けた瞬間。
夜空にゲンガーの顔があった。
「え?」
月はそのままあの口に。にたりと笑った形そのものに。
そしてその上には、大きくつり上がった、真っ赤な瞳。はっきりと、夜空のなかにはりついている。
夜空まるごと、ゲンガーの体になったかのような。
いつのまにか、雲が流れを止めている。月は、ゲンガーの顔は、隠されることなくサトシの目に映りつづける。
みかづきの上、ゲンガーの瞳が、サトシをじっと見つめている。
目を離すことができなくて、サトシは一歩、前に出た。そうすれば、あの夜空に、ゲンガーに近づける気がした。
一歩。
ゲンガーの真っ赤な瞳が、サトシを呼んでいる。
「げんが!」
とたん、目の前に、ほんとうに目の前に、ゲンガーの顔が現れた。
「うわっ」
思わずまばたきをした。足も止まる。
夜空から目がそれて、きちんと真正面を見ると、すぐそこにゲンガーがいた。
「あれ
……
ゲンガー?」
「げんが」
頷く声、こちらを見る瞳は、間違いなく、サトシのゲンガーのそれだ。よくよく見ると、ゲンガーの足元は地面に消えている。サトシの影から顔を出しているのだ。
「びっくりした。おまえ、いつのまにいたんだ? 朝出かけるとき声かけたのに、出てこないからさ
……
」
サクラギパークにもいないから、研究所のどこかに姿を消し、気ままに過ごしているのかと思っていた。
「げん」
サトシの問いには答えず、ゲンガーは短い指をいっぽん立てた。サトシの背後を指す。
同時に、ピカチュウとゴウの声が聞こえてきた。
「ぴかちゅ!」
「サトシ! どうしたんだよ。ってあれ、ゲンガー?」
「えっ
……
あれ?」
ゲンガーの指につられるように振り返ると、ふたりとラビフットがこちらに向かって駆けてくるところだった。
さっきまで、ゴウはとなりにいたはずだ。どころか、ピカチュウはサトシの肩に乗っていたはずだったのに。
追いついてきたゴウが、ほっとしたように息をつく。
「急にどんどん歩いてくんだもんな
……
しかも森のほうに。ピカチュウまで置いてさ
……
」
「え、おれが?」
「そうだよ。いったいどうしたんだ?」
そんなことを言われても、サトシにはそんなつもりはまるでなかった。けれども実際にはゴウの言うとおり、いつのまにか道を外れ、森の入り口に立っている。
「ぴかっ」
ピカチュウがぴょんと地を蹴り、サトシの腕に飛びこんできた。いつものように抱きとめて、頭を撫でる。
「おれ、おまえを置いてっちゃったのか?」
「ぴーか」
「ごめんな。そんなつもりなかったんだけど
……
」
サトシとしては、急に夜空に現れた光景に驚いて、ほんの二、三歩進んだだけだった。
そういえば、と再度空を見上げてみる。
「あれ?」
三日月は三日月のまま、少しだけ傾いて、夜空に浮かんでいる。
研究所への道すがら、サトシはさっき見たものについて、なんとか説明しようと苦心した。
だがゴウは、そんな光景は見ていないという。月の向きも変わることなく、ようすが変わったのはサトシのほうだけだった。
サトシの肩口に再度落ち着いたピカチュウも、ゴウ同様にきょとんとした顔をしている。
「おっかしいなぁ。確かに見たと思ったんだけどな
……
」
横に並んで歩くゲンガーにも、もう一度聞いてみる。だがゲンガーも、「げんが」と首を横に振るだけだ。
「気のせいだったのかな
……
」
サトシの呟きを聞き流しながら、ゲンガーは背後の森へと目を向ける。
木々のつくる闇のむこう、赤いなにかがちらりと瞬いた。
「
……
げんが」
足を進めて、サトシの横にぴたりと寄りそう。短い手をそっと伸ばして、サトシの背に触れる。
もう一度、森を見る。赤い瞬きはどこかへと消えていた。
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