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ちこと
2020-05-06 21:59:11
4203文字
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poke小説・SS
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しびれごな
新無印序盤のメンバーでポケ+サトです。
「う、っ」
サトシは声を漏らした。咄嗟に動かそうとした手が、脚が、いうことを聞いてくれない。
びり、といういやな刺激が、全身をゆるゆると巡っていく。ぐっと詰まった息をゆっくりと吐きながら、背中を大樹の幹に預けた。
森のなか、日暮れは近い。スマホロトムは圏外で、ピカチュウともゴウともはぐれたきり。
それでもピカチュウなら、サトシの匂いをたどってここを見つけてくれるかもしれない。もとより動くことができないのでは、ほかに選択肢もない。この場におとなしくしているしかなかった。
「
……
おる」
ちいさな影がサトシの顔にかかる。こちらを覗きこむリオルの表情は、翳っていた。
「だいじょうぶだって。ちょっとしびれただけなんだから」
「
……
」
強張った表情はそのままに、リオルはきゅっと口もとを結び、立ち上がった。ぴしりとした姿勢で、前を向き、サトシの傍らに立つ。
そのまま動かないのを見て、サトシは頬をゆるめた。
「
……
ありがとな」
応える声はない。どんな気配も逃さないというような、リオルのまっすぐな背筋が返事だった。
***
クチバの森の探索に、今日はリオルが加わった。ゴウは森に棲むむしタイプ以外のポケモンもゲットしようと気合いをいれていたし、サトシはサトシでポケモンを探しつつ、仲間になったばかりのリオルの鍛練をしようと思っていた。
途中でゴウとラビフットと別れ、ピカチュウとリオルを連れて進んだ。ひらけた場所を見つけたので、互いに技を繰り出す特訓をしていたら、リオルの〝しんくうは〟が奥の草むらを掠め、そこからパラスの大群が飛び出した。
驚かせてしまったのだ、と気づいたときには、大量の胞子が放たれていた。吸わないようにとリオルを咄嗟に抱え、ピカチュウと一緒に駆け出した。そのはずだったのだが、胞子で視界が曇ったためか、リオルがサトシの腕から飛び出そうとするのに気をとられていたからか、いつの間にかピカチュウとはぐれていた。
サトシがそれに気づくのとほぼ同時に、しびれを切らしたリオルが腕のなかから飛び降りた。
「あ、リオル!」
あろうことか、リオルは逃げようとしていた逆方向に駆け出している。胞子が放たれたほうだ。
――
バトルがしたいんだ。
現れたたくさんのパラス。リオルは彼らを相手に、鍛えたあかしを試したいのだ。
その向上心は見上げたもので、サトシも力になりたいのは山々だが、いまは状況が悪い。おそらくパラスたちは驚いて我を忘れている。リオルが求めるようなバトルは成立しない。もう一度胞子を放たれる前に、今度こそリオルを連れて逃げなくては。
そんなことを考えていたサトシは、もっと状況が悪いことを悟った。リオルが駆けた先、パラスたちの群れの中心に、一際大きな個体があった。
パラセクト。このパラスたちの親玉だろう。大きく育った背中のキノコからは、より強力な胞子がばらまかれるはずだ。
リオルは真っ直ぐ駆けていく。相手が大きかろうと憶さないのだ。だけど、いまはあまりにも分が悪い。立派なパラセクトの周りには、パラスたちも控えている。直中に突っ込むのは危険だと、サトシの頭が咄嗟に警鐘をならした。
「リオル、ストップ!」
「!?」
びたり、と足を止め、リオルがサトシのほうを振り向く。サトシは地を蹴って駆けていた。リオルが止まってくれたから、互いの距離は一気に縮まる。
「リオル!」
手を伸ばして、胸のなかに抱きこむ。その瞬間に、パラスたちが、パラセクトが、キノコからありったけの胞子を放つのが見えた。
その場を離れ、パラセクトたちを振りきるまでは、サトシの足は動いていた。
しかし、そのうちに全身が強張りだす。足がもつれ、転びそうになる。大きな樹を見つけ、背を預けて根本に座りこんだ瞬間に、もう一歩も動けなくなった。リオルが胞子を吸わないようにと、彼の口もとに手のひらを当てていたのだが、自分の口もとのほうがお留守になっていたのだ。そのことにやっと気づく。
胞子を吸うだけ吸って、麻痺してしまった体がいうことを聞かない。
それでも不幸中の幸いか、毒の胞子ではなかった。痺れがとれさえすればまた動けるようになるだろう。
そうして手足を投げ出して、しばらくの時間が経ち、太陽が地平線の向こうに隠れてしまっても、サトシの体は麻痺したままだった。
***
ぐう、とどこからともなく間の抜けた音がした。静かな森にこだまする。手足が痺れていても、お腹のほうはかわらず働いているらしい。
「
……
リオル、お腹すかないか?」
口もとも痺れているから、いつものように滑らかには動かない。それでも声は出せるので、いまだ微動だにしないちいさな背中に投げかける。
「
……
おる」
小声で返事があって、次いで首が左右に振られた。
さっきの音は、サトシの腹だけでなく、前のほうからも聞こえていた気がしたのだが。相変わらず頑固な一面に、サトシはまなじりを下げながら微笑んだ。
「おれのリュックに、ちょっとだけど、クッキーが入ってたと思うんだ」
ぴくん、と両耳が立つのが見えた。それでもこちらを振り向かない。
「おれも、お腹すいちゃったからさ。食べるの、手伝ってほしいんだよ」
これも本音だ。食べたくとも、リュックからクッキーを出すことすらままならないのだ。
リオルが体ごとこちらを振り向いた。久しぶりに見るリオルの顔。先ほどは強張っていたが、いまは赤い瞳がきりりと輝いている。
「おる!」
任せろと言わんばかりの、上向いた声。こくりと頷いて、小走りにサトシのもとへと駆けてくる。やっと明るい顔を見られて、サトシはほっと息をついた。
だが、その顔が再び強張る。
「リオル?」
ぴたりと足を止め、リオルは赤い目をつり上げた。頭の両脇、黒い房がぶわりと広がる。何かを感じとろうとしている。
――
何かいるのか?
リオルが再び前に向き直った。前のめりに構える。
陽は落ち、暗闇の増した森のなか。木々と木々の合間をぬって、何かがこちらへと向かってくる。
その気配がサトシにも届いた。
――
同時に、肩の力が抜ける。
「だいじょうぶだ、リオル」
「おる?」
〝何か〟がリオルの横をすり抜けた。目の前の闇がふらりと揺らぐ。
一瞬ののち、足元に落ちたサトシの影が、むくりと動いた。
「きてくれたんだな」
真っ赤な瞳、にたりと三日月のように笑う口。
「げんが!」
影から現れたゲンガーは、サトシと目が合うと、ほっとしたように目元をゆるめた。
ゲンガーの両腕が、サトシを下から抱えあげる。
「ありがと、な」
「げん」
相変わらず動かない手足はだらりとしてしまって、おそらく抱えにくいだろう。だが、背丈は近くとも、ゲンガーの体はサトシを包み込めるくらいには大きい。両腕で抱えあげ、胸元、あるいは腹のあたりに抱きこんでくれた。
ゲンガーが現れると、周囲の気温が下がると言われる。そのせいか、ゲンガー自身の体温も低い。直に触るとひんやりとしているが、その体には不思議と弾力もあって、触れると心地よかった。
次いでゲンガーは、リオルに声をかける。リオルは最初ためらったものの、促されるまま、ゲンガーの頭の上によじ登った。
ふわり、とゲンガーの足が宙に浮く。森の木々を追いこして、あっという間に上へと出た。急にひらけた視界に、夜の星空が映る。
「おれたちのこと、さがしに、きてくれたのか」
麻痺がまわっているせいか、先ほどよりも口が思うように動かない。たどたどしくなったサトシの声を聞いて、ゲンガーが目をこちらに向けた。いつもは三日月に笑っている口角が、反対の向きにへにょりと下がっている。
「しんぱいかけて、ごめんな」
「
……
げん」
目を閉じて、首を横に振る。という動作をしようとしているように見えるのだが、ゲンガーは顔も胴体も一体なので、体ぜんたいがふるふると揺れている。上に乗っているリオルが、慌ててゲンガーの体を掴みなおすのが見えた。それがおかしくて、サトシは笑む。
「リオルも、ありがとな」
「
……
おる」
リオルのほうは俯いて、顔が影にかくれてしまった。パラスたちとのバトルもできなかったし、そのあともこうして助けてもらうのを待つばかりだったから、燻る気持ちが胸元にあるのだろう。それでも、動けないサトシを守るように、前に立ってじっと見張ってくれていた。その気持ちだけでも十分に嬉しい。きちんと体が動くようになったら、ちゃんとそのことをリオルに伝えたいと思った。
リオルは、これからどんどん強くなっていくのだから。
「
……
あ」
ふと、声が耳に届く。夜の向こうに、オレンジの大きな体が見えた。つぶらな瞳をいだく頭の上には、長い耳をぴくんと立てて、はぐれたきりだった相棒の姿もある。そのふたりぶんの声が、サトシたちを呼んでいた。
サトシは、自分の頬がほころぶのをおさえきれなかった。夜の森の上、星空の下に、仲間たちが揃う。
体が動かないことが、今日いちばんもどかしく感じた瞬間だった。
今すぐみんなに抱きつきたくて、うずうずしているのに。
***
あとからゴウに聞いた話で、ピカチュウは胞子をもろに吸うことはなかったものの、鼻のあたりが痺れてしまい、サトシの匂いを追えなかったらしい。
ちいさな黒い鼻、そこばかりがぴりぴりとしてしまっていたのなら、きっともどかしかっただろう。それでもカイリューを連れて、サトシを探しにきてくれた。
「ピカチュウも、カイリューも、ありがとな」
「ばうっ」
「ぴーかちゅ」
笑って頷くふたつの顔は、どちらもサトシのすぐそばにある。今夜はカイリューの腕のなかに包まれて、ベッドにぎゅうぎゅうと詰まっていた。狭くないのかと聞いたのだが、カイリューは気にしていないようだ。
リオルはベッドにこそ入らないものの、すぐ横に腰を下ろして目を閉じている。ゲンガーは姿こそ見せていないが、そのあたりにふよふよと浮かんでいるだろう。
――
明日になったら、みんなにうんとお礼しなきゃ。
だんだんと眠気に埋もれていくなかで、サトシはひとり頷くのだった。
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