梶間
2024-10-29 01:48:51
2552文字
Public 獅子ライ
 

獣の山籟

魔王ifの翼獅子×魔王ライオス。10月27日発行の獅子ライスターターブックに寄稿したものです。

人間たちが魔物に追われ、悲鳴をあげながら這う這うの体で地上へと逃げ帰っていく。玉座に座ったまま遠見の魔術で見ている限りだと、今日の迷宮運営もつつがなく進行している。
 魔術に映し出された人間たちを一緒に見ながら自分も参加したそうにしている魔狼を撫でて宥めていると、金色の獅子が鷹揚な足取りで姿を現した。
「やあ我らが魔王様。今日も絶好調のようだね」
「翼獅子」
 魔狼は翼獅子に気圧されて持ち場へと走り去っていってしまう。人が散々仕事をした後にばかりやってきて、今更なんの用だというのだ。
「何か用か」
「お前を労いに来たんだよ。いつも大変そうだからたまにはゆっくりしてはどうかと思ってね」
「そうか。なら侵入者が来たら教えてくれ。少し休む」
「おやすみ、ライオス」
 翼獅子が金色の翼をひらりと振るのを見て玉座に座り込んだまま目を瞑る。格好良いからと思ってつけた角が石製の玉座にあたって少し痛い。後でこれを改造しようかなあ、なんて考えているといつの間にか意識は眠りに落ちていた。

 暗闇の中で事の始まりを夢にみる。魔王ではない、まだ冒険者だったころの自分だ。どうして魔王なんて呼ばれるようになってしまったんだっけ。
夢の中では狂乱の魔術師シスルが持っていた魔導書から顔だけ出した翼獅子がこちらを見ていた。
 「俺を迷宮の主にしてくれ。ファリンを元に戻したい」
「本当にお前が主になるんだね?」
「ああ、皆もそれで良いな」
「おいライオス、」
「待てチルチャック、それで良いと先ほど皆で決めただろう」
「そうだよ、ファリンを元に戻す。それから地上の人たちとは話し合いの場を設ける。そう決めたじゃない」
「なんでもいいから早くしてくれ」
 チルチャック、センシ、マルシルがそれぞれ口を開く。イヅツミ以外は皆どこか不安そうだ。ああ、皆はきっともうこの時翼獅子があまり良くないものであることに薄々気づいていたのかもしれない。
 ファリンを元に戻したいと焦る俺が判断を誤らせてしまったのだろうか。
 
 狂乱の魔術師が倒れ、マルシルに皆を蘇生してもらってそのすぐ後、休む間もなく本の封印を解き翼獅子を解放した。
早くファリンを元に戻してやりたい。もし人間に戻れなくても、せめて意識だけは人間に戻ってくれたらと、そう思っていた。
 それが、どうして。ただ、またファリンと笑いながら食事をしたいとそう思っていただけだったはずなのに。

 本から解放された翼獅子は、艶やかな黄金の翼を広げながらその手をこちらに伸ばしてくる。
「よく呼んでくれたね。私はお前のことをずっと待っていたよ」
 そうして迷宮の主になった俺は、ファリンを氷漬けにして保存した後に迷宮を作り替えた。
 人々にファリンの肉を食べてもらうよう頼みこみ、それから彼女を蘇生する。西方エルフとも話し合いの場を設け、魔物と共存する道はないか模索していくつもりだった。
 それが、どうして。
 突然地上付近に現れた俺たちを地上の人間たちは歓迎しなかった。西方エルフとも話し合う前に激しい戦闘になってしまい、一言たりとも会話を交わすことは出来なかった。
 魔物はすべて控えさせ、決してこちらからは手を出さなかったのに。
 翼獅子を従えた俺たちは、人類の脅威と見做されて再度迷宮へと追いやられた。地下へと逃げ帰る際に、人間たちの誰かがこちらに向かって叫んでいた。
『魔王が現れたんだ!』と。

 大分昔のような、ついこの間ような曖昧の感覚の中意識が浮上する。肩をゆさゆさと揺らされ、目を開けると目の前には翼獅子がいた。
「ライオス、また侵入者がきたようだ」
「和平の使者の可能性は?」
「完全武装で槍を掲げた血気盛んな使者の可能性はあるかもしれないな」
「また英雄気取りの冒険者か。魔王を倒せば世界の平穏が訪れるなんて誰が言い始めたんだか」
「大方長命種の誰かだろう。彼らは有事の際に短命種を焚き付ける手管に長けているからね」
「エルフの姫がトールマンに使命を授けているとかいうやつか?」
「そうそう、それ。長命種の中で見目の美しいものを見繕って短命種を盛り立てるんだ。短命種はすぐに産まれて頭数を増やしやすいからね。長命種は重宝しているようだよ」
「あまり聞いても面白くない話だ」
「そうかそうか、それは悪いことをした。なら良い話もしよう。今度竜たちの間に雛が産まれるそうだよ」
「ほんとか!?」
「ああ、来月には産まれるようだから見に行くと良い」
「竜の繁殖に成功……!!これはまとめておいていつか学会に発表したいなあ」
「お前が頑張っていればいつかそんな日が来るとも」
「魔物愛好家たちから賛同者を増やしておいて良かったよ。地上では魔王派と呼ばれる人たちもいるそうだ」
「ライオス、お前はすっかり立派な魔王になったな」
「そう呼ばれるのは不服だったけれど今ならまあそんなに悪くない。翼獅子のおかげだ」
「ふふ、魔王陛下の御力になれてなにより。さあ、では今日の侵入者排除と行こうか。まず何をしようか」
「そうだなあ」
仕事もしなければならないが、その前に腹が減った。幸い侵入者も浅層でまごつくような実力の人間たちのようだし、ここはひとつ。
「先に食事にしようか」
 それは名案だ、と舌なめずりする翼獅子を連れ立って食堂へと向かう。
 さあ、今日は何を食べようか。今なら魔物は何でも食べられる。
「私はそろそろお前の欲望が食べたいな」
「それはまだダメ。何も出来なくなるだろ」
 ずい、と顔を寄せてくる翼獅子を手で押し返す。
「捕虜の欲望は似たものばかりで食べ飽きてしまったんだ。少しくらい良いだろう?」
「少しもなにもそう言って全部食べてしまうじゃないか。今日は……そうだな、他のなら良いから」
「そうか。それは楽しみだ」
 押し返した手をすり抜けて翼獅子が唇をひと舐めしてくる。肉厚の猫科の舌はざりざりとしていて皮膚がこそげ落ちそうな痛さだったが、その感触で夜の出来事を思い出してしまい腹が鳴ると同時に酷く疼いてしまう。
 食べるのも楽しいが食べられるのも案外悪くない。
 翼獅子の鼻先に軽いキスをすると伽藍堂の廊下に二人分の笑い声が響いていった。