ちこと
2014-06-02 02:47:27
3563文字
Public poke小説・SS
 

白のおくのまだら

サト+ピカ。サトシの負傷&痛そうな描写あり、苦手な方はご注意ください。
バッドエンドなどではないですが、全体的にちょっと暗めかもしれません。

 じりじりと、蒸し暑い夜だ。肌にはりつく、湿気を含んだなまぬるい風が鬱陶しい。こんな夜は、快眠とは言い難い。
 ごろり。すぐとなりで、何度目かもわからない寝返りをする気配がある。ピカチュウは重たい首をゆっくりと持ち上げた。いつの間にか寝袋から這い出ているところを見ると、相棒もやはり寝苦しいらしい。それでも、眠りの中には落ちているようなので、まったく寝付けないピカチュウからすると、羨ましい限りだ。
 一応夢の世界に入り込んでいるらしいサトシは、落ち着かないかのように何度も体の向きを変える。ごろん、ごろん。はずみで、寝間着がわりのタンクトップがめくれた。
 熱帯夜とはいえ、腹部を出したままではお腹をこわすかもしれない。どうせ眠れないのだし、と、ピカチュウは気だるげに、しかしむくりと起き上がった。
 いまは横向きになっているサトシの脇に寄り、ぺろりとめくれた白い布に手を伸ばす。そのままお腹を覆ってやろうとして、ふと、そのちいさな両手を止めた。
「ぴ……
 タンクトップから手を離し、露わになったままのサトシの腹部にそっと触れる。肌色ではない部分。青あざが、むらさきになりかけている。
 ピカチュウのちいさな指が、色濃いむらさきに触れる。眠り続けるサトシの肩が、わずかにはねた。
……ん」
 まだ起きる気配はない。ピカチュウは、おのれの手が置かれているところを見つめる。この手にそのままぎゅっと力をこめたら、さすがに起きてしまうだろう。
 そうならないように、ピカチュウはゆっくりと手を離す。そして、めくれ上がったタンクトップを、そっとあるべき形に直してあげる。
 サトシのあざは、そのまま、白い布のむこうに隠された。

 ピカチュウも、バトルのあとに、よくあざをこさえる。薬を塗っても意味はないし、かといって押されると痛い。あざはなかなかやっかいだ。ピカチュウは好きではない。いや、けがなんてどれもこれも好きではないけれど……
 サトシのおなかにあざができたのは、知っていた。本人も隠すつもりはさらさらなく、原因となった騒動がひと段落してから、みろよピカチュウ、こんなんなっちゃったぜ……と、苦笑しながら上着をめくって見せていた。
 先の騒動ではピカチュウも負傷していたから、お互い大変だったね、と苦笑をかえしたものだ。
 あのとき、太陽の下で見たそれと、いまピカチュウが目にしたあざとは、同じもののはずなのに、どこかちがって見えた。暗闇と月明かりは、きれいだけれど、ときにどこか不安感を煽る。
 ピカチュウの傷は、ポケモンセンターできれいに治癒してもらった。大けがでなければ、短時間で傷跡もきれいさっぱり消えてしまうから、センターはやっぱりありがたい。バトルで日常的に傷つくことが多い分なのか、ポケモンへの医療技術はなんだかとってもものすごい。ポケモンセンターにお世話になるたび、ピカチュウはひそかに感動してしまう。
 一方で、そう簡単にはいかない傷もある。たとえば人間のそれは、適切な処置を施しても、1・2時間で消えてはくれない。まあ、サトシはとってもタフなので、傷の治りはかなり早いものなのだけれど。

 闇のなかに浮かびあがるむらさきは、ピカチュウの心をざわつかせた。

「んぁ……
 ぱかり、とサトシが目を開けた。さすがに寝ていられなくなったらしい。仲間たちを起こさないよう、ピカチュウは小声で呼んだ。
「ぴかぴ」
「ピカチュウ……おまえも眠れないのか?」
 うん、さっきまで寝ていたきみよりもね……とは言わないで、ピカチュウは殊勝にうなずいた。
「んー……、水でも飲みにいくか……?」
 まだ夢の世界に片足くらいはつっこんでいるらしい。半開きの目をこすりながら、サトシはピカチュウを夜の散歩に誘った。昼間に寄った湖に行くつもりらしい。
 このままじっとしていても、どのみち眠れそうにはない。ピカチュウはサトシに同意して、夜の森へと踏み出した。

 歩いているうちに、目がさえてきたらしい。サトシの足取りはしっかりとして、でもわずかに疲れたようすで、目当ての湖へと歩を進める。
 ピカチュウも同様に、疲れながらも歩みは止めない。とにかくこの夜の暑さが、二人をやたらに疲労させた。
 けれどその疲労とも、もうすこしておさらばだ。昼間寄った湖は、澄み切った水をたたえ、それはとてもつめたくて気持ちがよかった。あの水で喉を潤せば、きっと安眠できるだろう。
 あとすこしで、目的地にたどり着く……。そう思っていたピカチュウの両耳が、不穏な気配を感じとった。
「ぴ……!!」
「どうした、ピカチュウ」
 四つ足で構えた相棒を見て、サトシも神経をとがらせた。つまり、なにものかが、よろしくない気配をこちらに向けているということだ。
 相手の正体はわからない。だけど、敵意を向けられていることは、ピカチュウにはわかった。
 ひと呼吸置いて、森の中に不釣り合いな怪音波がひろがった。
「うわっ……!?」
「ぴぃかぁっ」
 たまらず、サトシとピカチュウは耳をおさえる。「ちょうおんぱ」だと気づくのに、時間はかからなかった。
 がさがさという音がして、わざの発信源が姿を現す。
「レディアン……!?」
 星明かりをエネルギーにするという、背に星模様をのせたむしポケモン。
 一体ではなく、サトシとピカチュウをぐるりと取り囲めるほどの数だ。
 ピカチュウもサトシも、なんとなく察していた。これははじめてのケースではない。おそらく、かれらの縄張りに入り込んでしまったのだ……草むらのすみっこにちいさなレディバがいるのを見て、ますます確信する。自分たちは、かれらの子どもに害をなす存在だと思われたのだろう。
 音波が強さを増して、耐えきれずピカチュウは目を瞑った。
「ピカチュウ、右だ!」
 耳を塞いでいても、なぜだかサトシの声は届く。襲いくる気配を、勘も合わせて避けようとする。「ちょうおんぱ」で動きを封じるのが、かれらの戦略らしい。
 こまった。このままでは思うように動けない。逃げようにも、反撃しようにも、とにかく「ちょうおんぱ」が頭痛のもとだ……
 サトシの指示を仰ごうとして、ピカチュウは一瞬固まった。塞いでいるはずの耳に、いやな重みのある音が響く。
「っ、ぁ」
「ぴかぴっ!!」
 サトシの鳩尾に、レディアンのするどい拳が刺さった。「マッハパンチ」だろうか。
 からだを折り、そのままサトシはくずおれた。ピカチュウの顔から、さあっと血の気が引く。いまの、拳が当たった、あの場所は。
 腹部をおさえ、サトシはからだを震わせる。身動きできないところを見て、そこを相手の弱点だと判断したらしい。レディアンたちは、同じ箇所に、続けて拳を撃ち込んだ。
「ぁ、…………!!」
 膝が折れて、サトシは横向きに倒れこんだ。その肩がはねる。痛みで、きっと息もできていない。
 そこは、そこは、だめだ。だめ。やめてくれ。ピカチュウの肩まで、一緒に震える。脳裏に、月明かりに照らし出された、むらさき色がちらつく。
 もう辛抱ならなかった。ほとんど無意識のうちに、ピカチュウは頬袋を熱くさせる。
「ぴぃっ、か………ちゅうーーーー!!!」
 レディアンたちの星明かりを覆い隠すほどに、まばゆい電撃が森を駆けた。


「ぴかぴっ!」
 電撃にひるんだレディアンたちが離れていくなかで、ピカチュウはサトシに飛びつく。小刻みにからだを震わせながら、サトシはピカチュウの方を見た。
……へへ」
 さんきゅー、助かったぜ、そんなことを言いたいのだろうが、さすがにまだちょっと、言える状況にないらしい。それでも苦笑を向けてくれたので、ピカチュウも胸をなでおろすと、苦笑で返した。
 腹部をおさえるサトシの手に、ピカチュウはそっと頭をつける。そのまま力をこめればそれこそ洒落にならないだろうから、あくまでそっとだ。
……ピカチュウ?」
 この下のむらさきは、さらに色濃くなってしまっただろう。そう思うと、ピカチュウの心がまた騒ぐ。
 きっと、触るととても痛いだろう。たとえ、いまはタンクトップの奥にかくれてしまっていても。
 あざはやっかいなもので、薬を塗っても意味はない。そのくせ、押されてしまうととても痛い。そんなちいさな爆弾は、できることなら、ないほうがずうっといいというのに。
 目に見えていると痛々しくて、だけど、奥に隠されてしまっても落ち着かない。あざはとってもやっかいで、ピカチュウは好きではない。
 もうすこし落ち着いたら、さっきの湖に冷やしに行こう。サトシのその言葉にうなずいて、ピカチュウはもういちど、サトシに頭を寄せた。