ちこと
2019-01-11 01:00:10
4435文字
Public poke小説・SS
 

チャーハン

SM中盤ごろに書いたクク+サトです。ほのぼの疑似親子。

 今日のお昼はチャーハンだ。

 じゅうっ、と香ばしい音がして、サトシは思わずそちらを向いた。
 冷蔵庫から出しておいてくれ、と言われた付け合わせのサラダを取り分ける手が止まる。
 視線の先では、ククイが大きなフライパンを片手で扱い、具とご飯を炒めているところだった。
「おおー、博士かっこいい!」
「おっ、そうかぁ?」
 サトシの歓声にかるく応じつつ、ククイはフライパンから視線を逸らさない。
 右手で木べらをあやつり、左手でフライパンの取っ手を持つ。
 左手一方でフライパンを軽く揺すり、勢いを付けて、フライパンの上で躍る白米を煽った。
 じゃっ、じゃっ、と気持ちのいい音が続く。
「すっげぇ! 博士かっこいい、プロみたい!」
 テレビで見る中華の料理人みたいだ。サトシは思わず弾んだ声をあげる。
「ははっ。さすがにプロとまではいかないが、ちょっとは練習したんだぜ」
 まんざらでもなさそうに、ククイは振り返って笑う。
「サトシ、そこの胡椒とってくれるか?」
「あっ、うん」
 調味料がまとめて置いてあるスペースから、見慣れた黒いキャップのビンを取ると、サトシはククイへと近づく。
 ありがとな、と、コンロの火を止め胡椒を受けとるククイに、サトシは逸る気持ちを抑えきれず、言った。
「おれもやりたい!」
「え」
「やってみたい! 博士、いい?」
 サトシの勢いに押されてか、ククイはくすっと笑うと、取っ手と木べらをサトシに渡した。
「じゃあ、ちょっと“てだすけ”してもらうか。火傷には気をつけろよ?」
「うん!」
 手渡された調理器具は、サトシが予想していたよりもずしりと重い。
 落とさないようにと気をつけて、きちんとコンロに乗せてから、再び火をつける。
「あとは味付けだけだから、そんなに強くなくていいぞ。俺が調味料を入れたら、そいつで混ぜてやってくれ」
「わかった」
 サトシの後ろからククイの手が伸び、フライパンに調味料を入れていく。
 たどたどしい手で木べらを動かしながら、サトシは味のついた具とご飯をなるべく均等になるよう混ぜていった。
 見慣れない相棒の様子を、足もとでピカチュウが不思議そうに覗きこんだ。
「よし、こんなもんか」
 再びサトシの後ろから手を伸ばし、ククイはできあがりつつあるチャーハンをレンゲで掬うと、ふうふうと吹いて冷ました。
 それを指でつまみ、ひとくち味見する。
 もうひとつまみすると、「どうだ、サトシ」とサトシの口もとへもチャーハンの一部を運ぶ。
 サトシはそのまま口を開け、放りこまれたチャーハンを咀嚼した。おいしい。
「うん、おいしいよ博士」
「じゃあこれでオッケーだな。もうちょっとだけ混ぜておいてくれ」
 そう言うと、ククイは調味料を片づけるためか、サトシの後ろを離れた。
 白衣の背中をなんとなく見やり、サトシは先ほどの光景を思い出す。大きなフライパンを片手でかろやかにあやつり、具を躍らせて、コンロの上でおいしそうな音を奏でるククイの背中。
 ――――あんなふうにやれたら、かっこいいだろうなぁ。
 そんな気持ちが、サトシの胸をくすぐった。

 サトシのもとを離れ、胡椒もろもろを戻しに行った調味料置き場は、しばらくきちんと整理をしていないところだった。
 気づいてしまうと、つい片づける手が止まらなくなる。普段からきれいにしておけばすむ話ではあるのだが、つい雑な戻しかたをしてしまうのだから仕方ない。
 そうやって、しばし片づけに没頭していたククイの耳に、
「あっちい!」
 突然、サトシの悲鳴が届いた。
 ほとんど同時に、がたん、となにか重いものを取り落としたような音が鳴る。
「どうした、サトシ!?」
 手に持っていたものをすべて放り出し、ククイはサトシのもとへと慌てて戻った。
「なんだロト、どうしたロト?」
「わうっ?」
「んにゃあ」
 にわかに騒がしくなったキッチンへ、リビングでくつろいでいたロトムやルガルガン、ニャビーたちも集まってくる。
 昼寝から起きたところらしいモクローだけ、ちょっと遅れてやってきた。
 サトシは、コンロの前で尻もちをついていた。
 フライパンは、コンロの上にきちんと乗っかっている。だが、その中にあったチャーハンの一部は、外に放り出てサトシの腕にかかっていた。
「サトシ!」
「あ……ごめんなさい博士、ひっくり返しちゃって……
「いいから、腕! 見せてみろ!」
 なかば強引に、サトシの左手首をつかんで引き寄せる。はずみでチャーハンがぱらぱらと床に落ちた。
 サトシの左腕は、ところどころが赤くなっている。
「来い!」
「あ、ちょっ」
 サトシの腕を無理やり引っぱって立たせると、そのまま流し台に突き出し、雑に蛇口を捻った。
 勢いよく出た流水で、サトシの腕を冷やす。
「あ……あの、博士」
「冷たいだろうが、しばらくこうしてるんだ。火傷は最初が肝心なんだぞ」
 言いながら、ククイはサトシの腕から目を離さずにいた。家にある薬で事足りるだろうか。跡が残るようなら、一度医者に診せなければ。
 ククイはそんなことばかりを考えていたのだが、なかなか目を合わせないことに不安を感じたのか、サトシはおずおずと、気まずそうに声を出した。
「あの……博士、ごめんなさい」
「ん?」
「チャーハン、ひっくり返しちゃって」
 サトシは、こぼれたチャーハンの心配ばかりしているようだ。
「ああ、気にするな。こぼれたのはちょっとだけだし。それより……
 蛇口を閉め、清潔なタオルでサトシの腕を拭く。
「おまえの手当てのほうが先だ。腹減ってるだろうが、もうちょっとがまんしろよ」

 リビングへと場所を移し、サトシはククイの手で、ソファーへと座らされた。
 ククイが救急箱を取りに行っているあいだに、サトシのまわりをポケモンたちが取り囲む。
「ぴーかーちゅ?」
「くるぅ」
「大丈夫、ちょっとヒリヒリするだけだし」
 なんともない右手で、サトシはかわるがわる、ポケモンたちの頭を撫でてやる。
 その前にククイが座り、救急箱の蓋を開け、何も言わずにサトシの左腕を取った。
 ククイは、じいっ……とサトシの腕を診ている。サトシはすこしそわそわと落ち着かない。
 やがて、
「このくらいなら……薬を塗っておけば大丈夫そうだな」
 そう、ククイがほっと息をついて言った。
 そのあとのククイは、実に手早かった。
 火傷に効くというパッケージの薬を、サトシの左腕にたっぷり塗りつける。患部をガーゼで覆い、上から包帯をくるくると巻いていく。
 そのあいだ、ククイはずっと無言だった。
 だからサトシは、やっぱり、おずおずと口を開かずにはいられない。さっきはああ言ってたけど、やっぱり、博士は怒ってるんだ。
「は、博士」
「なんだ」
「ごめんなさい」
 よどみなく動いていた、ククイの手が止まった。
 顔が上がる。サングラス越しに、ククイの目がサトシと合う。
「チャーハン、だめにしちゃって……
「おいおい……気にするな、って言っただろ? 全部がだめになったわけでもないし、俺は気にしてないよ」
「でも」
 言いよどむサトシの表情を見て、ククイはなにか察したらしい。
 途中で止まっていた手を再び動かし、手早くサトシの包帯を巻き終えると、空いた手をサトシの頭上へと持っていった。
「俺が怒ってるのはな」
 ククイの腕がつくる影が、サトシの頭に落ちる。
 ぽん、と、ククイの大きな手が、サトシの頭を撫でた。
「火傷に気をつけろって言ったのに、ってところだよ」
 弾みで閉じた目を、サトシはぱっと開ける。
 すると、真剣なククイの顔と目が合った。
……はかせ」
 次の瞬間、ククイはくしゃりと破顔した。
「まぁ、大した傷にならなくて良かったよ。だけど、次からはもっと気をつけるんだぞ。キッチンでだって、大火傷になることもあるんだ」
 微笑みながらそう話すククイの声は、しかしやはり、芯を持っていた。
 やっと、サトシも思いいたる。
 言葉少なで、サトシの顔を見なかったククイは、サトシがチャーハンのことばかり考えているあいだ、ずっとサトシの火傷のことを心配していたのだ。
 ならばサトシも、もう一度謝らなければならない。謝るべきところを間違えていたのだから。
「博士……心配かけて、ごめんなさい」
「おう、本当にな。あんまりヒヤヒヤさせないでくれよ」
 言葉とは裏腹ににかりと笑うと、ククイは救急箱を持って立ちあがった。片づけに行くのだろう。
 そのさなか、ククイは重ねてサトシに聞いてきた。
「しっかし、一体どうしてひっくり返したんだ? けっこううまく扱ってたみたいだったのに」
 う、とサトシは一瞬だけ言葉に詰まる。
 それを聞かれると、すこし恥ずかしい。だけど、心配をかけた手前、言わないわけにもいかない。
 ピカチュウを右手で撫でながら、言った。
「あの……博士のまね、したくって」
「俺の?」
「あの、チャーハンじゃっじゃってするやつ」
 一拍、間が置かれる。
 次の瞬間、ククイは笑いだした。
「なんだよ博士、笑わないでよ!」
「ははっ、すまんすまん。そうかぁ、あれを真似したかったのか」
 くつくつと笑いをこらえきれないまま、ククイはサトシのところへと戻ってきた。ソファーに並んで腰かける。
 サトシの頭に、また、ぽん、と大きな手が置かれる。
「俺もだよ」
「え?」
「俺も昔、あれを見て憧れてな。自分でもやりたくって、練習したんだ」
 サトシは目をぱちくりとさせ、ククイを見上げた。
「博士も?」
「ああ。今日のサトシみたいにひっくり返して、全部だめにしちまったこともあったな」
「って、全部って、おれよりひどいじゃん」
 思わず口をとがらせると、
「そうだよ。だから気にしなくていいんだ。サトシが反省してるのは、ちゃんとわかってるからな」
 そう言って、ククイは微笑んだ。
 そんな風に言われては、サトシもつられて笑わずにはいられない。
……うん。ありがとう、博士」
 サトシの言葉に、ククイはいっそう破顔する。
 ぽんぽんと撫でていた手を離すと、「さて、」とソファーから立ちあがった。
「そろそろ昼飯にするか。腹減っただろ」
「うん。あ……でも博士、チャーハンが」
「なぁに。足りない分は、昨日のコロッケを温めればいいさ」
「え、コロッケ? やったぁ!」
 和気あいあいと言葉を交わしながら、テーブルの上に、食事の支度が整えられていく。
 やがて、サトシとピカチュウと、ククイとルガルガン、ニャビーにモクローの全員が、食卓へとついた。
「いただきます!」
 ちょっと遅れたランチタイムが始まった。

「サトシ。今度、一緒にチャーハンの練習するか」
「ほんと!? やったぁ!」