ちこと
2015-11-28 21:29:13
5012文字
Public poke小説・SS
 

ゆらめき、ゆらめく

XYヌメラゲット回のその後妄想。シト+サトです。ちょっぴり暗めです。

 夜のとばりが下りきった森に、かちゃかちゃと控えめな金属音が響く。
 スパナを持ったままの手でふうと額をこすり、シトロンはひと息ついた。
 仲間はとうに眠りにつき、日付ももう変わったころだろう。だけど、まだちょっと、手は止めたくない。なんだか今夜は、とてもいい調子なのだ。
「もうすこしだけやってから、終わりにしましょうか」
 誰ともなしにひとりごちて、スパナのかわりにドライバーを手にとる。まだ見ぬ発明品をかたちにしようと、もうひとがんばりしようとしたときだった。
「ぴかぴか、ぴかちゅ」
 ちょっといい? と呼ばれた気がして、シトロンは振り向く。
 テントから顔を覗かせて、友人の相棒が、ちょっと困ったように笑っていた。


 相棒ともどもとっくに寝たと思っていたのだが、そうではなかったらしい。
 テントのなかには、つんとした、鼻につくにおいが漂っている。消毒液のにおいだ。
「かけすぎちゃったんですか? しみませんでした?」
「うん、ちょっと……。やっぱ左だとうまくいかないなあ」
 たはは、と苦笑するサトシに、シトロンも困ったように微笑む。
 いびつに巻かれた包帯を一度はずし、シトロンはサトシの右腕をよく診た。大きくはないが、するどいもので突かれた――ヒノヤコマのくちばしによる、傷あとだ。
 今日の昼間のことだ。ロケット団のマーイーカの攻撃で、ピカチュウとヒノヤコマが「こんらん」状態に陥った。二体がお互いに傷つけあうのを止めようとして、その際に負った傷だった。
 実のところ、シトロンもすっかり忘れてしまっていた。本来ならすぐに手当てすればよかったものを、直後のヌメラの活躍、そして新しい仲間としての加入。高揚する心を抑えることはできず、それはきっと、ユリーカもセレナもおなじことだっただろう。
 なにより、当のサトシがいちばん忘れていた。完全に忘れていたが、シャワー代わりの水浴びのときに、あっと思い出したらしかった。ひんやりとつめたい湖の水が、思いのほか傷にしみたらしい。
 そんなに大きなけがではないが、一度思い出すと無性に気になってしまう。じくじくと地味に痛くなってしまい、どうも気になって寝つけない。
 だから、自分で手当てをしようと、救急箱から消毒液と包帯を引っぱり出した。
 そこまではよかった。ただ残念ながら、サトシは生来器用ではなく、そのうえ患部は利き腕だった。
 ピカチュウにも手伝ってもらったが、ねずみポケモンのちいさな手で、完全な治療はむずかしい。どうにもこうにもうまくいかず、とうとうシトロンにお呼びがかかったのだった。
「それならはじめから言ってくれればよかったのに。僕でよければいつでもやりますよ」
 人間用の傷ぐすりを取り出しながら、シトロンは声をかけた。
 幸か不幸か、こちらにはおてんばな妹もいる。ちょっとしたけがの手当ては慣れっこだ。
「いやあ、でも、シトロンは発明がんばってたし。おれもこのくらいは自分でやろうと思って」
「そうですか」
 言いながら、しかしシトロンは、なんだかめずらしいなと思った。サトシなら、ちょっとの傷など「舐めてれば治る」くらいのことは言いそうだと思ったのだ。
「舐めとけば治るかなー、とも思ったんだけど」
 心のなかでシトロンはずっこけた。ここまで予想通りとは思わなかった。
「舐めなかったんですか?」
 すこしいたずらっぽく笑う。
「舐めてもまだ痛かったし、ピカチュウも心配してたから」
……そうですね。そのほうがいいです」
 言って、シトロンはそのピカチュウのほうを見た。長い耳をへにゃりと垂れさせ、ピカチュウは苦笑してみせる。
 たいした傷でないのはわかっているが、ピカチュウにとっては気持ちのいいものではない。
 つまりそういうことなのだろう。サトシがこの傷を負ったとき、ピカチュウも正気を失っていた。
 サトシが平気ならべつによかっただろうが、痛みが引かないなら看過できようもない。
 そんなピカチュウのためにも、サトシ自身、放っておくにはいかなかったようだった。
 レモンいろの塗りぐすりを指にとり、シトロンはサトシの患部に触れる。
……って」
「だいじょうぶですか? ちょっと我慢してくださいね」
 慣れた手つきで、シトロンは薬を塗っていく。
 ぐ、とわずかに指を押しつけるのが痛いのだろう。サトシはすこし顔をしかめたが、おとなしくされるがままにしている。そもそも、薬を塗らずに包帯を巻こうとしていたらしかった。
 それについて指摘すると、サトシだけでなくピカチュウまでも苦笑してみせた。ふたり揃って忘れていたようだが、なにもこんなところまで似なくてもいい。
 結果的に、やっぱり自分が診てよかったのかもしれないなあと思いながら、シトロンは清潔な包帯を取り出した。
 くるくる、やさしく包帯を巻いていく手つきを、サトシもピカチュウもじいっと見つめる。
……って、そんなふうに見られると、なんだか緊張するんですが」
「あ、ごめんごめん」
「ぴかぴか」
 たいした意味はなかったようだ。手当てのあいだはされるがままなので、手持ちぶさたなのかもしれない。
 それきり、ふいにテントのなかに沈黙が落ちた。包帯どうしが擦れあうわずかな音と、三人ぶんの息遣いのほかは、テントの外の森の音が聞こえてくるだけ。
 シトロンはただ、もくもくと、サトシの患部に包帯を巻きつける。
 ちょきん、とかるく音をたてて、シトロンのはさみが包帯を切った。その端っこをテープで固定して終了だ。
……はい、できましたよ」
「さんきゅー、シトロン」
「ぴかぴっか」
「どういたしまして。そんなに深い傷じゃないですから、明日の夜には包帯がなくてもだいじょうぶかもしれませんね」
 そう言いながら、包帯やら何やらを片づけはじめる。
 しかしシトロンは、途中でふいにその手を止めた。
……? シトロン?」
 サトシがきょとんと首をかしげる。そんなサトシを、シトロンは見つめた。
 なぜだか急に、どきりとする。
 ランプの明かりに照らされて、つい先ほど巻いたばかりの包帯が目に入る。サトシの日に焼けた肌に、包帯の白はいやに目立つ。
 その下の傷がたいしたものではないとわかっていても、見ていて気持ちのいいものではなかった。
……
 サトシがけがをするのはこれが初めてではない。妹のユリーカもそうだ。いつも元気いっぱいな彼らは、しょっちゅう無茶をしでかしてくる。
 だけど、いまはみょうに心がさわぐ。
 シトロンはサトシから目をそらし、包帯やら薬やらを箱につめていく。自然、サトシも手伝おうと、消毒液を手にとって渡してきた。
 それを受けとった瞬間に、シトロンの胸がまた、どきりと鳴った。
……サトシ、」
 あまり、無茶はしないでください。
 それが自分の言いたかったせりふなのだと、シトロンはふいに気づく。
 だが、名前を呼ぶだけで、それより先は言葉にならなかった。
「ん?……なんだ?」
……いえ。腕、かゆくなったりするかもしれませんけど、あんまり触らないでくださいね」
「う……わかった。気をつけるよ」
 そうしたことに、身に覚えがあるのだろう。サトシは渋い顔をする。
 ピカチュウもお願いしますね、とくすり笑って、シトロンは救急箱のふたを閉めた。
「じゃあ、僕はこれで」
「あれ、まだ寝ないのか?」
「ええ。外に発明品を出しっぱなしですから、片づけてから寝ます」
「そっか、発明の途中だったんだもんな。ごめんな、シトロン」
「いいんですよ。先に寝ててください」
 言って、テントをあとにする。背後から「おやすみ、シトロン」「ぴかぴかちゅう」という声が追いかけてきた。
 おやすみなさい、と声を返して、シトロンは立ちあがった。
 夜特有の、ひんやりとした風が頬をなでる。頭上にひろがる星空をながめながら、シトロンはもの思いにふける。
『無茶はしないでください』
 あれはまぎれもなく、自分の本心だ。今回は軽いけがで済んだが、もっと大きなけがをしてしまうおそれだって十分にある。
 あまり軽はずみに飛びこんでほしくない。自分はもちろんのこと、ユリーカも、セレナも、そしてサトシのポケモンたちも心配するはずなのだ。
 だけど……それを口にすることが、シトロンにはできなかった。
 言ってもむだだからとか、どうせ聞かないからだとか、そういうのではない。そういうのでは、ないのだ。
……僕が言えることじゃない」
 ――だって、自分もおなじなのだから。


 サトシたちについていきたいと思ったのは、いつからだったろう。
 ポケモンセンターまでの案内を頼まれたときには、妹ともども、すでに心は決まっていた。となると、やはりきっかけはその前日なのだろう。
 ガブリアスを追って、プリズムタワーのてっぺんまで登りつめた背中。ピカチュウを追って、タワーのてっぺんから飛びおりた姿。
 後者なんて、心臓がとまるかと思った。なんて無茶を、と思ったし、無事に助かったときには心から安堵した。
 だけど、あの行為を諫めることは、シトロンにはできない。
 おそらくあれが、シトロンがサトシたちと一緒にいたいと思った、最後のひと押しだったからだ。


 かちゃり、かちゃり。
 しゃがみこんで、なるべく音を立てないようにしながら、シトロンは工具を片づけていく。
 いま作成中のこのマシンも、いままでにつくったほとんどのマシンも、いちばん根っこのところにあるものはひとつだ。シトロンのなによりの原動力だ。
 科学が好き。発明が好き。そして何より、
……ポケモンが、好き」
 誰にもひろわれることのないような声で、シトロンは静かにひとりごちる。
 ポケモンへの気持ちが、自分にとってなによりの原動力になる。
 だからこそ、全身でポケモンを想うサトシのすがたに、シトロンだって心惹かれた。
 だけどそれは、同時に鎖となってシトロンのことばを縛る。サトシに言いたくても言えないことが、シトロンのなかにはある。
 ――だって、シトロンもおなじだからだ。シトロンだって、大好きなポケモンのためとあらば、飛び出していってしまうからだ。
 たとえばそれは、ルクシオとの再会とか。ハリマロンとの出会いとか。
 ちょっと痛い思いをすることになったとしても、気づけばからだが勝手に動いてしまう。そんな経験が、シトロンにだってたしかにあるからだ。
 そんな自分が、どの面をさげて、サトシばかりを責められるだろう?
……はぁ」
 ため息をついて、シトロンは立ちあがる。片づけ終えた工具箱を持って、テントのなかに戻っていった。
 つけっぱなしのランプの明かりに照らされて、ひとりと一体はすやすやと眠りについている。
 ――かれは、僕たちの本能みたいなものを、呼び起こしてしまうのかもしれない。
 突拍子もない話だが、シトロンはそう思わずにはいられなかった。
 危ないとか、身を守らなければならないとか、そういった気持ちのたがを、ひょいと外してしまう。
 自分のそんなすがたを見せることで、周りにいるこちらまで、元々越えないでいたはずの境界線を、ふとした瞬間に越えるきっかけをつくってしまう。
 そんなかれの背中に惹かれたのはたしかだった。だから、かれを案ずることばを伝えたくても、シトロンはそれを口に出すことができない。
 それをはっきりを自覚してしまって、シトロンはひそかに頭をかかえた。
 期せずしてなやみのタネとなってしまった少年は、シトロンの気持ちを知ってか知らずか、相棒とともに気持ちよさげに寝息をたてている。
 ――この先、かれがどんなに無茶をしても、僕じゃ止めることはできない……
 だって自分にはその資格がない。かれとおなじことをしてしまう、自分には。
……難儀なものですよ、これは」
 それでもそんなかれが好きなのだから、余計に厄介なことこのうえない。

 ――せっかく手当てしたのだし、せめてあのくらいの傷は、さっさと完治してくれますよう。
 でないと、こちらの精神状態にも悪いですから。
 思わず降って湧いたなやみのタネに頭を抱えながら、シトロンは静かに床についた。