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ちこと
2019-01-11 01:05:46
3508文字
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poke小説・SS
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ふたり出会ったときのこと
2018年のともだち記念日に書きました。サト+ピカです。SMですがキミきめ映画の影響が強いです。
窓のむこうが白く光り、腹の底まで響くような重低音が次いで轟いた。
「うわっ、びっくりした」
光と音の正体を確認しようと、サトシは窓を覗く。すぐに、水滴がガラスを叩きはじめた。
「サトシ、雨か?」
「うん、降りはじめてる
……
さっきのは雷みたい」
灰色を通りこした曇天に覆われ、黄昏時の空が真っ暗に染まる。遠慮の無い雨音が、家のまわりに散らばっていく。
外が暗くなったことで、窓ガラスが鏡のようにサトシ自身を映した。すぐ後ろにククイが立ち、サトシと同じように窓の外を窺う。
「こりゃ本格的だな」
「今日、晴れるって天気予報で言ってなかったっけ」
「荒れる予報は無かったはずだが
……
まぁ、アローラの空はたまに気まぐれだからな」
そういえば、とサトシは思い出す。以前に何日か長雨が続いたことはあったが、天気予報による事前予告はまったくなかった。
メレメレ島に、雨は滅多に降らない。すくなくともサトシが来てから、ひどい雨に見舞われることは数えるほどしかなかった。今日はその、数すくない空模様の日らしい。
「バーネット博士はだいじょうぶかな」
「出張先はエーテルパラダイスだから、問題はないだろう。あそこはほとんど屋内だし、かえってよかったのかもな」
「そっか」
サトシはまた、窓の外を窺った。ときおり空のむこうがぴかりと光り、雨は絶えず降りつづけている。が、体をちぢこませるほどの迫力はなかった。
「嵐というほどでもないし、そのうちやむさ。出かけるのはちょっとがまんだけどな」
「今日は浜辺で特訓したかったのになぁ」
「しょうがないさ。たまにはこんな日もある」
言ってククイはキッチンへと戻っていった。ピーと音を立ててケトルが呼んでいる。
ククイがコンロのスイッチを切ったのだろう、ケトルの音がやんだ。
すいと静かになったリビングで、サトシは窓のむこうを見つめる。
外出をあきらめたルガルガンやニャビーは、カーペットに居場所をつくりまるくなっていた。
モクローは、いつものようにロフトに置かれたリュックのなかで眠っているだろう。
そして、黄色い毛並みがサトシの頬に触れた。
左肩に重みを感じ、サトシはすこしだけそちらに首を動かす。
「ぴーか?」
なにかを聞きたそうに語尾を上げて、相棒がサトシにまるい瞳を向けた。
「
……
うん」
サトシはまた、目の前の窓ガラスを見る。
ピカチュウを肩に乗せている自身と目が合い、その向こうに雨の夕方が透けて見えた。
こういう空模様を見ると、自然と思い出してしまうことがある。
けして激しくはなく、けれど遠慮無く、雨が空から降りつづけ、やがて地面にぬかるみをつくるような夕方。
脳裏に最初に芽ばえる景色は、いつもかならずひとつだった。
きっと肩の上の相棒も、おなじことを考えているだろう。そう思ってサトシは、窓ガラスに映るピカチュウと目を合わせて笑った。
「なぁピカチュウ、あのときもこんな天気だったよな?」
言いながら、なつかしさに自然と頬がほころぶ。すこし照れくささも手伝って、サトシの目もとがふやけた。
きっと肩の上の相棒も、すこし遅れてそっくりな顔をするだろう
……
と思っていたサトシは、
「
……
ぴか?」
とぴんときていない相棒の顔に、「あれ?」と間の抜けた声を漏らした。
白い湯気の立つマグカップふたつを手に持ち、ククイはリビングに戻った。
片方はサトシにとホットココアを淹れてやったのだが、本人は甘いココアの匂いに気づくことなく、相棒とにらめっこをするかのように向かい合っている。
さっきまでは窓の外を見ていたはずだが、いまはソファに座り、両手で相棒を持ちあげて、まっすぐに目を合わせていた。
「なぁ、おぼえてないのか? ピカチュウ。あの日もこんな天気だったじゃん」
「ぴーかちゅ」
お互いに、お互いの主張を納得していない。そんな顔で向きあっている。
思わずククイは声をかけた。
「おいおい、喧嘩か? お前たちが珍しいな」
「あ、いや、そういうんじゃないんだけど」
慌てたように訂正し、しかしサトシは続ける。
「あの日もこんな雨の日だったのに、ピカチュウはそうじゃないって言うんだ。おれ、忘れるわけないのに」
どうしてだよ、と、瞳がピカチュウへと訴えかけていた。
「あの日、って?」
ククイが見つめるサトシの瞳に、ピカチュウの黄色が混ざっている。
サトシははっきりと言った。
「おれとピカチュウが初めて会った日」
徐々に暗くなっていく空。ぬかるんだ足もと。やむことのない雨。
忘れようにも忘れられない、苦さも入りまじった記憶。
ふたりで通った道のはずなのに、どうして、ピカチュウは頷かないのだろう。
「
……
それは」
言葉が浮かばず、ククイは口を閉じた。
サトシとピカチュウの出会いは聞いている。サトシたちがこの家に来て間もない頃、ほかでもないサトシとピカチュウのふたりが語ってくれたことだ。
思い出話のクライマックスには、たしかに雨の景色が登場した。
ピカチュウも、きちんと覚えているはずだ。それなのにサトシの言葉に頷かないのは、なぜなのだろうか。
ほんの一瞬、沈黙が落ちる。
窓の向こうの音は、いつのまにか消えていた。
「ぴか!」
長い耳が、ふいにぴこりと跳ねる。
ピカチュウが、サトシの背中の向こうを指さした。
「え?」
ちいさな指につられるように、サトシが後ろを向く。ククイも自然とその視線を追った。
背後にあった窓ガラスの向こうで、雨がやんでいた。
「
……
あ」
サトシが、しずかに声を漏らす。
つづいてそのくちびるは、ふた文字を形づくった。
ピカチュウのちいさな指がさした先。
雨のあがった空が、目の覚めるような橙色に姿を変えていた。
ルガルガンの体毛よりもさらに赤に近く、眩しいくらいの色に染まっている。空を映した地面の水たまりも、雨にぬれた木々の枝葉もすべて。
それを目にした瞬間、サトシの脳裏に、おなじ色をした光景が閃いた。
「
……
あ」
眩しいほどに晴れあがった夕焼け空をふたりで見上げて、その先にあったもの。
閃いたあの日の光景とおなじものが、窓の向こうのアローラの空にも輝いていた。
「
――
虹だ」
あの日、もう晴れることはないかとすら感じた曇天は、次に目を開けたときには、眩しいほどの橙色に染まっていた。
ふたりで目をあわせて頷いたあと、ふたりで見上げた空に、今日の空とおなじ七色の橋が架かっていた。
サトシが漏らしたふた文字に応えるように、両手で抱えあげられたままの相棒が、
「ぴっかちゅう!」
と満足げに鳴く。
ゆっくりと、サトシは自分の正面に視線を戻した。
ピカチュウの瞳が、サトシと空の色の両方を映してきらめいている。
――
そうだよ、これだよ。
ピカチュウがそう頷いた気がした。
「
……
そっか」
サトシの胸に、とびきりあたたかいものがぶわりとひろがった。
「サトシ?」
ふいに静かになった居候に、ククイはそっと声をかけた。
ひと呼吸を置いて、サトシが口をひらく。
「そうだ、そうだったんだよ」
自分自身に言いきかせるかのように、サトシは続ける。
「博士。おれはさ、旅立ちの日っていったら、雨が降ってたなって最初に考えたんだ。でもピカチュウはそうじゃなかったんだよ」
ことばはククイにも向けながら、目線はピカチュウを向いて。
「ピカチュウは、ちゃんとわかってたんだ。あの日は雨だけじゃなかったって。なぁ、ピカチュウ」
相棒をまっすぐに見つめて、泣きだしそうなくらいに目もとをゆるめて、サトシは微笑んだ。
「おまえにとってのあの日は、いまみたいに晴れて虹が出た、こういう、こういう日なんだな?」
瞳をきらめかせて、「ぴっか!」と応える。ピカチュウの肯定だと、ククイにもわかる。
抱えあげた相棒を、サトシは胸に抱きこんだ。
ぎゅう、と傍目にもわかるくらいに、つよく抱きしめる。
サトシの胸の中で、「ちゃあ」と漏れたピカチュウの声は、いまのサトシの顔にも負けないくらいに幸せそうな音をしていた。
――
なるほどな。
やっと、ククイにも合点がいく。
曇天の空にやまない雨も、記憶違いではない。
結局は、どの瞬間こそが脳裏に刻まれているのかということだ。
ピカチュウが最初に思い出す、サトシとの初めての思い出の日は、あたたかさと奇跡に満ちた空だった。
ただ、それだけのことだった。
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