片瀬真
2020-12-23 23:43:47
10601文字
Public PCたちの小話
 

動画投稿者達のクリスマスの話


※以前に杉山屋敷怪異譚のリプレイとして冒頭を書いた事がありますが、あれ自体が無かったことになっているので一部の人が初対面だったりなんやりしています。

 12月。街路樹は紅葉を終えその葉を散らし、街中の景色は少しばかり寂しさを覚える。
 すっかり冬の景色に様変わりした買い物帰りの道を、きちんと磨いた革靴で青年は進む。ぴゅうと吹いた風の冷たさに思わず片手でコートの襟を押さえると、彼はぽつりと呟いた。
「もうすぐクリスマスかぁ」
 右目にした眼帯の所為で少々視界は悪そうだが、それでも、街中に出現し始めたクリスマスのモチーフたちは目につく。
 自身も喫茶店を経営する身である。こういったイベントごとには敏感で居なくてはならない。
 そして、彼。水野光一には、毎年欠かさずクリスマスに予定があるのだから、忘れる訳にはいかなかった。
 抱えた買い物袋の重さは少し堪えたが、寄り道の時間を増やすのに障害にはならないだろう。
 そうして、コートを翻しつつ再び道を引き返して街の中に消えていくのであった。

 同日、夜。
 自宅にて、遅めの夕飯終わりに叔父に水野は声を掛けてみることにした。
 クリスマスは水野が引き取られてからずっと欠かさないイベントではあるのだが、流石に自分も大人であるし、叔父にも予定があるかも知れない。ついぞ聞いた事は無いが、もしかしたら今年こそ恋人の話を聞いたりするかも知れない。
 苦労ばかり掛けているのが申し訳ないので、もしそんな話があるのであればいつでも快く受け入れるつもりではある。
(いや、でも最近まで気落ちしていた気がするし今年もそれは無いかも知れないけど)
 それでもちょっぴり緊張するので、深呼吸をしてから言葉を掛ける事にした。
 するとどうだ。叔父である備前友春は、いつも通りの澄ました顔をして「予定?」と聞き返してくるではないか。
「うん。友春さん、クリスマスって予定有る?」
「クリスマス。……ああ、そうか……もうそんな時期だな。予定はあるぞ」
 貰った回答に、(聞いてよかった)とほっとした水野は「そうなんだ? じゃあ、今年は別々に過ごす?」と続けた。
 備前は澄ました顔のまま首を傾げると、不思議そうに言う。
……別々? 今年は茶会はしないのか?」
 茶会と言うのは、件のイベントの事だ。パーティーと言う程盛大なものでは無いので、そんな呼び方になっている。
 毎年クリスマスは備前が自分の好みの紅茶を淹れて、暖かい家の中で水野に振る舞う。と言うのが恒例行事だった。
 始まりは水野が備前に引き取られた時のことだ。打ち解けてもらおうとあれやこれやと手を尽くしていた時期と被る為、クリスマスもその数あった出来事の一つで定着して今に至る。
 世間様のイベント事とは無縁な人生だった水野にいろいろ体験させたいと願われて実行されたものでもあったし、祝い事が大好きな備前の幼馴染みが毎年欠かさず乱入するものだから、それなりに定着化するのはある種、必然だったのかも知れない。
(あれ……。もしかしてそれも、友春さんが恋人作れない要因では……?)
 振り返りつつそんな事実かも知れない何かが一瞬頭を過ったが、それよりイベントを例年通り行う予定だと知って、水野は慌てた。
……でも、予定があるって」
「家族団らんは予定に入らないのか?」
 小首を傾げたままの備前は尚も不思議そうに言って返す物だから、水野は漸く、成程と頷いた。
「あ、……予定ってそれ」
「ああ。だが店の事もあるし其処まで意固地にならなくても良いぞ。昨年は店の事で忙しくしていたのに、無理に時間を作って年明けに疲れていただろう」
「いや、だってそれは……まあ、恒例行事みたいな物だし」
「大事に思ってくれているのは嬉しいが、無理をしては元も子もない」
「昨年の事は反省したし、無理とか……そういう訳じゃないんだけど。今年はどうするんだろうなーと思って。確認しておこうと思っただけだよ」
 叱られている訳でも無いのに、ほんの少し肩を竦めて苦笑する。
 備前はそんな甥の様子を見て、口の端をほんの少し上げる。
……そうか。お前がいいと言うなら、今年も茶会をしようか。日程はいつがいいい? それとも、店で何かクリスマスの催しをしても良いが」
「お店でクリスマス会? ああ、限定メニューとか出してみても良いかもね」
 ふむふむと頷きながら、水野は笑う。それは楽しそうだと、顔に書いてあるようだ。
「どの道鶴崎は今年も勝手に来るだろうし、日程と場所だけ決めてもらえば連絡しておこう」
「そう? うーん……それじゃあ、いつにしようか。お店のイベントにするなら、ケーキ焼いてみたいんだよね。永人さんが来てくれるなら意見も聞きたいし、味見も兼ねて早めに設定してみようか。予定が合ったらいいな、ぐらいで」
「わかった。ケーキは要らんと伝えておこう」
……あんまり期待はしないでねって言っておいて」
 眉を下げて自信無さそうに言った水野に、備前はまた小さく笑って見せて「ああ」と頷いた。

 それから一週間ほどが経過した、とある平日の夕刻の事である。
 いつもよりは幾分早く閉店した喫茶Reposerでは、これから訪れる客人の為にささやかながら宴の準備がなされていた。
 店内に流れる音楽はクリスマスソングに切り替わり、入り口にはクリスマスツリーが飾られている。招いた人数にあったテーブルには、ソーサーにカップが伏せられた状態で置かれていた。その数5組。
「光一。客人は誰を招待したんだ?」
「え? 広樹くんと涼太くんだけど?」
……その二人だけなのか?」
「うん。急だったから、ちょっと予定がみんな合わなくて」
「そうか。それは残念だったな」
「でも二人は来てくれるから」
「そうだな」
 備前はそうして頷くと、テーブルが寂しいだろうかと眺めている。
 水野は用意されたソーサーとカップを見ると、首を傾げた。
「永人さんは来るんでしょう? 何時って言ったの?」
「閉店時間だけ伝えた。仕事だとは言ってなかったから、言ってるうちに到着するだろうさ」
 噂をすれば影……では無いが、言った傍からからんころんと軽いベルの音が響いた。
 冷たい風と一緒にひょこりと登場したのは、鶴崎である。
 寒かったのだろう。身を縮めていて、長身であるのに少しばかり小さく見える。
「ああー……、寒かった。いかんなー、風が冷たい」
 そう言いながら、苦笑していた。大袈裟に両腕を摩るその片腕には、何かの紙袋が下がっていてガサガサと音を立てている。
「いらっしゃい、永人さん。寒い中ありがとうございます」
……いらっしゃい。取り敢えず荷物は下ろしたらどうだ?」
 水野、備前と順番に言葉を掛けると、鶴崎は眉を下げて、はは、と笑う。
「毎年恒例の行事だからな。寧ろ乱入させて貰っていつもすまん。……しかし、今年は俺以外にも客が居るんだな?」
 とテーブルの上に注目した。
「あ、席はどこでもどうぞ」
 そう一言伝えてから、水野が疑問に答える事にしたようだ。
 備前はその間に、奥に引っ込んでお茶の用意をしているようであった。
「今年は、僕の友人が来てくれるんです」
 水野の返答を聞くと、鶴崎はそれはそれは嬉しそうに頬を緩めた。それは差乍ら保護者のそれである。
 備前は名実ともに保護者であるが、引き取られた時からほぼずっと見ていた鶴崎とて近い物があるのである。
 水野もそう思っている節があるので、鶴崎が嬉しそうにしていることについては、(喜んでいるみたいだ)と思うくらいで、特別違和感を感じたりはしない。
「もうすぐ到着すると思うので、永人さんは少し待っていてくださいね」
 そうしてその場を後にしようとした水野に、鶴崎は慌てて引き止めた。
「あれ、どうしたんですか?」
「ああ、いや。これ、クリスマスプレゼントじゃないけど。折角だから」
 言葉と一緒に差し出されたのは、持って来た紙袋だ。
 おずおずと受け取る水野がそれを覗いてみると、ラッピングされた箱が出て来た。それなりの大きさであるが、一部中が見えるようになっているので内容物はすぐ確認できた。
「チョコレート?」
 かくりと首を傾げてよくよく見てみると、有名菓子店の物であると知る。
「えええ、これ有名なお店のだよね! 並んでくれたの?」
「今度取材に行くからな。下見ついでに、買って来た。良かったら友春と食べてくれ」
「ありがとう! 渡してくるよ!」
 そうして、紙袋ごと抱えて足早にカウンターの奥に消えていく水野を見送る。
 余程嬉しかったのだろう。普段丁寧な言葉遣いを心がけている筈であるのに、砕けた口調になるのがなんだか面白かった。
 くつくつと笑っていると、からん、からんとベルの音がする。
 扉が開いた事を告げる音を聞いていた鶴崎は、次いで登場した青年たちに目を丸くした。
 先に入って来た人物が、自分の後輩だったからだ。
……お? 早長じゃないか」
…………え」
 名前を呼ばれて思わず立ち止まった早長であったが、立ち止まったが為に真後ろに居た山国が避ける間もなくぶつかり不満そうに声を漏らす。
……おい、早長。急に止まるな」
……あ、ああ、すまん」
 侘びつつ視線を上げた先には「すまんすまん」と申し訳なさそうに言う、鶴崎の姿がある。
……知り合いか?」
「上司というか、先輩というか。職場の人だな」
 首を傾げる山国に説明をした早長の言葉を聞いて、鶴崎は大袈裟に驚く。
「素っ気無くないか!」
……いや、それ以上なんと説明すれば良いのか判りかねます」
「ええー……。そこはほら、頼れる先輩だとか、いつもお世話になっている、とか言ってくれてもいいんだぜ?」
…………、イツモ、オセワニナッテイル」
「なんでそんな片言なんだよ!!」
 そんな調子で大騒ぎしている人物を若干視線を上げ気味で見ていた山国は、実によく表情が変わる人物だと認識した。
……あと、声がデカい)
 はー、と小さく息を吐く頃、奥から備前が戻って来た。
……なんで店の入り口で騒いでいるんだ、お前は。寒かったろう。さ、掛けてくれ。そこのデカいのが塞き止めてしまってすまないな」
……えええー……なんだよ、友春。そんな言い方無いだろう」
……『先輩』なのであれば、さっさと暖かいところに通してやるべきだろう? 彼等は光一の友人なんだから、大事に扱ってくれ」
「判った判った。ほら、早長と、そっちの兄さんも。……と言うか、きみ何処かで会った事ないかい?」
 テーブルにセッティングをしている備前が、溜息を吐いたのが聞こえた気がしたが鶴崎は気にせず山国にそうやって詰め寄った。
 早長を通り越して自分に向かってきた興味に、思わずたじろぐ。
「パーソナルスペースが狭いんだ、この人は」
 そんな苦笑交じりの注釈が早長から聞こえて来たが、詰め寄る本人はお構いなしだ。覗き込むようにして、じぃっと山国の顔を見ていた。
「何処だったかなー……。最近だったか。いやでも、……うーん」
 助けを求めるようにして早長を見やった山国は、さっさと席に着く友人を見て驚愕する。
……ど、何処で会ったと言われても、困る、が」
 まだ着ていたモッズコートを脱げず、マフラーすら外せないままでじりじりと扉の方に後退していた頃。
「大事に扱ってくれ、と言っただろう」
 鶴崎の背が大きい為山国からは見えなかったが、後ろに立ったのは備前だった。背中辺りの布を引っ掴み、その場を離れる様にと引っ張っていく。
 備前が引っ張った程度では本来そこまで影響がないのだが、鶴崎は、はっとすると申し訳なさそうに笑った。
「ああ、いや、すまない。挨拶も未だだったのに、失礼したな。俺は鶴崎永人、先程紹介があった通り早長の先輩だ」
 そうして言いつつ、やっと客人を迎える為に用意されたテーブルへと着く。
 一歩遅れて山国も席に着くと、カウンター奥から顔を出したのは水野だった。
「あ、いらっしゃい二人とも。座って座って。ようこそ、喫茶Reposerのクリスマスパーティーへ」
「今日はお招きありがとうございます、水野さん」
……俺も、招いてくれてありがとう。あとこれ、兄弟から預かっている」
 早長が丁寧に挨拶をし、山国はぺこりと頭を下げてそれから鞄から小さな包みを水野に渡した。
「ほとりくんから?」
 水野は、元々山国家の次男と友人関係である。本来なら今日は彼も来ていた筈なのだが、生憎と都合がつかなかった為、ささやかながらプレゼントとメッセージカードを末の弟に預けていた、と言う訳だった。
 中身を確認すると、水野はぱっと顔を上げ嬉しそうに顔を綻ばせる。
「わー、ありがとう。よくお礼を言っていてね。今日は広樹くんだけでも来てくれて良かった」
……ああ」
「涼太くんも、来てくれてありがとう」
……いえ、俺も声を掛けて貰えて嬉しいです。それより……
 そう言葉を区切ると、ちら、と向かいに座っている鶴崎に視線をやる。
「鶴崎さんも居るとは思いませんでした。水野さんの知り合いだったんですね」
「ああ、永人さんは僕の叔父の幼馴染なんだ。小さい時から善くして貰ってるよ」
「へー……幼馴染」
 興味深そうに見やる。一度見たら忘れないレベルの美麗の男が水野の叔父だと言うのは知っていたが、その人物が自分の職場の人間と繋がっているとは思っても見なかった。
(と言う事は、しょっちゅう覗きに行く店があると言うのは此処か)
 よく今まで会わなかったものだ、と早長はなんだか感慨深げに頷いていた。
「話も良いが、準備が終わったなら始めようか」
「あ、そうだね! じゃあケーキ持ってくるからちょっと待ってて! 友春さんはみんなに紅茶出してあげて」
「判った。慌てるなよ」
「大丈夫!」
 再びばたばたと戻っていった水野の背を見ながら「騒がしい子ですまないな。どうか気を楽に、ささやかなホームパーティーではあるが、楽しんでいって貰えれば幸いだ」と備前が笑う。
 それが、この催しの合図となった。

 香り高い紅茶が振る舞われ、テーブルにはアフタヌーンティーも斯くやと言った様子で食事が並ぶ。
 サンドウィッチは様々な具材が挟まり、しっかりとボリュームを感じる物だ。
 特に、厚めに切られたサラダチキンサンドが水野の自信作らしい。
「クリスマスだから食事系の物ももっと用意しようと思ったんだけど、設備的にあんまり出来なかったんだ。ごめんね」
 と謝るが、それでも充分な量とバリエーションは用意されている。
 サンドウィッチから視線を外すと、スコーンやクッキーと言った物と一緒に、クロテッドクリームとジャムが添えられていた。
「僭越ながら、これは俺が作った」
 とは備前の言葉。
 クロテッドクリームは一般の物より幾分ミルク感が強く、添えられたジャムは甘さよりも酸味を感じる物で合わせて食べるとさっぱりとしていていい。
 そして、これが本日のメインだ、と出されたのは切株を模して作られるチョコレートケーキ。ブッシュドノエルだった。
「これはお店で出そうと思って作ってみたんだけど、よく考えたらメニュー化するの無理でさー。作るのは楽しかったし、上手く出来たと思うから食べて食べて」 
 そう、笑顔を見せる。
「店で、出そうと思って作った?」
……と言うと?」
 食べる手を止めて、山国と早長が首を傾げた。
「あれ。聞いてないのか? クリスマス会ではあるんだが、味見してくれって話だったが」
 鶴崎がカップを片手に持ちながら、きょとんとして返す。
 よくよく聞いてみれば、テーブルに並ぶ軽食から焼き菓子、生菓子の一部は、これからメニューに昇格するかも知れないラインナップらしい。
 それを知らされていなかった山国と早長の両者は、暫く食べ進んだ後に揃って愕然としていた。
「か、感想?」
「メニュー化するのであればそう言って貰えたら、ちゃんと都度言ったのに……
 そんな調子で、揃って顔を見合わせる。そもそも、彼等に送られたメールには、日時と共に『クリスマスパーティーをするんだけど、出来るだけお腹を空かせて来て欲しい』とだけ添えられていた。
 水野も別段其処まで厳密に商品開発がしたかった訳では無いし、何より二人ともが美味しそうに食べてくれた事が満足だったのである。
「あ、いいんだ。そんな改めてお皿眺めなくても、美味しそうに食べてくれたのは判ったから」
 思っているだけでは伝わらないので言葉にして伝えたところ、早長は「そう、ですか」と納得したようだったが山国は目に見えておろおろとしている。
「広樹くん、大丈夫だから」
「いや、しかしだな。……あー、後日メールで送るのでも構わないか。今すぐちゃんと言語化するのはちょっと俺では無理そうだ」
「後日で良いなら俺もそうしますが」
 そんな二人の様子を微笑ましく見ているのは、向かい側の年長者たちも同じだったようで。
「真面目だなぁ、きみたち」
「光一の友人だから当たり前だろう。高校生の時分から既に彼等は真面目だったぞ」
……え、高校の時から知ってるのか?」
 備前の言葉を聞いて、鶴崎が視線を正面へと投げる。
 水野も含めた三人が、殆ど同時に頷いた。
「なんだ、そうなのか。えー、水臭いじゃないか。なんで教えてくれなかったんだよー」
 唇を尖らせて言った先は備前である。
 だが、備前は素知らぬ顔をして紅茶を啜り、ゆったりとした動作でカップを置いてから口を開いた。
「お前が涼太くんと知り合いだなんて知らなかったんだから無理な話だろうが」
「まあ、そうだけどさー。お前さんも、この店によく来ているのか? それなら教えてくれても良かったのにー」
「いや、言う必要も無いかと思って」
「それはそうだが!」
 虚しく響き渡る鶴崎の声だが、言葉とは裏腹に大してショックを受けている様子では無い。楽しんでさえいるような様子で、口の端は上がっている。
 一緒にテーブルに着いて食事をしていた水野はにこにこしながらそんな様子を見ていたが、ふと、思い出して問いかけた。
「そうだ。さっき、永人さん、広樹くんと会ったことがある、みたいな話をしていなかった?」
 話を振られてぎくりとしたのは山国である。
 斜め向かいに座っているのだから、先程のようにぐいぐいと来られることは無いと思うが、それでも少し警戒してしまうのは仕方ない。
 鶴崎は一つ頷くと「そう、それ。さっきから考えていたんだけど、思い出したよ」と言った。
 まさか本当に会ったことがあると思っていなかった山国は、鶴崎の言葉に改めてまじまじと見てしまう。
……会った事、あるのか?」
「ある。間違いない。きみ、あれだろう? 桜花大学附属病院の先生じゃないか?」
 言い当てられて、山国は警戒を解いた。そして、名乗っていなかった事を思い出す。
……ああ、そうだが。そう言えば、名乗って貰ったのに返していなかったな。申し訳ない。俺は、山国広樹。あんたの言う通り、桜花大学付属病院に勤めているが……来た事があるのか? 担当した事は無いはずだが」
「ご丁寧にどうも。いや、春頃にきみの上司か先輩にあたる先生に取材をしに行った事があってな。その時、挨拶させて貰っていたなと思って」
「春頃……
 うーん、と目を閉じる。春頃の病院と言えば、いつになく病院はバタバタとしていた時期だと思い出される。
(春は、なんだか事件が多かったな……。そう言えば、事故だか何かに巻き込まれたと水野さんもうちに運び込まれて検査入院をしていなかったか? そう……その時、確か)
 彼の隣に座っている、あの美しい外見の人物が、美しいが故に恐ろしい顔をしていたなと思い返され、慌てて目を開けた。
 その時期と前後して、直属の上司に取材だと来た人物が確かに居たなと思い出し、記憶の奥底から引っ張り出す。
(そうだ、こんな人物だった。随分背が高いなと、思った記憶がある)
 合点がいって、初めて「あー……確かに、会ったことがあるな」と返答した。
「随分思い出すのに時間が掛かったな」
 クッキーを摘みながら、早長が言う。
「名刺を貰っただけだったからな。そう言えば、織田出版の、と言っていたか」
 山国も、クッキーを一枚手に取りながら返した。
「病院に取材って、永人さん担当ジャンルが変わったんですか?」
 水野が問えば、鶴崎は困ったように眉を下げた。
「いやー、そういう訳じゃ無くて。個人的な調べ物のついでと言うか」
 隣で聞きつつ静かにカップを傾けていた備前が、ぴくり、と小さく動いたがそれだけだ。春先と言えば、鶴崎も少々病んでいた時期である。長いこと友人で居ると気付く何かがあったのかも知れないが、言及は避け、静かにしていることにしたようだった。
 同じく早長も、鶴崎の言う『個人的な調べ物』については思い当たる節もあるが、皆が興味が有る物かも判りかねる上に、本人が言わないのにほいほいと公言する訳にも行かない。
 さくさくと小気味よい音をたてながら、二枚目のクッキーに手を伸ばした。
 何種類か用意されていたクッキーの中から引き当てた二枚目は、紅茶の香りがした。
「まあ、クリスマスにするような話でもないが。取材させて貰った、ええと……郷山先生は、元気にしておられるか?」
「ああ。……最近の方が元気だと思う」
「それは良かった」
 鶴崎が安心した様に返した言葉を聞いた頃、備前がカップを置く音が響いて聞こえた気がした。

 なごやかな空気で進んだ茶会は、テーブルの上の料理を完食した状態で終了と相成った。
 鶴崎には、備前より後日感想文の提出を義務付けられていたが、水野は来てくれた山国と早長の二人に満面の笑みを向けていた。
 言葉よりも、様子を見ていれば伝わる事もある。何より、卓上の物が綺麗に無くなった、ということが満足だった。
「たくさん食べてくれてありがとう」
 そう、礼を述べると、二人はまた揃って首を振る。
「いや、……なんと言うか、上手く言えないですけど、美味しかったです。クッキーが気に入りました」
「それは良かった。口に合って何よりだよ」
 早長が言うと、山国も続く。
「俺は、サンドウィッチが良かったな。設備がどうとかって話だったが、あれはメニューに入るのか?」
「やろうと思ったら出来るよ」
……そうか。じゃあ今度来た時にメニューにあったら注文する。兄弟にも伝えておこう」
 そう、小さく笑う。
 兄弟、と聞いてはっとした水野は、慌てて立ち上がると「待ってて」とカウンターの方へと歩いて行く。
 何かごそごそとしていたかと思うと、小さな紙袋を下げて戻って来た。
「はい、これ。クリスマスだから、プレゼント」
 差し出された袋の中身は、先程テーブルに並んでいたクッキーと、小分けにされた茶葉である。
 中身を確認した二人に、水野は照れたように笑って「プレゼントと言うか、お土産みたいな感じだけど。お茶は友春さんが選んだものだから、ちゃんと良いものだよ。来てくれて嬉しかったから、良かったら貰って欲しいな」と伝えた。
 顔を見合わせた後、揃って受け取る。
 遠慮するのも無粋というもの。好意は有り難く受け取ろうと考えた。
「気を付けて帰ってね」
 笑顔のまま送り出されて、帰路につく。
 振り返ると、暖かな光が窓から漏れていた。
……なあ、山国」
「なんだ」
「至れり尽くせり過ぎて、なんだか申し訳ないな」
「そうだな。今度何かまた、お返しでも持ってくるか。……と言うか、近日中に兄弟に持たされそうな気がするから、その時予定が合うなら付きあえ」
「そうだな。そうしようか」
 ひたすらに持て成された二人は、一先ず帰宅した傍からお礼にメールをしたためようと心に決める。
 クリスマス会なんて名目で集まるのは小さな時以来かも知れなかったが、楽しかったな、なんて笑いあいながら帰り道を歩いていた。

 青年二人を見送った後、鶴崎も店を出ようとコートを羽織っていた。
「忙しい中、すまなかったな」
「いやいや。来た時も言ったが、いつも乱入させて貰ってすまんな。今年は人数も増えて、賑やかで楽しかったよ」
「それなら良かったです。僕も、わいわいみんなでパーティーするの楽しかったから、来年もやりたいな」
「来年の話をしたら、鬼が笑うぞ」
……はは、違いない。師走と言うぐらいだから、あっという間に終わっていくが、無事に終われるように今ある事だけ注目して過ごして行こうな」
 ぐるぐるとマフラーを雑に巻きつけると「それじゃあ」と扉に手を掛ける。
「鶴崎」
 その背に声を掛けたのは備前で、なんだと振り返れば水野と揃って小さく笑っていた。
「来てくれて有難う。またな」
「またね、永人さん。あとこれ、お土産」
 手渡された小さな紙袋は、先程の二人に贈られた物と同じ内容である。
「おおー、サンキュー。帰ったら有り難く食べるよ」
 中身を確認した鶴崎は、満面の笑みで頷いた。
「それじゃあな。近いうちに来るけど、正月にも遊びに来るから。また構ってくれ」
 それだけ言い残して、足取り軽く店を後にする。
 鶴崎にとっては、家族と言っても過言では無い二人である。
 彼等と、今年も無事に恒例行事が出来た事が喜ばしくてたまらない。
 それに今年は、新しい面子も増えた。
 人が増えて、賑やかなのはいい。暖かで、幸せな時間を過ごせる事自体が、彼にとっては最高のクリスマスプレゼントなのだ。
 帰路は少し寂しいが、今日のプレゼントがあればまた日々を頑張れる。
 空を見上げれば、雪がちらちらと降っていた。
「ああー、いい夜だな。最高の気分だ」
 陽気な声が、冬の夜に解けていく。
 それは、ある12月の出来事であった。

・クリスマスには間に合った……