しちろ
2024-10-21 15:36:45
1671文字
Public LOM・連載主人公の短編
 

もう一人の君と私

女主人公と男主人公の、『もう一人の自分』。昔書いた話。これ単体だとよくわからない。

 田舎町の公園の、静かなところが気に入っていた。
 女神の使い噴水公園の、ベンチで古本を読んでいたシオンは、そのうち陽気に負けて、ごろりと仰向けになった。読みかけの頁を開いたまま顔に乗せ、目を閉じる。
 濃い、とても濃い青空だ。青が高く、深すぎて、いっそ暗く見えるくらい。
 元から人気の少ない公園は、大道芸人のカペラ・ディドルコンビが移動してからは本当に静かになってしまい、聞こえる音と言えば噴水の水音と、鳥や虫の鳴き声くらいのものだった。
 通りかかる者は、奥にある民家の住民たちや、たまに散歩に来る地元の人間。
 それから、もう一人。
「こんにちは、シオン」
 明るい、青空によく似合う声。町から離れて暮らす彼女は、シオンを探して、よくここに来る。そのうち半分くらいは雑談や買い物ついでに、もう半分くらいは、騒動や面倒ごとを引き連れて。
 今日のカイは、後者だと感じた。
 シオンは億劫そうに、顔に乗せていた本を少し持ち上げた。
「俺にいったい、何の用? 悪事の片棒担ぎならお断り」
「ありゃ、騙されてくれない」
 分厚い本の下から軽く睨むと、少女――カイはぺろりと舌を出した。
 ただし、その瞳の色は、赤。本来のカイの目は、澄んだ空色だ。
 顔に乗せた本をのけると、空の蒼は深すぎて、黒く見えていた。緑の木々も、噴水の水も。
 ドミナを包む闇のマナが濃く、深くなっている。
 常夜の町や奈落やアーティファクトの墓や、闇と親和性の高い土地の影響を受け、闇属性の濃度が高まると、彼らは出る、ことがある。
 正体を即座に見抜いたシオンに、カイは、赤い目を三日月型に細めてみせた。
「そうよ、あたしはあの子の暗黒面。あの子の知らない、もう一人のあたし」
 闇が凝って実体化し、現れる、あらゆる存在の影。
「キミとはいつも会ってるのに、不思議ね。改めて、こうして顔を合わせてみると」
 カイの中に住むもう一人のカイは、シオンを見下ろして、にたりと笑った。シオンの知っているカイなら、決してしない貌。
「悪戯しに、いかないの?」
「しないわ、子どもじゃあるまいし。どちらかと言えばそういうのって、表のあたしがやるんじゃない?」
 ってことは、キミはしてたんだ? と、カイは小馬鹿にした風に唇を歪めた。実際、シオンの影は人を脅すわ草人の葉っぱをむしるわで、ろくなことをしていなかった。
「人間の暗黒面って言っても、単純に悪い部分って意味じゃないわ。その人の知らない自分だったり、見ないふりをしている自分だったり、他人の目から隠している自分だったりするのよ。表があれば裏、光があれば影があるみたいにね。あたし、キミが『初めて出会った』キミの影って、今のキミみたいな人だったと思うわ」
 自分の影なら、無数に見てきたシオン。それを見通しているかのように、カイは言う。
 実際どうだったと彼女に聞かれて、シオンは、覚えていないとはぐらかした。本当かな、いいけどねと、カイの影はくすくす笑いながら、ベンチのひじ掛けに腰かけた。蜂蜜色の長い金髪が、シオンの顔の上で揺れている。
「ねえ、シオン」
「なに」
 カイは両手で身体を支え、背を反らしてシオンを見た。
「もし……もしも、気の遠くなるくらい時間が経って、それでも世界が何にも変わらなかったら……その頃には、あたしがあの子の表になってるかもしれない。……もしそうなっても、キミはあたしのそばにいてくれる?」
 もしも裏が表に、影が光になってしまっうくらい時が経っても、この世界が変わらなかったら。
……呼べば、いるよ」
 カイの目が、まんまるになった。
 しかしそれはわずかな間で、カイは「嘘つき」と言ってくすくす笑った。
「ほんと、バカみたいだよね、キミってサ」
 カイは足を持ち上げて反動をつけ、ぴょいと立ち上がる。
 空の、木々の水の闇を集めるように黒い風がひょうと吹き、彼女の身体を取り巻いた。
「じゃあね、シオン。これが『あたし』とキミとの、最初で最後の出会いになることを祈っているわ」