ちこと
2016-01-17 20:20:39
1829文字
Public poke小説・SS
 

空のむこうの君へ

ファイアローとサトシの短文です。唐突に始まっておわります。

 ずる、と足が抜け、風が頬を叩きだす。
 サトシの眼前には、高く、果てしなく、どこまでも見渡せるほどに広い……そんな光景が、ただひろがる。
 標高何メートルあるんだろう、などと思う間もない。
 飛んでいるかのように錯覚することもない。
 あてのない宙に投げだされ、サトシはただ、落ちていく。

 声を上げる前に、意識が飛びそうだと思った。
 しかしそれよりも先に、がくん、と衝撃を感じた。

……あれ」
 一瞬の間のあと、頬に当たるものが風ではなく、ふわりとした羽毛にかわったことに気づく。
「ふぁあい」
「ファイアロー……
 ほう、と息をついて、サトシの全身から力が抜けた。
 いまになって、どっと汗が吹きだす。心臓がうるさいくらいに鳴っていた。
 ーーああ、おれ、こわかったんだ。
 ファイアローの背にからだを預け、サトシはいまさらながら自覚する。
 途方もない高さから、その身ひとつで落下したという事実が、心よりも先に、サトシのからだを震わせていた。
「ふぁい?」
「うん、だいじょうぶ……ありがとな、ファイアロー。助かったよ」
「ふぁあい!」
 屈託なく微笑むその瞳に、サトシはほっと息をつく。
 ファイアローはサトシをその背に乗せたまま、すい、と方向をかえた。このまま皆のところにまで戻るつもりなのだろう。
 重くはないのか、と心配になったが、当のファイアローはそんなそぶりを欠片も見せない。自分よりも大きいはずのサトシを乗せながら、立派に育った翼をひろげ、羽ばたかせる。
 そうだ、かれは紛れもない、ひこうポケモンだ。




「そっか……
 ぽつん、と無意識のうちにか、サトシの口から声が漏れる。
 それが耳に届き、ファイアローは首をかしげた。
「ファイアロー……おれさ、さっきあの場所にいただろ……。すっごく高くて、すごい景色で……
 その光景を思いだすかのように、どこか遠くを見るような、サトシの声が零れていく。
「なんかさ、こわくもあったんだよ、やっぱり。おれ、飛べないしさ」
 それはそうだろう。ファイアローは思う。翼を持たない生きものが、平然としていられる高さではなかった。
 しかし、つづくサトシの言葉に、ファイアローは驚く。
「でも、あれが、おまえたちの世界なんだよな……

 翼を持たない生きものが、何よりも恐怖を覚えるような高さだ。
 しかし、その高さをこそ自由に飛びまわるのが、サトシもよく知る、ひこうポケモンたちだった。

「おまえはおれの友だちでいてくれるけど、おまえがいちばん自由なところって、きっとああいうところなんだろうなって……
 サトシの声は、いつもと比べてちいさい。
 だが、そこに悲壮感はなかった。
 寂寥は、まったくないとは言いきれない。
 ただ、感じたことを、感じたままに言っている。ファイアローはそう受けとめた。
 よく知る友だちのはずのファイアローは、自分が知りえないような世界も日常として生きている。
 サトシはきっと、それを垣間見たのだろう。
……ふぃーあ」
「え?」
 ばさりと、ひときわ大きく羽ばたいて、ファイアローは一気に地上へと向かう。
 地に足をつけ、かがみ、サトシを降ろした。
「ファイアロー?」
 こちらを向き、怪訝そうに手を伸ばしてきたので、ファイアローはその手に、そっと、ぐっとすりよった。
「ふぁあ、い」
 目を閉じ、微笑んで、サトシの手に頭をあずける。
 それだけでは飽きたらず、そのままサトシの頬に、自分の頬をすりよせた。
「うわ、くすぐったいって」
 言葉とは裏腹に、嬉しい、とサトシが言っている。
 だからさらにすりよって、ファイアローは自らの体温を、サトシの体温に押しつけた。
 こうでもすれば、わかるだろうと。
 らしくもないことなど、考えなくていいと。

 なぜならファイアローも、知らない世界があったからだ。
 サトシに出会うことで、知った世界もあるからだ。

 お互いに知りえない世界があろうと、もしかしたら、手が届かない世界があろうと。
 それを気にするような関係ではないことは、ファイアローはとっくにわかっている。
 サトシも、とっくに、わかっているはずだ。





 ファイアローがひと鳴きし、サトシは、名前を呼ばれたことに気づく。
 浮かんだ微笑みが満足げな笑みとなり、サトシはファイアローを、好きなだけぎゅうっと抱きしめた。