しちろ
2024-10-09 19:17:20
8663文字
Public コラボLOM小説(ごちゃLOM)
 

ジュンくんとシオン 4

火悠さん、yoshidaさんとのコラボLOM小説第四話。 何でも許せる人向け。今回はあんまり笑うとこないです。バトル回&ゴリラが暴れる回。

登場人物紹介

◆ジュン(火悠さん宅の男主人公)
マナの英雄の称号を持つ、心優しい人型ゴリラ。
年相応にえっちなことに興味はあるが、大好きな恋人ユノちゃんには非常に奥手。
見た目に寄らず魔力が高く、見た目通りのノーコン。火のドラムを使うお風呂の湯沸かしで失敗ばかりしている。
基本的に温厚でにこにこしているが、そればかりではないようで……。生い立ちが複雑で、過去に色々あった模様。


◆シオン(しちろんちの男主人公)
ジュンの世界とは別のファ・ディールの住民。
淡々としており、見た感じほぼ地蔵か置物。ありがたみはない。
ジュン宅に滞在しながら日課のドミナ通いをしているほか、読書して時間をつぶしたり、家のことを手伝ったりと性格通りの地味な毎日を送っている。
ジュン世界の住人について、自分の仲間と混同しないよう、バドは「君」、瑠璃は「瑠璃くん」「あなた」などと呼んで区別をつけている。



※※※


 ジュンのマイホーム名物、自家製露天風呂。
 その露天風呂から、今日も元気に絶叫が聞こえてきた。
(あの人、また湯沸かし失敗したのか……
 書斎を借りて本を読んでいたシオンは、ぼんやり外を見た。
 この家恒例の、湯沸かし失敗の雄叫び@ジュンである。最初聞いたときは何事かと思ったが、あまりに頻繁すぎてシオンもすっかり慣れてきた。なにしろ、三日に一回は聞いている。
 ジュンが自分で掘ったという露天風呂は、そばの小川の水を汲み上げて、火のドラムをたたいて沸かす仕組みになっている。
 発想は面白いな、とシオンも思った。だが、あの失敗率の高さはいかがなものか。
(そもそも、ドラムなのが良くないと思うんだよな……。ただでさえ魔法のコントロール苦手な人が、馬鹿力で適当に叩いたら)
 力任せに魔法を発動すれば、暴発するのは目に見えているわけで。少し加減を間違えればあの通り、水はすぐさま沸騰することになる。
 楽器の本を読んでいたシオンの頭に、とある考えが浮かんだ。
(そうだ、マリンバにしよう。叩く力とかじゃなくて、音階で湯加減を調節できるようにする。Cで湯沸かし、Dで温度下げる、Eで温度上げる、みたいな……。これなら音を鳴らすだけで、魔法を使える人間なら誰でも同じ出力が出せる設計にできるかも)
 もともと、手先が器用で凝り性なシオンである。
 楽器作成の専門書をめくり、あれこれ設計を考えているうち、ちょっと楽しくなってきた。
(と言っても、使い手がジュンくんやコロナやバドだから……。万が一のトラブルを考えて、銅貨であらかじめ出力自体を抑えておくか、金貨で出力調整しやすくするか……悩むな。風呂が沸いたら、マリンバが自動で音を鳴らしてくれて「お風呂が沸きました♪」って知らせてくれるとか……うーん)
 非常にどうでも良いことだが、この機能に特定の曲を使いたくなるのは何故だろうか。
 それから数日かけて給湯マリンバの設計をまとめたシオンは、すこし出かけることにした。多少の検討事項は残っているが、先に材料を集めておきたい。その辺から適当な木材を拾ってきて、ナイフを使って簡素な笛を作り、居間で留守番している双子に声をかけた。
「あれ、シオンさん。フルート持ってどうしたんですか?」
「二人とも、この辺りに精霊が集まる場所はあるだろうか。とくにサラマンダー」
「それなら、リュオン街道のガイアの奥とかかなぁ。おれも師匠と何度か行ったことあるよ。精霊探しに行ったり、モンスターの子ども見に行ったり」
「そう。そこなら俺もわかる。ありがとう」
 リュオン街道に生息する魔物は、レベルの低いラビやアサシンバグである。今のシオンは笛の穴あけに使ったナイフ一本帯びているだけの軽装だが、問題はないだろう。
 シオンがドミナ以外に出かけるのは珍しく、コロナが訊いた。
「シオンさん、精霊探しに行くんですか? 魔法使えないんじゃなかったっけ?」
「楽器の演奏ならできる。サラマンダーのコインがほしい。新しい楽器作ろうと思って」
「なら、おれ一緒に行きたい! 試したい魔法がたくさんあるんだ」
 意気揚々と手を上げたバドを、シオンが制した。
「バド。君は、出かけた師匠を待ってなきゃいけないだろう。大丈夫、行ってすぐ帰るだけだから」
 なお、双子の師匠であるジュンは、ニキータの依頼を受けて朝から出かけている。


 ◆


 その日の午後。
 ジュンが依頼を終えて戻ると、留守を任せた双子が落ち着かなそうにしていた。シオンの姿が見えない。
「シオン君は? ドミナ?」
 ジュンが訊くと、双子が全く同じ動きで首を横に振った。
「師匠が出た少し後、リュオン街道に出かけていって、まだ帰ってこないんですよ。サラマンダーのコインが欲しいから探しに行くって言ってたけど」
「精霊を? なら、ガイアの近くのとこかな」
「うん、そのはず」
「そっかぁ。うーん、たしかに、ちょっと遅いね」
 距離的に、とっくに戻ってきていないとおかしい頃合いである。玄関横にはシオンの大剣が置きっぱなしになっていた。リュオン街道に出る魔物は弱いから、それ自体はあまり問題はないはずだが。
 ジュンが気になったのは、ニキータから聞いた話である。


『ジュンさん、知ってるかにゃ? 魔物が各地で異常活性化してるらしいにゃ。これまでにない高レベルタイプにご用心! だにゃ』
『それで、荷物運びの用心棒かぁ。また変な商売かと思ったけど』
『スマイリーニキータ商会も大きくなってきたし、流通経路の安全確保は大事なのにゃ! 自分の代だけじゃなくって、子々孫々まで末永く商売をしていきたいからにゃ~』


 ニキータの話は、ジュンにも心当たりがあった。近頃、妙に強いモンスターに遭遇するし、先日、瑠璃とともに退治した魔物たちにしても(性質はともかく)やたらと強かった。
「大丈夫って言ってたけど、やっぱり一緒に行った方が良かったかなぁ。あいつ、師匠と比べてあんまり強くなさそうだし、なんかいつもぼんやりしてるし」
 バドのぼやきを聞きながら、ジュンに嫌な考えが浮かんだ。
「まさか……とは思うけど」
 まさかであってほしい。だが、彼の経験上、こういう時の勘はよく当たる。


 ◆


 数ある、リュオン街道の行き止まり。大地の顔ガイアから手前の、分かれ道の先である。
 このスポットは精霊が出やすく、ときどき親からはぐれた魔物のヒナが歩いていたりもする。
 そこの岩に腰かけて、シオンは笛を吹いていた。
「お前ら……俺の曲、聴くだけ聴いて、コイン一枚も出さないで……
 若干、いや、かなりキレながら。
 ファ・ディールの精霊は音楽が好きである。人間相手には警戒心が強い彼らだが、気に入る曲をうまく奏でれば自分から寄ってきて、おひねりとばかりに精霊のコインをくれる、こともある。
 シオンは、楽器演奏は得意だった。その証拠に、今だって彼の笛の音に惹かれて、けっこうな数の精霊が集まっている。お目当てのサラマンダーもいた。
 だが、誰一人としてコインをくれないのである。音色に身を任せて身体を揺らし、演奏者の方を見て時々申し訳なさそうな顔をする。
 シオンはいくつか予想を立てた。

・全員、たまたまコイン持ってない。
・演奏者が単純に気に食わない。

 どれも違うな、と思った。
……無理か。よそもんだしな。俺」
 おそらく、それが正解なのだろう。
 精霊のコインはマナの結晶。この世界の住人である精霊たちは、ほかのファ・ディールの者に、根源の力たるマナの凝縮されたコインなど渡せないのである。
 シオンは演奏を止めた。自分ではどうあがいても無理らしい。変に大人面しないでバドに頼むべきだった。
「帰るか……
 演奏会が終わったとみて、聴衆の精霊たちは三々五々散りはじめた。無駄足だったがしかたがない。日を改めて、楽器を演奏できる者と出直すしかないだろう。
 シオンは笛をしまい、立ち上がろうとした。
「ん?」
 考える前に、即座にその場から飛びのいた。
 何か細いものがしなり、たった今まで腰かけていた岩を打ち砕く。衝撃を受けた岩は、粉々に砕け散った。帰りそびれていた精霊たちが、慌てて姿を消していく。不穏な気配がびりびりする。
 シオンは宙で反転し、向きを変えた。
 変えながら、うんざりした。
 マナに満ちた世界は、力強く豊潤である。雨は豊富なマナを含み、風は遠くの栄養を運び、土壌は豊かだ。
 だから。
……よく育ってるな」
 普通なら、雑草に毛が生えた程度のバドフラワーも、栄養たっぷりに、よく育つ。
(バドフラワー……かな?)
 シオンは腰のナイフを抜きつつ、首を傾げた。
 急に襲ってきたのは、見上げるほどの巨大な、植物系の魔物だった。
 ほとんど口しかない頭部は小屋ほどもあり、ぱっくり裂けた口は人間など丸のみできるほど大きい。胴体は大木ほども太く、大人数人が手をつないでやっとというところか。丸々肥えた体内に、マナと栄養をたっぷり蓄えた妖植物は、見た目はバドフラワーに相違ないが、もはやそれとは別の名称を付けた方がよさそうな、巨大な魔物と化していた。
 攻撃の威力も、当然、桁違いである。
 先の蔓の一撃で、いともたやすく砕けた岩を横目に、シオンはため息をついた。
(まさか、俺の持ち込んだ禁断の書のせいじゃないだろうな……
 シオンの持つ禁断の書。どういう仕組みかは不明だが、世界中の魔物を異常強化する、まさしく禁書である。ジュンの家には同様の書は無いようだったし、もしこの魔物の強化が自分のせいなら、あまりに居たたまれない。
 次々と襲いくる蔓を回避し、あるいは小さなナイフで切り払いながら、シオンは舌打ちした。剣を持ってくればよかった。今は自分一人だし逃げることはできそうだが、コイツを放置したら他の通行者が襲われるのは目に見えている。
(バドフラワーの攻撃手段……噛みつき攻撃、毒花粉に麻痺効果のある鱗粉、それから)
 今の装備でどうにかならないか思案するうち、
(鞭のような触手……
 羅列した最後のワードで、非常にいらん記憶が思い出された。

『いやぁん♡ らめぇ♡ 核はらめえ♡』
『足の指だめぇ♡ 僕、そこ弱いのぉおお♡ ああん、いや、もっとぉ♡』

 なんで、今……
 シオンは心底情けなくなった。ジュンのしてくれた触手&スライム話がまた、無駄に臨場感たっぷりだったの、何とかしてほしい。
 バドフラワーはやる気満々で、せっかくの獲物を逃がす気はないらしい。そうであっては欲しくないが、この世界、いろいろと想像斜め上のファ・ディールである。まさかの、俺もハート喘ぎにされる危機。
 嫌な考えがよぎったところで、魔物が消化液を吐きかけてきた。瞬時に避けるが、避けた強酸の液が地面で跳ね、袴の裾に当たってじゅっと焼けた。布が焦げる嫌なにおいがした。
「なんだ、普通に獲物を喰うやつか……
 ほっと安堵した次の瞬間、シオンは冷静になった。待て、安心してる場合じゃない。
 バドフラワーの頭部がたわみ、広範囲に毒の粉がまき散らされる。その量も、おそらく毒性も通常の個体とは段違いだ。吸わないよう、袖で口元を塞ぐ。徐々に接近しながら狙いを定め、ナイフにマナを込めた。こんな簡素な小刀一本でも、使う者が使えば威力は爆発的に上がる。
 今にも技を放とうとした、その時だった。魔物の蔓が思わぬ方角に伸び、なにかを捕らえた。
「あ」
 予想外に捕まったモノ。一瞬だったが、シオンにも見えた。サラマンダーだった。先ほど逃げ損なっていたのか、間違って戻ってきてしまったのか。
 マナそのものである精霊は、魔物には格好の餌になる。哀れな精霊はあっという間に高々持ち上げられて、魔物の口元まで持っていかれた。シオンは逆手に握っていた短剣の柄を握りなおし、持ち方を変えた。
 必殺技の狙いを、本体から獲物を捕らえた蔓に変え、技の組成を変え、精霊に当たらぬよう衝撃波を放つ。音速の衝撃波は蔓をぶつりと切断し、精霊は魔物の口に放り込まれる前に、蔓ごと地面に落ちた。ひとまずは解放されたわけだが、精霊は怯えているのか固まって動けない。
 周囲一帯には毒の粉が振り撒かれている。
 今、喋ったらまずい。それも、とてつもなく、非常にまずいことは、シオンも重々承知していた。
 シオンは心の中で毒づきながら、硬直している精霊に向けて叫んだ。
「バカ! 逃げろ、早く!」
 呆けていたサラマンダーは、その声で我を取り戻し、姿を消した。
 大声を出して息を吸わないように、とは、土台無理な話だ。シオンは気色悪い色の花粉をしこたま吸い込んで、むせて激しく咳き込んだ。目が回り、ひどい船酔いをしたように地面がぐにゃりと揺れた。
「あ、やば」
 伸びた蔓が、シオンの首に絡みついた。固い蔓に首をぎりぎり締め上げられ、そのまま持ち上げられて足が地面から離れた。蔓にナイフを突き刺そうとする手から、ぱたりと力が抜けた。ナイフが手のひらから落ち、意識は薄れて、間もなく消えた。


 ◆

 
 嫌な予感に襲われたジュンは、リュオン街道を急ぎ走って、ローラントサイド台地へ向かっていた。精霊スポットとしてバドがシオンに教えた場所であり、おそらく彼が向かった場所である。
 ガイアとの別れ道を北へ進むと、出現スポットでもないのになぜかサラマンダーがいた。身体の炎を揺らめかせ、焦った様子でジュンを手招きする。
「なに、こっちだって?」
 サラマンダーの先導を受けて追いかける。ローラントサイド台地の方向だ。
 ジュンの野生の勘は、やはり当たった。
「なにあれ、超巨大バドフラワー!? あんであんなになっちゃったの!?」
 ジュンはドン引きした。見た目はバドフラワーで間違いない。間違いないが、どう見てもサイズがおかしい。普通に(というのも妙な言い方だが)巨大ボスクラスの大きさである。
 で、探しに来た人物だが。
「ひぃいいいいいいい! シオン君――――! 今にも食べられそうー!!!」
 巨大バドフラワーの蔓に、おもいっきり取っ捕まっていた。足首をつかまれ、逆さの宙づりにされて、今にも喰われそうになっている。ジュンは真っ青になって両手を振った。
「大丈夫!? 生きてる!? おーーーーーい!」
 返事はない。あと、遠目に見ても明らかに顔色がヤバい。
「この、離せ!」
 どうにか離させようと魔物の胴を思いきり蹴ったが、魔物は地面にがっちり根を張っているのかびくともしない。
 ジュンは背負っていた大剣を両手で握り、大きく振りかぶった。膂力に任せ、斧のように横薙ぎにたたきつける。大木を倒すがごとき激しい振動で魔物の巨体が揺らぎ、そのはずみで、魔物はつかんでいた獲物を取り落とした。
「わ、わたたた!」
 汗をかきつつ、ジュンは前後しながら位置を定め、落ちてきたシオンを無事受け止めることに成功した。
「シオン君! 大丈夫、しっかりして!」
 一度魔物から距離を取り、地面に横たえて何度か呼びかける。
 生きてはいる、が、やはり反応はなし。異常な顔色の悪さは、毒かなにか吸ったのか。
 完全にシオンの意識がないと知ったジュンの、目つきが変わった。
……よくもやりやがったな、この野郎……
 恐ろしく低く、どすの利いた声だった。優しい印象の目はすっと細められ、眼光鋭く魔物を睨みつける。怒気と殺気が全身に満ちていた。
 普段のジュンは、人一倍人当たりが良い。温厚で誰にでも優しく、笑顔を絶やさず、英雄として模範的な性格をしている。そのように他人からは思われているし、それは事実ではある。
 だがそれは、彼の、後付けされた性質である。
 他者に疎まれないように、排斥されないように。人の輪から外れずにいられるように。ある意味後ろ向きな想いとともに、ジュンがそうあろうとした結果だ。
「さっきから、キィキィうるさいんだよ! すこしは黙ってろ!」
 ジュンは巨大な大剣を片手で拾い上げ、大股で距離を詰めながらそのままの勢いで振り抜いた。
 肉厚の刃に強引に叩き切られ、極太の蔓がまとめてちぎれて宙に飛ぶ。本体から切断されもすぐには死なないのか、斬られた蔓が土の上でびちびち跳ねた。すかさず、ちぎれた本体側の蔓がジュンの手首に巻き付いた。
「邪魔!」
 本体を乱暴に蹴りつけながら、強い力で絡みついてくる蔓を、それ以上の怪力で引きはがす。蔓はジュンの握力で潰れ、緑色の汁がしぶいて飛んだ。
 ジュンの戦いぶりは、剣士というよりさながらケダモノだった。
 魔物を引きちぎり、叩き潰し、大剣で破壊する。
 巨大な大剣は、敵を斬るというより殴る、あるいは叩き切るに近く、魔物の身体には無数の打撃痕がつけられていった。
「そろそろ、とどめ」
 ジュンが必殺技の構えをとる。大地の力を借り、土から無数の槍を生み出す技。
「大地噴出剣!!」
 散々ボコボコにされ、弱っていた魔物は、おろした根ごと土から掘りあげられて、勢いよく転倒した。乱暴な扱いに加え、力に任せすぎて、ジュンの大剣が根元から折れた。
 ジュンは構うことなく折れた剣を放り出し、倒れこんできた魔物の頭を両手でつかんだ。
「二度と人なんか喰えないように」
 力を込めた指が、魔物の体表に深く食い込んだ。
「永遠に死んでろ、クソ野郎!!!」
 ジュンは巨大な魔物を持ち上げて、力任せに叩きつけた。口ばかりの頭は引きちぎられてジュンの手元に残り、魔物の胴体は離れて飛んだ。



 バドフラワーを倒したジュンは、急いでシオンに駆け寄った。
「シオン君、シオン君、大丈夫?」
 友人を案じるその顔はすでに、いつものジュンである。そしてシオンは、あいかわらず全く動かない。
 蒼い顔で何度か呼ぶと、シオンがうっすら目を開けた。よかった、生きてた。
 気がついたとは言っても、シオンの意識はおぼつかないらしい。朦朧状態のまま、口がぱくぱく動いている。不明瞭でよく聞こえず、ジュンは耳を寄せてみた。声はかすれており、しかも小さすぎて聞き取りにくいが、確かに何か言っている。
……ゴリラが助けに来た夢を見た」
「?」
 意味が分からん。
「でかい大剣持ってるゴリラが片手で剣振って、でかいバドフラワーを手で引きちぎっているんだ。言葉をしゃべって必殺技まで使うなんて、よく訓練されたゴリラだなって」
 ジュンは真横に倒れそうになった。
「あのね、シオン君。それ多分、僕」
「まだいたのか。ありがとう、ゴリラ」
「ジュンだよ」
 どうやら、シオンにはジュンがゴリラに見えているらしい。毒の影響か知らんが、どういう幻覚だ。
「心配したんだよ。シオン君、一人で出かけて帰ってこないっていうから」
 出かけ……? と、シオンは虚ろな目をして呟いた。自分の状況がよくわかってないようだ。
「そうだ、俺……楽器作ろうと思って、ずっと迷っていたんだ……お知らせのメロディをノーリツにしようかリンナイにしようかって」
「シオン君……本当に大丈夫かい……
 これだけ喋れているところからして命に別状はなさそうだが、違う意味でどう見てもダメだ。キャラが完全に変わっている。ついでに何か受信している。
「どうしよう、自然に治るのを待つしかないかなぁ……
 古い時代には、毒や麻痺を直ちに抜いてくれる奇跡の薬草があったらしいのだが、今のファ・ディールにそんなものはない。
 とりあえず、ここにこのままいるわけにもいかず、ジュンはシオンを連れ帰ることにした。ゴリラだの風呂だのブツブツ言っている彼を背負って立ち上がると、近くに赤い精霊がポンと出現した。
「あ、さっきのサラマンダー。ありがとね」
 ジュンがにこっと笑うと、サラマンダーが手を出せとジェスチャーしてくる。ジュンが言われたとおりにすると、虚空から金銀二枚のコインが落ちてきて、ジュンの手の上にしっかり収まった。
「なんだい、僕にくれるの?」
 違う、とばかりに、サラマンダーが怒り顔で炎を揺らした。ジュンに示すように、地面の片隅を指さす。見ればそこには岩が砕けたような痕跡があり、そのそばに汚れてしまったフルートが落ちていた。
「ああ、そうかぁ」
 ジュンは自分の背中に目をやって、ふにゃりと笑った。
「君があげたい人に、渡しておくね」
 ジュンの言葉に納得したらしい。サラマンダーは身体の炎をもう一度燃え上がらせて、姿を消した。
 なお、毒の件である。ちょうどよく帰り道の近くにガイアがいるので、相談してみた。
「普通の毒同様、時間経過で治るであろう。ただ、普通の個体よりしつこい毒のようなので時間もかかる……まあ、明日くらいには」
「つまり、明日までこのままなんですか」
 さすがに可哀想すぎないか。
「ゴリラ優しい……ゴリラの背中、あったかい……
「ジュンだよ」
 複雑な気分で言い聞かせながらも、シオンがジュンの戦い方を見ていなかった様子なのには正直、ほっとした。
 ガイアの至言は正しく、毒の効果が切れるのに一晩かかった。シオンが元に戻るまで、ジュンは彼にゴリラと言われ続けた。