ちこと
2015-04-21 21:16:13
2756文字
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袖すり合うも

ハトプリ映画の後日談でオリつぼ、ですがつぼみはいません。オリヴィエと男爵のお話です。

 鐘の鳴り響く音がきこえる。
 まっしろなドレスを身にまとった女のひとが、きれいなブーケを胸に抱いて、真っ赤な絨毯の上をゆっくりと歩く。
 彼女のかたわらには、白いタキシードを着た男のひと。
 ふたりはとろけるような笑みを浮かべて、周囲の人々の惜しみない拍手に包まれる。
 ちいさな教会の前で足を止めた僕を、男爵は不思議そうに振り向いた。
「どうした? ルー・ガルー」
……なんでもないよ」
 ばっさりと切り落とし、短くなった赤髪を揺らして、男爵は肩をすくめた。僕よりすこし離れた道の先で、僕が歩き出すのを待っているようだった。
 乗る予定の列車が発車するまで、あまり時間に余裕はない。それは重々承知だった。
 だけど僕は、一度止めた足を、なかなか動かすことができない。
 幸せの真ん中でわらう女のひとから、目を離すことができない。
 ちいさなため息が耳に届いた。だけど、そこに苛立ちは含まれていない。たぶん、男爵も気づいているのだろう。
 赤紫をたたえた大きな瞳。それと同じいろをした長く豊かな髪は、頭の高い位置できれいにまとめられている。
 きっと偶然だ。偶然でも、彼女によく似た髪と瞳を持つ女の子を、僕はとてもよく知っている。
……つぼみもいつか、あんな風に、だれかと幸せになるのかな)
 胸の奥に浮かんだ言葉は、どこにも出すことができなかった。

 わっ、と声が上がり、花束が宙に舞う。
 トスされたブーケはきれいに弧を描いて、花びらを散らしながら飛んでいく。
 やがてそれが幼い少女の手の中におさまると、人々は破顔して拍手を送った。
 じきに式も終わるのだろう。だというのに僕は、幸せそうにわらう女のひとの中に、彼女の面影を探したまま動けない。
 いまは何をしているのだろうか。砂漠の使徒を倒し、平和になったこの世界で、彼女はなにを思い、どんな風に生きているのだろう。
 そこまで考えたところで、自嘲気味に、いびつな笑みを顔に浮かべた。僕は、彼女の住む街すら、この目に映したことがないのだ。
 僕が知るのは、見知らぬパリの街で、その細いからだを懸命に動かす彼女の姿だけだ。
 彼女の人生の、たった一点にしか僕はいない。
 それだというのに、遠い未来、彼女の晴れ姿を見れやしないかと、ばかみたいに願ってしまう。
 目の前のあのひとのように、純白の、美しいドレスをまとって……そんな彼女のとなりに立つのは、どうあがいたって僕じゃない。
 わかっているのに、どうしてか、胸の奥がちりちりと焦げる。
……
 ふう……と、もう一度ため息が聞こえた。大げさな仕草で肩をすくめて、男爵は言う。
「私と戦ったときには、もう少し口達者だったと思うがな。ちゃんと自分の気持ちを言えるようになったろう、お前」
「男爵」
「むっつり黙るのもけっこうだが、ずっとそうしていられるとこっちがやりにくい。見ろ、もう列車も出てしまった」
「あ……
 どこからか風に乗って、かたんかたん、と車輪の音が響いてきた。それとともに、人々のにぎやかな声はだんだんと小さくなっていく。
 教会のほうを向くと、ひとり、またひとりと、建物の中に消えていくところだった。そんな中でも、僕は白いドレスのひとを目で追って、どうしても離れることができない。
 そのひとが、ふいに、こちらを見た。
「!」
 ぎょっとして、思わず肩をこわばらせる。
 面識もなければ縁もゆかりもない、ただ結婚式を眺めていただけの僕と、そのひとの目が合った。
 そのひとは、一瞬だけ驚いた顔をして、……ふわりと、花ひらくように笑った。
 彼女とよく似た色の瞳が、うれしげに細まる。
 そうして、そのひとはくるりと踵を返し、白いタキシードを着たひととともに、教会の中へと消えていった。
「なんだ?お前、知り合いだったのか?」
「そんなわけ……
 そんなわけがない。僕とあのひとは、今、ここが初対面で、縁もゆかりもあるわけがない。
 ただ、きっとあのひとは……今、とても幸せなのだろう。
 不躾に結婚式を覗き込んでいた子どもにも、あんなとびきりの笑顔を見せてしまうほどに。
 縁もゆかりもないはずの、僕に。
……袖擦り合うも、他生の縁」
 ふいに、胸が音を立てた。
「ん?」
「ほんの少しの出会いでも、前世から決まっていたことだっていう……日本のことわざだって、つぼみが」
 気づかず、胸もとを握りしめる。
 口もとを隠すようなマフラーはもうない。すうすうと風通しの良い胸まわりに、しわができる。
 どくん、どくんと、胸の奥がうるさい。
 縁あって、あのひとは僕に、笑顔を見せてくれた……
 彼女に似たひとで、だけどやっぱり、彼女じゃない。
 だからだろうか。今、僕は、無性に……
……つぼみ、に」
 あのひとと似ているようで、やっぱり違う。僕の知る、彼女の笑顔を、脳裏に描くだけじゃ足りない。
「つぼみに……会わなくちゃ」
 ほとんどひとり言のように、僕の口から、その言葉はするりと流れ出た。
「男爵、僕……
「あーあー、わかったわかった。どうせ列車は行ってしまったんだ、少しくらい回り道してもかまわないさ……
 男爵はそう言って、ポケットから二枚の紙きれを取り出した。言うまでもなく、無意味になったチケットだろう。
 それをびり、と破いて、欠片を風に乗せて流してしまう。
「日本に行くのは、久しぶりだな……わざわざ海を越えて行くんだから、言うことくらいちゃんと言ってこい」
「言うことって、何さ」
「そのくらいは自分で考えるんだな」
 もう言うことはない、とでも言うように、男爵はくるりと踵を返して歩き出す。
 あまりにとんとん拍子に進むものだから、僕は呆気にとられてしまった。
 だけど、置いていかれてはたまらない。駆け出して、その背中に追いつく。
 いつもより歩幅が大きくて、早足になって歩いていく。
 そんな僕の前に、ひらり、と花びらがおりてきた。
「わっ」
 咄嗟に手で掴んでしまい、おそるおそる、手のひらを覗き込む。
 つぶれていなくてほっとするとともに、その花びらの色に息を呑んだ。
 淡くやわらかい桃色の花弁。

 無意識のうちに、口のはしが上がる。
 これだけでも、胸いっぱいに、彼女の姿がひろがっていく。
 きみがいま、どうしているのか、きちんと自分の目で見にいこう。
 それから、自分の言いたいことを、きみにもちゃんと伝えよう。
 きみによく似たあのひとに出会ったのも、きっと他生の縁だ。
 そのわずかな縁を辿って、きみとの縁をもう一度、繋ぎにいく。
「待っててよ、つぼみ」
 きみが海を越えてきたように、今度は僕が会いにいく。