ちこと
2015-09-27 18:58:59
2539文字
Public poke小説・SS
 

あとのあと

XYファイヤー回の後日談、ピカ+サトです。ちょっぴり暗めかもしれません。

 ピカチュウの胸は、ときおり、ひどく痛むことがある。


 その痛みは、もしかしたらお互いさまなのかもしれない。
 ピカチュウも、時には思いもよらない重傷を負ってしまうことがある。
 そんなとき、かれがいつも泣きそうな顔をしているのを、ピカチュウはぼやけた視界の奥で見ている。
 だからきっと、この痛みはお互いさまなのかもしれない。
 だとしても……サトシの背中を見ながらいま、ピカチュウはその大きな瞳をゆがませていた。
「あ……すみませんサトシ、ちょっと待っていてください。包帯の替えを持ってきます」
 セレナが持っていたはずなので、と言いおいて、シトロンはテントの入り口に手をかける。
「ああ、わかった。ありがとな」
 となりのテントに移るシトロンを、サトシは肩ごしに見送った。背中を見せるかたちでいたから、横目でしか向こうを見れない。
 シトロンはテントの外、夜の暗闇のなかにいっとき消える。
 それを見届けて、首をもとに戻し、ひと息つく。そんなサトシの背中を、ピカチュウはじっと見つめていた。
……ピカチュウ?」
 相棒になにかしらの気配を感じたのだろう。首をかしげるサトシのことを、ピカチュウはほうっておく。
 ゆっくりとそばに寄り、背の、赤く腫れている部分をそっと舐めた。
「ひゃっ」
 思わず肩をあげるサトシのことは、やはりほうっておく。
 火傷は舐めても治らないだろうな、それでなくとも、こんな広範囲はさすがにカバーしきれないかな。
 そんなことをぼんやりと考えながら、ピカチュウはそのちいさな舌で、サトシの火傷の痕を舐める。



 この傷は、火山で負った傷だ。
 火山で出会ったファイヤーは、雄々しく、しかし優美で、伝説と呼ぶにふさわしい存在だった。
 その伝説に大きなダメージを負わされて、火口に落ちゆくファイアローの姿を、ピカチュウはいまも思い描ける。
 おちる、あぶない、なにかしなければ。
 そんな言葉が、ピカチュウの脳裏にも去来していた。
 いま思いかえせば、ボールに強制的に戻すなり、ケロムースやつるのムチで支えるなり、方法はいくつかあったはずだ。
 それでもその瞬間、あの一瞬、いちばんにサトシは、飛び出してしまった。



「なあ、ピカチュウ、くすぐったいって……
 抗議の声は、しかしどこか弱々しく、遠慮がちだ。
 たぶん、サトシもわかっているからだろう。
 だから遠慮なく、ぶっきらぼうに、なかば自棄のように、ひたすらに背中を舐めてやる。

 ピカチュウはいま、少なからず、怒っている。



『ピカチュウ、心配かけたな』
 間一髪とシトロンが言ったように、ぎりぎりのところで、サトシとファイアローは最悪の事態を逃れた。
 それでも危なかったことにはかわりない。ゲコガシラがすぐさまケロムースを投げていなければ、どうなっていたかは想像もしたくない。
 実際、どうするつもりだったのだ。
 ひとりが飛びこんで抱きしめたところで、ふたりで火口に落ちてしまえば結果はなにもかわらない。
 飛び出して、そのあと、どうするつもりだったのだ。
 飛び出したそのあとのことを、かれは考えていたのだろうか。
 そう思うとたまらなくなって、ピカチュウがかれを呼ぶ声は荒くなる。
 だけどサトシは、それに対して謝罪しながらも、表情は苦笑に過ぎなかったのだ。
 笑って済ませられてはたまらないと、ピカチュウは思うのに。



 ピカチュウはあのとき、怒っていた。
 そしていまも、少なからず、怒っている。
 怒りながらも、その気持ちのぶつけ先がわからなくなって、とりあえずサトシの傷痕を舐めている。
 マグマに直接触れずとも、あそこまで迫れば熱で火傷して当たり前だ。
「あの~……ピカチュウ?」
 おそるおそる、サトシが振りむく。
 ママに怒られるとわかっているときも、こんな顔をするのだろうか。
 恐れるような、しかしどこか困ったような顔で、サトシはピカチュウを見る。
 そんなサトシを、ピカチュウはじっと見つめかえした。



 極論。
 いまかれがここにいてくれれば、それでいいのだ。
 どんなに無茶をしても、結果、元気にかえってきてくれれば、それでいいのだ。
 それでもときおり、ピカチュウの胸は、つぶれそうなくらいに痛むのだ。
 あそこで棒立ちだったら、なにもしなかったら、飛び出さなかったらこいつじゃない。
 それはもうわかりすぎるほどわかっていて、それでも胸は痛むのだ。

 ピカチュウだって、大きなけがをすれば、なるべくはやく元気になろうとがんばる。
 それはそれで、なるべくはやく元気にかえろうと、ピカチュウだって思っている。

 元気にかえってくれば、それでいいのだ。
 だけどその前の、心臓が凍るような、足もとが崩れさるような、そんな感覚は、ないほうがずっといいはずだ。

 この痛みは、サトシもピカチュウも、ふたりとも同じはずなのだ。



 激情を消して、しずかな瞳で、ピカチュウはサトシを見つめる。
 すると、サトシの瞳もまた、不意に揺れた。
 ごまかすような表情が、すっと消える。

……ごめん」

 静けさの中にすとんと、その言葉は落ちた。
 火山で聞いた声よりもしずかで、だけど、ずっと重い声だった。
 だからピカチュウは、舐めるのをやめて、そっとサトシの正面にまわる。
 ゆっくりと伸びるサトシの手をそのまま受けいれて、サトシの胸の中におさまる。
……心配かけてごめん、ピカチュウ」
 ぐっと、サトシの腕がこわばるのを感じる。
 それでやっと溜飲が下がったように、ピカチュウは瞳を閉じた。



 これから先、こんなことを、何度でも繰り返すのだろう。
 つぎは自分が謝る側かもしれないし、またかれの謝罪を聞く側かもしれない。
 かれがかれである限り、ピカチュウがピカチュウである限り、こんなことを何度でも繰り返すのだろう。
 それでも、最後には元気にかえってきて、またこうして抱きあえれば、それでいいのだ。

……ぴかぴ、ぴかちゅ」

 ピカチュウのちいさな声はきっと、夜のとばり、サトシの中にとけていった。