米田
2024-10-28 22:40:58
3789文字
Public
 

歌会三叉路の読み

2024年10月27日に開催された歌会三叉路の、詠草への読みです。

①瞬きは雷光に似てキャンドルを吹き消す息は少し北風

雷と、北風という言葉から、オズのことを見ている幼い頃のアーサーの歌かなと思いました。
夜寝る前の、寝台の横のランプを消す時のオズのことなのかな〜とか、少し北風、と感じられていることから、部屋の中はきっと十分にあたたかいのだろうな、とか思いながら読んだんですけど、きっとこのキャンドルを吹き消す動作っていうのは毎日の日課で、毎日見れるものなんだけどそこに特別を感じる、みたいなところがアーサーっぽいなと思いました。
この歌全体が、怖い人のことを歌っているようなのに、どこかあたたかく優しくかわいらしく感じられるところが好きで、それはきっと主体がこの歌で歌われている人のことを同じようにそう思っているからなんだと思うんですが、それがすごくいいなと思いました。




②放逸は咎をもたらしこときれる雪を掻き抱いて縋る息吹

雪と出てくるので北の歌だなと思って、最初、フィガロの歌かなと思いました。
でも安直にフィガロだと思うのもな!という謎の抵抗からまたちょっと考えてみたんですけど、考えれば考えるほど今回のフィガロ看板のイベントに出てきたイライジャの歌に思えてきてでもこの歌の締切の時点ではフィガロ看板のイベントはまだ公表されていないじゃないですか。だから絶対違うんですけど、イライジャだな……と思って読んでしまいました。
「放逸」はその後滅んでしまう運命の村を出てペルラを探して放浪するイライジャのこと、そして「咎」と「こときれる」は自分が村を出たことにより村が滅びてしまったこと、「縋る」相手はそんな時に出会ったフィガロのこと、もしくはフィガロに引き上げてもらったペルラのこと。
北の厳しい自然のことが思われて、全体的に死の気配のある歌だと思うんですが、最後の「息吹」にだけすごく生命力があるというか、厳かな感じがするというか、主体が縋るほどのことはあるなという感じがして、「息吹」が具体的に何のことを言っているんだろうというのが気になりました。





③うずもれて化石になれるうつくしさ浅く息つくわたしの鈍痛

自作でした。
フィガロのことを詠んだ歌です。
彼から、魔法使いじゃない人間に向けた感情のこと。
景としては、彼の村が雪崩で埋まってしまった時のことをイメージしています。
魔法使いというより神様として生きていた時代の、彼がまだ俺という一人称を獲得する前、彼は崇められて人間と一定の距離を置いていて、でもそれなりに人間に愛着を持って暮らしていた。
魔法使いが石になることに対してフィガロがどう思っているのかを私は知りませんが、彼がひとりで石になりたくないと思っていることは知っていて、石にならずに死んでしまう人間のことは、もしかしたら、誰も置いて行かずに、置いて行かれずに死ぬことに関しては羨ましいと思っているかもしれない。
あとフィガロはたしか標本とか剥製とかを自慢として?見せてきたことがあったと思うので、そういうものは結構好きなんだと思うんですね。死んでしまった人間のことは標本的に見ているかもしれない。
浅く息つくわたしの鈍痛、というのは、寒い冬の空気の中にいると頭痛がするような頭が締め付けられるような痛みがすることが私は結構あったので(低気圧への反応かも)、その時の感覚を参考にしました。




④鍵穴は形の変わるものだから問いから知った鍵を手にして、

鍵というとレノックスのことが思い浮かびます。
レノックスが持っているのは鍵で、鍵穴の方じゃない。だから彼の持っている鍵はもしかしたら差し込もうとしている鍵穴にはぴったりと合わないかもしれない。
「鍵穴は形の変わるものだから」という上の句がすごくいいなと思いました。今まで考えたこともなかったけれど、鍵穴はたしかに年月を経て少しずつ変わっていくものかもしれない。
そして主体の持っている鍵というのは、「問い」から知るものである、問いを経て初めて手に取るものである、問いの答えが鍵である、そして鍵を手にした主体がどうするのか、までは書かれていない。
「、」で終わるのも、これから主体がどうするのかについての連続性というか、これから何かをする、という予感だけを感じさせて終わるというのがすごくわくわくする、今後の展開を想像させる仕組みになっていておもしろいと思います。



⑤幸せは正方形じゃないけれど抱えきれないのもうれしいね

上の句がおもしろくて、幸せとはどういう形なのか?というところに最初思考が飛んでしまう、そういう装置になっているような気がします。
私は、幸せって丸に満たない不定形でほわほわした気体のようなものである気がしている。主体は幸せを形にするとしたら正方形がいいんじゃないかな〜でも実際は正方形じゃなかったな〜と思っている。不思議だ。
そんなことを思っているうちに下の句を読むと、「抱えきれないのもうれしいね」と続く。
なるほどそういうことか。
不思議な納得のある歌だなと思いました。
この感覚は本当に人それぞれなのだと思うけれど、主体は、抱えるのだとしたら抱えやすい体積と形の感情がいいねと思っていて、それには正方形が一番適していると思っている。それも結構自分にとっては不思議な感覚だったのだけれど、通して読むとなるほど、と思わされるような、整然と筋の通った歌になっている。
不定形の何かやわやわとした幸せというものを不恰好に抱えていく主体のことを思って、微笑ましくなりました。
誰の歌、というのがわからなかったんですが、なんとなく東っぽい気がして、ヒースクリフだったらこんなことを思っていそうだなと思いました。



⑥半分にしないでもいい両肩を遅れて濡らす雨のやさしい

雨の要素から、ネロの歌かなと思いました。
「半分にしないでもいい」とは何のことだろう、と考えると、傘でもあり、彼の抱えている、肩の荷のことだろうかと思いました。だから両肩を、に続くのかな、とも。
彼の抱えている、過去から今に続く傷のこと。
それを半分にしないでもいい、と言うのは、彼の優しさというより、人をあまり頼らず距離を置きがちな、彼の慎重な部分というか、これは自分が持っているべきものだから、と手放さない、執念に似た感情なのかな、と思いました。
それは部下にも相棒にも自分の命の使い方の舵取りを一切任せなかった、ブラッドリーの在り方にも似ているなと思って、結局この二人は似ているところがあるのかもしれないと思いました。
「雨のやさしい」のやさしい、はやさしさ、で終わるのではないところに、やさしい、の後に続く何か、のことを思わせて、しっとりとした雰囲気になっているなと思ってすごく好きです。



⑦またいつか 選ばれなかつた薄明をたつた一度のまばたきで知る

これは、フィガロがファウストとの修行を終えて革命軍に合流した時のことを詠んでいる歌ではないかと思いました。
ファウストに修行をつけて、革命軍に合流したらファウストは親友のアレクとの革命に夢中で、自分は結局はお客さんだったんだと気付いた、だから革命軍を去った、というエピソードがカエルのエチュードで語られていましたが、この時のフィガロはまさに自分は選ばれなかったと知ったのだと思っていて、それはファウストからしたら決してそんなことはないはずなんですけど、フィガロが感じた実感としてはそうなんだと思うんですよね。自分は相手のことを天命だと思うくらいには入れ込んだのに、相手には自分の他に親友がいて、その人と見ている夢があって、自分はそこに添えられるだけの存在だったと気付いた時、きっとそれは落胆というよりは自分という人間にまた価値がつかなかった、自分が人生を捧げたいと思った相手の気持ちは自分には向いてはいなかったという哀惜や、なんだほら、やっぱりまたこうなるじゃないかという自虐みたいな気持ちだったんじゃないかと思うんですよ。
自分がこれから所属するかもしれないと思っていたコミュニティから弾かれてしまった、また来てくださいね、と、暗に今はもう帰ってくださいと言われる寂しさ、みたいなものを感じて心臓が痛くなるような歌だと思いました。




⑧茜さす きみがいること 表裏咲く 雨待花の香を聞くらむ

一字空きの部分が三箇所あるので、その分だけゆっくりになるというか、余白のあるように感じる歌で、最後の聞くらむという古典的な表現もあり、すごく優雅に感じられる歌だなと思います。
表裏咲くというのはどういう意味なんだろうと思って少し調べたんですが、ひとつの耕地で時期をずらして年に2種類以上の作物を栽培すること、などが出てきて、でもこの場合だと作物というよりは字面の通り花が表も裏も埋め尽くすようにたくさん咲いているようなことを言っているのかなと想像しました。
香を聞くらむ、という表現はすごく古式ゆかしい感じがすると言いますか、聞香のことを言っていると思うので、主体はそういう嗜みがある人とか、そういう表現が似合う人なのかなと思いました。
香からイメージできるのはファウストかな、と思いました。


素敵な歌会と歌と読みをありがとうございました!楽しかったです!