ちこと
2017-01-02 23:44:34
1806文字
Public poke小説・SS
 

看病

ゲコ+サトです。喉風邪がつらい時期に書きました。

 けほ、けほ、けほ。
 真っ暗な部屋に、乾いた音が響く。
 相棒を既に起こしてしまっているのは、その気配からとっくにわかっている。それでも咳は止まらなくて、サトシはベッドの上で、胸をはねさせていた。
 仲間にうつしてはいけないからと、ジョーイさんのはからいで、今日は個室があてがわれた。
 本当はピカチュウたちも、シトロンたちとおなじ大部屋にいさせたかった。だけど結局は、サトシとおなじ部屋で夜をすごしてくれている。
「けほっ、…………っ」
 こう咳ばかりが続くと、喉がむず痒くてしょうがない。
 いらだちとやるせなさが混ざりあいながら、自然、サトシの手は首もとに伸びてしまう。
 おそらく内部は腫れているだろう、喉のあたりが痒い。
 かり、とつい、掻きむしる。
「ぴかぴ、」
 気づいた相棒がたしなめるが、無意識の手は止められない。
 ごほっ、ごほ。
 乾いた咳が出る。弾みで胸がはねる。がりり、喉もとを掻きむしる。
 するとふと、ひやりとした何かが、喉もとの手を止めた。
………ッ」
 ひやりとしたものは、サトシの手をそうっと退かすと、そのまま背中に腕をまわし、上半身をやさしく起こす。
 かれが何であるのか、サトシにはとっくにわかっていた。
「ゲッコウガ……
 いつのまにモンスターボールから出てきたのか。
 暗闇ごしに、ゲッコウガの瞳が見える。
 また喉へと伸びそうになった手を、ゲッコウガの手がぐっと止めた。
 サトシは抗議したかったが、有無を言わせぬ力強さに、開けた口を閉じる。
 と、その口からまた咳が溢れた。
「こうが、」
 肩を揺らすサトシに、ゲッコウガはそっと手を差しだす。喉もとへ向かう手を押さえるのをやめたようだが、サトシは気づいていない。
 かれの大きな手のひらに、錠剤が数粒、ちょこんと乗っていた。
 ベッドサイドのテーブルを見れば、いつのまにか、処方箋の袋から、ピカチュウが咳止め薬を出していた。きっかり一回分を取りだしてくれたらしい。
 ゲッコウガの片腕は、サトシの背にまわっている。しっかりと支えてくれるその手は、サトシの手よりひとまわりもふたまわりも大きい。
 だがそれは、薬を飲ませる場合には難儀らしい。ちいさなちいさな錠剤を、もう片方の手にちょんと乗せ、サトシの口もとへとそっと運ぶ。
 自由になった手で摘もうかすこしだけ考えてから、サトシはおずおずと口を開けた。
 ころん、ころん、咳止め薬が転がり入る。すぐさまゲッコウガは、水の入ったコップをそっと近づけた。
 ゆっくりと、サトシの飲みこむのにあわせ、すこしずつ水を注ぐ。
 やがてサトシがすべて飲みこんだのを確認すると、ゲッコウガはサトシを寝かせようとした。
 ごほっ、ごほ、けほ。
 まただ、とサトシの顔がくもる。咳止めは、飲んでもすぐには効いてくれない。
 暗闇のなかで揺れる肩を、ふいに、隣にいた存在が抱き寄せた。
「げっこう、が?」
 咳の合間に問えば、抱き寄せる腕が強くなる。
 肩と頭を抱きこんだまま、大きな腕が、頭をぽん、ぽん、とやさしく叩いた。
 触れる腕と胸もとは、すこしだけひやりとして、だけどあたたかい。
 肩で息をしながら、サトシは、ふぅっと目を閉じた。
 ――いま、いちばんの薬って、こういう……






 咳の止まらないその体を、ゲッコウガは思わず抱きしめていた。
 かれのつらさを共有することもできず、ただ想像でしかない。
 だけど、いつもほとんどしないような咳をたくさんして、無意識のうちに喉もとを掻き、挙げ句に赤くさせてしまうような姿を見れば、かれとは別のところが痛くなってしまう。
 こういうとき、何をすればいいのだろう。
 医者の診察は、昼間すでに受けていた。処方された薬も飲ませた。ほかに、何をすれば、かれの苦しみを和らげられるだろうか。
 ゲッコウガは医者ではない。
 だから結局は、自分のうちからわきあがる思いのままに動くしかなかった。
 ぎゅうと、サトシを抱きしめる。すこしでも心安らいでほしくて、つい、頭をぽんぽんと叩く。
 ここにいる。自分も、ピカチュウも。咳が止まらず眠れないのなら、朝までずっとここにいる。
 伝わるだろうか、安らげるだろうか。

 やがて、胸の中から聞こえてきた寝息は穏やかで、ゲッコウガとピカチュウは、ほっと胸をなでおろした。