ちこと
2013-05-06 21:38:36
3872文字
Public poke小説・SS
 

これも無限の可能性の一つ(epN最終話サトピカ妄想)


「おれとロケット団で、あのマシンを壊します!」
 そうNさんに言って、こぶしをぎゅっと握る。ほんとうに言いたかった言葉を飲み込む。
 地面を蹴って、一気に駆け出した。ポケモンたちを出すのは危ない。なら、この身ひとつで突っ込むだけだ。
 うしろから、相棒の声が飛ぶ。だけど振り向かない。
 おれとロケット団で、あのマシンを壊しに行く。……おれたち、じゃなくて。
 ほんとうは……そう、言いたかったけど。





「ぴかぴっ!」
 駆け出したその背中に向けて、ピカチュウは叫ぶ。
 いつもなら、自分も一緒に飛び出している。相棒とふたり並び立って、どこへでも突っ込んでいくはずだった。
 だけど、いまは飛び出せない。いまにも地を蹴りそうな足を叱咤して、ピカチュウはそのちいさなこぶしを握る。長耳の奥で、声がこだまする。
『みつかったら、操られちゃうからな』
 それはピカチュウを心配してのことだと、わかっている。わかっていて、それでもその言葉は、ピカチュウの胸をざらざらと撫ぜた。
 飛び出したい。だけど、飛び出しちゃいけない。だってもし、もしも。またあの不快な電波を、浴びてしまったら。
 らしくないことだと、ピカチュウは思った。それはきっとサトシも同じだ。ピカチュウもサトシも、絶対的な自信を持っていた。
 ピカチュウにサトシの声が届かないわけがない。だから、あんな電波になんて絶対負けない。
 いつもだったら信じ切っていた。だから、いつもだったら迷わず飛び出していた。
 信じ切っていたはずなのに、あのとき、ピカチュウにサトシの声は届かなかった。





 おれたちなら、だいじょうぶ。あんなマシンになんて絶対負けない。
 サトシの胸に爛々と輝いていたはずの自信が、わずかながらにしぼんでいく。
 ひとりで飛び出したのは、ピカチュウを危険な目に合わせないためだ。ピカチュウたちを守ると決めたからだ。
 だけど、その決意の中に、揺らいだものが入っていないと言い切れるだろうか。
 負けないと、思っていた。おれの声が、ピカチュウに届かないわけがない。そして、おれの声が届いたピカチュウが、あんなマシンに負けるわけがない。
 そう信じていた。信じ切っていた。
 信じ切っていたはずなのに、サトシの意識が飛ぶその瞬間まで、ピカチュウがもとに戻ることはなかった。





 声が届かなかった、わけではない。ピカチュウはそのときを振り返る。
 まったく届かなかったわけではないのだ。煮えたぎるような激情、真っ赤に染まった視界、そんな中でもサトシの声は、たしかにピカチュウのもとに届いてはいた。
 だけどそれは、あまりに脆弱だった。
 まるで分厚いフィルターがかかったように、かすかな声のみが、わずかにピカチュウの心に響く。けれどその声はくぐもっていて、なにを言っているのかも、だれが言っているのかもわからなかった。
 大きな激情とわずかな虚ろの世界。その虚ろに刺し入って、奥底のピカチュウを覚醒させるなにかがあれば、よかった。
 だけどかすかにしか届かない脆弱な声は、虚ろの世界を虚ろのままとした。
 かつてピカチュウが打ち破ったはずのコントロールマシンは、ここに来るまでに相当の強化を重ねてきたらしい。
 結果としてピカチュウは、自力でコントロールに打ち勝つことができなかった。
 打ち勝つことができなかった、その電波を、もう一度浴びてしまったら。
 ピカチュウを踏みとどまらせる揺らぎは、その懸念のなかにある。

 真っ赤だった視界がクリアになった瞬間を、まざまざと脳裏に思い描く。
 正気に戻ったピカチュウが最初に見たのは、自分を抱きしめたまま目を閉じた、ぼろぼろの相棒の姿だった。
 それだけで、なにがあったのかを悟るのは、ピカチュウには充分すぎた。
……ぴかぴ……?』
 全身を襲う疲労感の中でも、湧きあがるおそろしさは消えない。
 だってピカチュウの電撃なんて、サトシは食らい慣れている。なかなか起きない朝の気つけにだって使うほどだ。それでも気絶なんてしない。ボルテッカーを食らったってぴんぴんしていたのだ。
 そんなサトシが、ピカチュウを抱いたまま気を失っている。全身の火傷は電撃によるものだと、ピカチュウはいやというほど分かっていた。
 あのマシンにかかれば、ピカチュウはこれほどの威力の攻撃を、サトシに向けてしまえるのだ。
 ピカチュウが踏みとどまる理由など、それだけで十分すぎた。
 ピカチュウがサトシを信じないなんてありえない。だから、サトシの声が自分に届くことだって、いつもなら迷いなく信じられるのに。
 不安が、迷いが、揺らぎとなって、ピカチュウのこころを曇らせる。





 サトシがピカチュウを信じないなんて、そんなことはあり得ない。
 でも、だったら、ピカチュウを置いて飛び出すことなんてしないはずだ。いつもなら、ピカチュウはあんなマシンになんて負けないと、信じ切れるはずだ。
 だからほんとうは、「おれたち」と言いたかった。おれとピカチュウであのマシンを壊すと、はっきり言い切れたならよかった。
 言い切れなかったのは、真っ赤な目をしたピカチュウが、サトシの脳裏から離れてくれないからだろう。
『おまえなら、きっと、おれのこと……
「きっと」だなんてそんな、不安ともとれるような言葉なんて、あのとき言わなければよかった。
『わかって、くれるよな』
 あんな震えるような声でなんて、言うんじゃなかった。
 おまえならだいじょうぶだって、絶対に勝てるって、そんなふうに言ってやればよかった。
 ピカチュウ、おまえがあんな目に遭ったのは、きっと、おれのせいでもあるんだ。
 だから、今度こそ守る。そうだ、おれがピカチュウを守るんだ。
 だからいまおれは、ひとりで駆け出しているんだ。





 ピカチュウの瞳に、「いま」のサトシが映る。
 丸腰で駆け出して、敵陣に突っ込んだサトシは、ポケモンたちに囲まれていた。
 真っ赤な目をぎらつかせた、ドッコラーにローブシン、おおきなゴルーグ……ヘレナとバーベナのポケモンたちもいる。操られずともプラズマ団に従う、レパルダスも。
 そのどれもが敵意をむき出しにしている。その矛先がだれに向けられているのかなど、明らかだった。
 ピカチュウのこころが、一瞬、大洪水になった。
 つい先ほどまで感じていた不安、迷い。ともすれば罪悪感とも言えそうな、揺らぎ。
 それに逆らうようにして、ピカチュウの根っこのところが奮い立つ。
 相反するような気持ちが激流となって、ピカチュウの中でぶつかりあった。

 レシラムすら操るようなコントロールマシンに、ピカチュウは一度負けている。
 二度と操られたりしないなんて、そんな保証はどこにもない。
 もしかしたらまた、操られるかもしれない。また、サトシを傷つけてしまうかもしれない。

 それがなんだっていうんだ。

 もしかしたら。また。そんな気持ちが何になる。そんな不安が何になる。
 たしかに一度は負けた。次に勝てる保証もない。
 だけど……負けるという保証も、ありはしない。
「いま」、サトシは戦っている。ピカチュウたちを守るために。いまのこの状況を、なんとかするために。
 その「いま」を看過するなんて、そんなのはピカチュウじゃない。サトシの相棒じゃない。
 サトシを傷つけるかもしれない、そんな不安が何だ。
「いま」サトシが危ないのに、そんな理由で動かずになんていられるか。
 相棒のもとに向かわずになんていられるか!

「ぴかぴっ!!」

 ニャースの制止も振り切って、ピカチュウは駆け出す。
 ポケモンコントロールマシン? それがなんだ。
 たしかに一度は負けた。次に勝てる保証もない。
 だけどピカチュウは、サトシといっしょに戦うのだ。たとえサトシに止められたって、絶対にいっしょに戦うのだ。
 だから、戦う。全力で戦う。全身全霊で、あのマシンに打ち克ってやる。
 そう覚悟を決めたらもう、あとは飛び出すだけだから。





 自分を呼ぶ声が聞こえて、サトシは振り向く。
 隠れているように言ったはずの相棒が、こちらめがけて駆け出してきていた。
 その瞳に光をみる。力強い声を聞く。
 ひとりで駆け出したサトシのもとへ、駆けてくる相棒を見る。
 そうしたらもう、サトシのこころにくすぶっていた何かが、あっというまに消え失せた。
 こっちに来るな、だなんて、言えるわけがない。言う気もない。
 だからサトシはあっというまに笑顔になる。

「そうか、止めても無駄か!」

 そうか、ピカチュウ。おまえは、来てくれるんだな。いっしょに戦ってくれるんだな。
 いや、そんなの、当たり前か。そうだよな。ごめん。おれはきっと、弱気になってた。
 だけどおまえが来てくれたから、もう、弱気になったりなんてしない。揺らいだりなんて、しない。
 またマシンに狙われるかもしれない。だけど、もう、負ける気なんてしない。
 いっしょに戦おう、ピカチュウ。
 おまえもそう思うから、いま、来てくれたんだろ?

「ぴいっかちゅう!」





 ふたりは信じる。信じ切る。
 おれの声はぜったいに、おまえに届く。
 きみの声はぜったいに、ぼくに届く。

 ふたりのこころが、そんな風に重なれば、もうぜったいに、負けるわけがない。