ちこと
2019-01-11 01:02:54
5908文字
Public poke小説・SS
 

自然ときみとあなたの間で

SMイワンコ進化回のその後妄想。サトシと博士とルガルガンのお話。

 いのちの遺跡を緑に染めあげた光は、まるでそれが幻であったかのように、露と消えてしまった。
 アローラの海の向こうに沈んだ太陽の残り香が、サトシの頬や、ルガルガンの夕焼け色の毛並みをわずかに照らしている。
 奇跡のようなグリーンフラッシュと、奇跡のような進化の余韻に浸るようにして、かれらはしばし、黄昏の空を眺めていた。
……さぁ、そろそろ帰るぞ。みんな心配しているだろうし」
 ここちよい空気に水を差す罪悪感をわずかに感じながら、ククイはそっと声をかけた。今日は結局、一日中イワンコを探しっぱなしだったのだ。
 それに、もうまもなく夜が訪れる。暗くなる前に、ポケモンセンターに帰り着いたほうがいい。
 サトシも承知はしていたようで、ククイの方に振り向き、「うん」と素直に頷いた。
 夕日の名残が、かれの頬をオレンジに照らし、またそこへ影を落とす。
 行こうぜ、みんな――……と、一歩踏み出したところで、サトシの膝が折れた。
「うわっ」
「サトシ!」
 とっさにククイが手を伸ばすと、その両腕に体重をかけるようにして、サトシがへたりこむ。
「へへ……、ちょっと疲れたみたい」
「当たり前だ。早く戻って、今日はゆっくり休め」
 ひと呼吸を置いてから、だめ押しのように、ククイは付け加える。
「間違っても、夜中に出ていったりするんじゃないぞ」
「うん……ごめんなさい」
 サトシは眉をハの字にして、困ったように笑った。ほんのすこし強まったククイの語気に、かれも気づかないわけではないらしい。
「ぴーかーちゅ?」
「にゃう……
 ピカチュウとニャビー、手持ちの中でも聡い2体は、顔色があまり優れないように見えるパートナーを案じているようだった。サトシの足もとにすり寄り、そっと顔を見上げる。
「大丈夫だよ」
「ぴーか?」
「ほんとに。ちょっと疲れただけだって」
「んにゃあ」
 そんなかれらのやりとりを、ルガルガンはすこし不思議そうに眺めていた。
 そうか、とククイは思い至る。ルガルガンは、今日サトシに起きていたことを、まだ知らないのだ。
 どうすべきか、ククイはやや逡巡した。教えてやることはかんたんだ。だが、心優しいかれのことだ。モクローを攻撃してしまった大試練のときのように、ひどく気に病んでしまうかもしれない。
 ふと、ライチと目が合った。つい先ほどまで人目もはばからず号泣していた彼女も、いまは落ち着きを取りもどし、サトシたちを案じているようだった。ククイの悩みを察したように、そっと肩をすくめ苦笑する。
 すこしの間考えて、まずはポケモンセンターに帰ろう、と結論を出した。今日のできごとをゆっくりと語らうのは、しっかり休んだあとでいい。
「疲れてるなら、ちゃんと休まないとな。サトシ、立てそうか?」
 サトシはまだククイの腕のなかにいる。「だいじょうぶ」と頷きはしたものの、立ちあがろうとする体は重たそうだった。
「無理するな。おぶってってやるから」
「え、いいよ博士、だいじょうぶだよ」
「と言って、大丈夫じゃあないだろ。こんなときに“からげんき”はするもんじゃない」
 ほら、となかば強引に背中を突き出せば、意外と頑固な居候も観念したらしい。ククイの背中に被さるように体重を乗せてきたので、両手でしっかりと支え、立ちあがる。
「ありがと、はかせ……
「いいから、ポケモンセンターに着くまで寝てろ。な」
「うん……
 ククイに応じようとする声はみるみる小さくぼやけ、やがて静かになった。背中にかかる重さが、先ほどよりも増す。
「さ、行くぞ。あっというまに夜になる」
「がる……?」
「ああ、ルガルガン、サトシはちょっと疲れたみたいだな。お前もそうだろう。ポケモンセンターに戻ったら、みんなでゆっくり休もうな」
 ククイがそう言って歩き出せば、やや遅れて、ルガルガンもついてきた。ピカチュウとニャビーは、ククイの足もとにぴったりとくっついている。
 ルガルガンの背に乗ったまま、モクローも心配そうに「くるぅ」と首をかしげた。

 ポケモンセンターで出迎えてくれた教え子たちにかるく事情を話してから、ククイはサトシを背負ったまま、課外授業中の自室へと向かった。
 今日の夕食の支度は、ライチが音頭をとってくれるそうだ。生徒たちも心得たように、「サトシが起きたら、また話きかせてね」とククイを送り出してくれた。
 引率の立場であるククイとライチは、子どもたちとは別に、それぞれ一人部屋をとっている。昨日まで寝床にしていた備え付けのベッドに、ククイはサトシをそっと寝かせた。
 ぴくりともせず眠り続ける体に、申し訳程度の毛布をかけてやる。起きる気配は微塵もない。
 ピカチュウとニャビー、モクローは、それぞれ静かにサトシのまわりへと向かい、定位置を決めた。腰を落ち着け、まるくなる。
 かれらに続いて部屋に入ってきたルガルガンが、そっとサトシの顔のにおいを嗅いだ。いつもと様子が違うことを気にしているようだった。
 サトシの枕もとに足をぽん、と上げてから、なにかに気づいたように、ひょこっと床に降ろした。
 体が大きくなったかれは、もうサトシと同じベッドでまるくなることはできない。
 ルガルガンがそのまま床にちょこんと座ったのを見てから、ベッドのそばの椅子に腰かけ、ククイは口をひらいた。
「ルガルガン」
 黄昏の太陽の瞳が、ククイの方を見る。
「覚えているか? 進化するすこし前、お前は傷だらけだったんだ」
 ルガルガンの瞳が、なにかを思い出すかのように広がった。


   *


 ルガルガン――――まだイワンコだったかれが夜に部屋を抜けだしてから、サトシたちが見つけるまでのことを、ククイはゆっくりと話していく。
 ルガルガンは、ククイの話を聞きながら、昨夜までの自分の心のことを思い出していた。
 体を動かさずには、バトルせずにはいられなかったこと。
 気性が荒々しく、周りに対して攻撃的になっていたこと。
 そんな自分を止められず、がむしゃらになっていたこと。
 だから余計に自分を責めてしまって、みんなのそばにいられなくなってしまったこと。
 モクローたちと同じ空間で、寝ていられなかったこと。
 あのときからしてみれば、いまは随分と落ち着いている。体が変化し、大きくなったのとともに、心もなにか変化したようだった。
 そんなルガルガンの目を見て、ククイは頷く。いま考えていたことがわかったのだろうか。
「イワンコ――――これはおまえだけじゃなく、おなじイワンコの仲間たちっていうのは、みんなそうなんだ。進化前になると、ひとりで動きたくなるものなんだよ」
 大きな手が、ルガルガンのひたいを撫でた。昨日までよりもすこし小さい気がする。ルガルガンが大きくなったからだ。それでもやっぱり、このひとの手は、大きな手だと感じる。
「だから昨日のおまえがやっていたことは、ごくごく自然なことなんだ。あんまり気にするなよ」
 ルガルガンを撫でる手も、声も優しい。優しい声が、今度はすこし笑った。
「まぁ、進化の前にカプ・テテフと会ったっていうのは、そうそうあることじゃないけどな」
「がる……
 カプ・テテフ。きいたことがある。この島の守り神。
「カプ・テテフ、わかるか? おまえの周りを飛んでいた、あのピンクのポケモンだよ」
 そう言われれば、ルガルガンにもわかる。あのとき、突然バトルを仕掛けてきたポケモンだ。とても強くて、あっという間にぼろぼろにされてしまった。
 探しにきたサトシたちも振り切って、イワンコはあのあと、ひとりでずっと歩いていたのだ。けれど川に落ちてしまって、それからの記憶がない。
「俺たちには、何があったのかはっきりしたことはわからないが……とにかく、おまえをやっと見つけたと思ったら、おまえは倒れていて、すぐ近くにルガルガンたちと、カプ・テテフがいた」
 そうだ、イワンコが目覚めたときにも、あのピンクのポケモンと、兄のように慕うルガルガンたちがいた。
 イワンコの体は、なにか温かい光で包まれていた。
「おまえの傷は、カプ・テテフが治してくれた」
 ルガルガンの体をやさしく撫でて、怪我がないのを確かめるかのように、ククイは話す。
「だけど、カプ・テテフの力だけでは足りなかったみたいでな。だからカプ・テテフは、おまえを守ろうとする者たちから、力を借りたんだろう」
「る?」
 力を?
 首をかしげたルガルガンに、すこしだけ躊躇うように見せてから、ククイは言った。
「おまえを治した力は、カプ・テテフが、ルガルガンたちとサトシから吸い取った力なんだ」
 ルガルガンの脳裏に、サトシの顔がぱっと浮かんだ。
――――!」
 やっと目を覚ましたとき、イワンコはサトシの腕のなかにいた。
 サトシはなぜか眠っていたから、イワンコが頬を撫でたら、かれも目を覚ましたのだ。
 あのときの、目を閉じていたサトシの顔と、いまのサトシの顔はよく似ている。
 ベッドで眠るサトシを、ルガルガンは目をひらいて見つめた。
「ぐる……
 ククイに背負われたかれがあっという間に眠ってしまった理由を、ルガルガンはとうとう察した。
……なぁ、ルガルガン」
 ルガルガンのかたわらで、ククイはしゃがみこんだ。目線が同じになる。
「さっきも言ったように、進化のときにひとりになろうとするのは、おまえたちにとっては当たり前のことだ。なにか、ものすごくしちゃいけないってことをしたわけじゃない」
 ククイはゆっくりと語りかけてきた。ポケモンスクールで、なにか大切そうな話をするとき、かれはサトシたちにこんな声で話す。イワンコだったころ、何度か耳にした声だ。
「もちろん、心配はしたぞ。サトシも、俺も」
 しゃがんだまま、ククイがまた、ルガルガンを撫でた。イワンコだったころから変わらず撫でてくれる手だ。
「だけど、おまえはポケモンだから。人間から離れて、自然のなかで進化するのは、なにもおかしなことじゃないんだ」
 その言葉に、ルガルガンはまた思い出す。
 みんなのところに戻ろうとせず、アーカラの森や岩山のなかを、ひたすらに歩いたことを。
 ただがむしゃらに、まるでなにかに呼ばれるかのように、歩き、吠え立てた。
 あれが、自然のなかで進化するということ。
 自然に導かれるようにして、進化したこと。
 自分のなかに湧き、ふくらみ、溢れかえるようなあの激情の正体を、ルガルガンはやっと見つけた気がした。
 ふいに、ククイのほうに目を向ける。すると、こちらを見つめる優しい瞳と目が合った。
 ククイの目の中に、ルガルガンの、緑色の瞳が映る。
……おおきくなったなぁ」
 たまらず漏れ出たかのように、ククイは呟き、微笑んだ。
 まるで祝福するかのように、慈しむように、大きな両手で、ルガルガンの頭をぐしゃぐしゃに撫でる。
 ふさふさと生えた毛がからまったが、ルガルガンはなにも気にならなかった。ただ、ククイの手が嬉しかった。
「がるぅ」
 嬉しくてちいさく鳴くと、ククイは手を止めて、また口をひらいた。
……サトシも、きっと俺と同じように思ってるさ」
 そうして、ベッドの方を見た。
 ルガルガンはゆっくりと立ちあがり、ベットのそばへと寄る。
 ちいさく息を立てながら、サトシは眠っている。
 その頬を、ルガルガンはそっと舐めた。なんだか、サトシがちいさくなったように見えた。
「ん……
「!」
 起こさないようにしたつもりだった。が、サトシのまぶたがわずかに震える。
 そうして、かれのとろんとした瞳が、ゆっくりとルガルガンを映した。
「あ……ルガルガン」
 ふにゃりと口を開いて、サトシは笑った。
「よかったなぁ……かっこいいぜ……
 たまらないというように、くしゃくしゃに笑う。
 その顔が先ほどのククイにそっくりに見えて、ルガルガンはまた驚いた。
 思わずククイを見ると、ククイは満足そうに頷く。
……サトシ、具合はどうだ」
「まだ、ねむいけど……でもへいき……
 ふにゃふにゃとした声だけでも眠気が伝わってくる。
 それでもサトシは、手を伸ばし、ルガルガンの頭をふわりと撫でた。
「ルガルガン、元気になって、よかったなぁ……
 微笑んで、それから眠気に勝てなくなったのか、サトシはまた眠ってしまった。
 すやすやと、先ほどよりも規則正しい寝息が聞こえはじめる。
 ルガルガンは、その寝顔を見つめずにはいられなかった。
 ――――元気になって、よかったなぁ。
 サトシの声が、ルガルガンの心に染みいって、ひろがっていく。
 知らず胸にかかえていたしこりが解けていく気がした。
 もう一度、ルガルガンはククイを見た。やっぱり微笑んでいる。
「サトシも喜んで当然だな。おまえが元気になったうえに、進化するところを目の前で見られたんだ」
 進化するところ。イワンコは夢中で、あのときのまわりの記憶があまりない。
 だけどたしかに、進化してすぐにサトシが飛びついてきてくれた。
「さっきも言ったように、進化するときにひとりになるのは、おまえたちにとってあたりまえのことだ。だから、おまえたちの進化を見られるトレーナーは、そんなに多くない」
 それが、進化の瞬間をはっきり目にすることができた。それも、奇跡のような太陽とともに、初めて見るすがたになった。
「おまえは、自然にも、おれたち人間にも、両方に祝福されて、進化したんだ」
 だから、それを忘れないでいてくれよ。
 結びのように、ククイはにっかりと笑った。

 自然にも人間にも祝福されて、進化した。
 ルガルガンにとってすこし難しいその言葉は、だけどたしかに、かれの胸を打った。

 黄昏の色に変わった毛並みと、大きくなった体躯と、緑に輝く瞳。
 まだ変化に慣れないこのすがたを、喜んでくれるひとがいる。
 もちろんルガルガンも、こうして成長できたことは嬉しい。
 成長に伴って覚えた、苦い思い出や感情もあるけれど。

 だけど、嬉しいと思うのは、ルガルガンだけではないのだ。
 ずっといっしょにいたククイも、イワンコのパートナーになったサトシも。
 喜んで、笑ってくれるのだ。
 それは、ピカチュウも、ニャビーも、モクローも。

 そのことに気づいた瞬間、ルガルガンはきっと初めて心から、進化したことを嬉しく思った。