ちこと
2016-08-05 20:49:10
1944文字
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無題

妖ウォのイナ+ウサです。

「妖怪も風邪って引くんですなぁ」
「うるさいダニ……
 黄色のスーツを脱がされ、兎らしさのかけらもなくなってしまった状態で、USAピョンはゆるゆるとため息を漏らした。
「熱あるんだからこんな篭るの着ちゃだめでしょ〜」とあれよあれよと脱がせていくイナホに抗うのは、常ですら難しいことなのに、熱でふらふらする現状では余計に無理な相談だった。
「まさにナメ吉ですなぁ。そういえばUSAピョンってうさぎじゃなくてただの小動物だったっけ」
「テメー……
 ベッド脇でニヤニヤと笑うその眼鏡がうらめしい。
 スーツを脱がされ、ベッドに放り込まれ、それからずっとこの状態だ。もはや放置である。
「すこしは看病らしいことしたらどうダニ」
「ええ〜〜このわたしがすでにナイチンゲールのごとく清らかで完璧な看病をしているというのに!? USAピョンぜいたく〜〜」
「テメー……
 つい人さし指がうずうずと動くが、ヘルメットがないのでベイダーモードになりようもない。
(さてはこいつそこまで分かって煽ってるダニ?)
 少なくとも目の前の彼女からは、風邪をひいた同居人をいたわる様子は微塵も見えない。
 そもそも妖怪になってから、風邪などひいたことはなかった。先のイナホの言葉ではないけれど、まさかいまの自分が風邪をひくとは思わなかったのだ。
 妖怪になってからの自分が。
…………
 丸まって背を向け、だんまりしてしまったUSAピョンに、イナホは追撃をやめ、そのままふらりと部屋を出ていってしまった。
 ばたん、と乾いた音を立てて、ドアが閉まる。
 やっと静かになったダニか……と息をつこうとして、USAピョンは、なぜだか逆に、息苦しさをおぼえた。
 しん、と、痛いほど静まり返ったイナホの部屋に、自分の息の音だけが響く。
 目を閉じてみたが、寝つけそうになかった。
(はかせ…………
 妖怪になってからは、風邪をひいたことなどなかった。
 だけど生前、たったひとりの友人といたときは、何度か体調を崩したような記憶がある。
 忙しい間をぬって、懸命に看病し、いたわってくれた、かの人の顔を思い出す。
 たまらず、ぱちりと目を開けた。
 目を開けたところで、飛び込んでくるのは、誰もいないこの部屋だけだった。
「うー…………
 声にならない声が漏れる。イナホにはぜったい聞かれたくない声だ。
 そのときふいに、ドアの向こうに気配を感じた。
「USAピョン?」
 がちゃり、ドアが開くと同時、USAピョンは思わず目を瞑ってしまった。
「ありゃりゃ、寝ちゃったかぁ」
 ひとりごとを漏らしながら、気配が近づくのを背中で感じる。
 なぜか、かちゃかちゃ、という軽い音が、足音と一緒に聞こえていた。
「まぁベタというか、定番中の定番だけど」
 ことん、と、テーブルの上に何かが置かれる。
「なつかしいな〜、リクが熱出した時によく作ったんだよねぇ」
 ふわりと、あたたかい香りが鼻腔をくすぐった。
「せっかくこのイナホちゃんが、手ずから食べさせてあげよーと思ったんだけどな〜。まー、起きたときには食べやすい温度になってるんじゃない?」
 それじゃあUSAピョン、あとでね。
 ぱたん、と、ドアが静かに閉まった。
 ぱか、と、USAピョンは閉じていた目を開ける。
 テーブルに目を向けると、ひとり分の土鍋と、れんげと、取り皿が置かれていた。
…………
 それをじっと見つめ、それからUSAピョンはおもむろに、もう一度目を閉じてみた。
 するとまぶたのうらにぼんやりと、この部屋の様子が浮かんでくる。イナホが座る勉強机、いつも自分が寝るときにこもる棚、さっき鍋が置かれていたテーブル、それから、いま自分が寝ているベッド。
 ぱかりと目を開けると、それと同じ光景が目の前にあった。
(あたりまえダニ)
 あたりまえだ、いま自分は、イナホの部屋を思い浮かべたのだから。
 寸分たがわず思い浮かべることができたくらいには、USAピョンはずっと、この部屋で、イナホといるのだ。
 そんなことに思い至って、するとなぜだか、さっきと同じはずの静まり返った部屋が、急にやさしくなった気がする。
 ここはかの人と過ごしたあの場所ではないし、いまいつも一緒にいる彼女と、かの人は似ても似つかない。
 それなのに、USAピョンはきょうもここにいる。
……おなかすいたダニ」
 もぞもぞと起き出して、テーブルへと向かう。
 きちんと正座して、手を合わせた。
……いただきますダニ、イナホ」
 ぱか、と、鍋の蓋を開けた。

 病人とは思えないほど勢いのある怒りの声が、大きくイナホの名を呼ぶのは、それからすぐのことだった。