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しちろ
2024-08-19 15:29:18
3000文字
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LOM・宝石泥棒編
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その後の宝石泥棒編
『いつかの宝石泥棒編』の後日談。一つの未来のカタチ。
蛍姫様のことをよろしく頼む。
それだけの、たった一言。
宛名のない、ごく短いメッセージが届いたのは、煌めきの都市がよみがえってしばらくしてからのことだった。
用向きあって、カイが煌めきの都市を訪ねたある日のことだ。
「予告状
……
!」
玉石の座のすぐそばに、白いカードが落ちてきたとき。瞬時に表情を険しくした瑠璃は、すぐさま上空へと顔を上げた。
だが、何もいない。
亜麻色の髪の青年の姿はもちろん、彼とともにあったカンクン鳥の姿さえ。
警戒しながら予告状を拾い上げた瑠璃は、書かれた一文を黙読して、もう一度空へと視線を投げた。
「サンドラ
……
アイツなりに、珠魅のこと
……
」
瑠璃の声が、柔らかな風に溶けて消えていく。
カイがあとから聞いた話では、瑠璃は玉石の座でアレクサンドルと激しくやりあったらしい。結果的に命を落としたのは瑠璃だったが、実際はほとんど相打ちだったという。おそらく最後の、宝石泥棒からのメッセージを読んだ瑠璃の目には、哀切混じりの複雑な色が浮かんでいた。
煌めきの都市を出て、彼と連れ立ち、ドミナの町に向かう。
すると、教会の前で警部に会った。相変わらず職務に追われているらしく、くわえ煙草で熱心に手帳をめくっている。
「あ、ボイド警部!」
カイが気付いて手を振ると、警部が驚き顔でカイと瑠璃を見た。たちまち顔を真っ赤にして、両腕を振り回し駆け寄ってくる。
「瑠璃くん、無事だったかね! もう一人は!」
もう一人とは当然、真珠姫のことだろう。
瑠璃がパートナーの無事を伝えると、警部はほっとした顔を見せた。長らく姿の見えなかった瑠璃と真珠姫を、ずっと気にかけてくれていたらしい。
「真珠なら安全な場所にいる。だから、心配しなくていいぜ」
「そうか。なら、いいんじゃが
……
あの娘、特別サンドラに目をつけられているようじゃから
……
」
警部のぼやきを聞いたカイと瑠璃は、つい互いの顔を見合わせてしまった。ボイド警部は宝石泥棒の目的も正体も、珠魅一族の顛末も知らないのである。珠魅一族が涙をとりもどし、千人が甦ったことも。
一呼吸おいて、瑠璃が告げた。
「宝石泥棒は、もういない」
警部の口から、パイプが落ちた。
「まさか」
「勘違いするな、そういう意味じゃない」
「
……
なんじゃ、そうか」
警部の肩からあからさまに力が抜けた。彼らしいなぁとカイは思う。罪は憎んでも誰かを憎める男ではないのだ。警察官として珠魅殺しを追うと同時に、彼個人としてはサンドラを気にかけてもいた。
サンドラの無事を知った警部は、じゃがワシは諦めんぞと息巻きだした。
「ヤツが世界のどこかで生きているなら、ワシが地の果てまで追いかけていく。ヤツを、この手で逮捕するまでな。宝石泥棒サンドラめ
……
! ワシが必ず、必ず捕まえてやるぞ
……
!」
頭からぷんすかと湯気を出し、街の彼方へと消えていく。その小さな背を、カイと瑠璃はしばらく目で追っていた。
「ボイド警部
……
」
これでよかったのかどうなのか。彼が目的を果たす日が来るかは、限りなく難しいかもしれない。
カイの心境を察してか、瑠璃がぽつりとつぶやいた。
「
……
これでいいんだろうな、きっと」
「うん
……
」
また、数日が経った頃だ。
カイがドミナの噴水公園に行くと、ベンチに腰かけたシオンが新聞を読んでいた。軽く声をかけ、彼の隣に座る。
「キミ、ここ好きだよね」
「静かだから」
新聞に目を走らせながら、こちらを見もしない。愛想のない態度はいつものことなので、カイももう腹は立たなくなってきた。たしか、シオンが初対面の瑠璃に絡まれていたのもここだったような。
「こないだボイド警部と瑠璃とさ、こんなことあって」
かまわずカイが話すと、ひとしきり聞き終えたシオンが返事を返してきた。聞いてないようで聞いているのも相変わらずだ。
「珠魅は今、涙をとりもどしたばかりで難しい時期だ。今の珠魅に他種族を受け入れる余裕はないし、この状況で部外者に詳しい事情を話すわけにはいかないだろう。都市でもそういう話になったんじゃ?」
「うん、そうなんだけどね
……
」
やはり警部には少し申し訳ないような、気の毒な気がしてしまう。
彼は苦境の珠魅に対してもっとも心を砕いてくれた人間の一人だ。せめて珠魅に明るい道筋が見えたことくらいは話してあげたいのが、カイの本音ではあった。
新聞に視線を落としたまま、シオンが言う。
「別に、お前が焦らなくてもいいと思うけど。これからじっくり都市を立て直して、いずれは新しい世代が先頭に立って
……
いつかは珠魅たちだって、これまでと違う生き方を選ぶ時が来るかもしれない」
「違う生き方
……
か」
これからの珠魅を支えていくのはおそらく、瑠璃やエメロード、外界とつながりを得てきた珠魅になるだろう。
「いつになるかな」
「わからないけど。それは瑠璃たちが決めればいい」
そうだねとカイは同意した。珠魅たちが未来を模索する中で、もしも自分たちにできることがあれば手を貸せばいいのだ。
「ところで、シオン。さっきから何の新聞読んで
……
げっ!」
カイが横から覗いてみれば、なんと、帝国の新聞である。帝国
――
エナンシャルク帝国は海の向こうにある大国で、軍の保有する火力船でもない限り、行き来は難しい。もちろん新聞など、ドミナのような田舎町で入手できる品ではない。
どうやって手に入れたのか尋ねると、行商が持ってきていたと返答があった。
「大したものだな。夏に街道掃除してから、こんなものまで届くようになるなんて」
「まぁねえ。しっかし、キミもよく見つけるなァ、そんなん」
街道の往来がスムーズになるにつれ、ドミナでも各地の特産品や食料が流通するようになったが、シオンの興味を引いたのは異国の新聞だったらしい。
読む? と差し出されたカイは、黙って首を横に振った。この大陸と帝国のある大陸、両大陸の言語自体は共通だが、細かな部分や言い回しが微妙に異なっており、慣れていないと読みづらい。
「ためしに読んでみればいいのに。けっこうおもしろいこと書いてある」
「え?」
カイがキョトンとすると、シオンが新聞の見出しを読み上げてくれた。
由緒ある貴族邸。秘蔵のアクアマリン、盗まれる!
謎の女怪盗。
厳重な警備をすり抜け、誰も傷つけない、鮮やかな手口。
カイはシオンの顔をまじまじ見てしまった。
「
……
ボイド警部に教えてあげたら、喜ぶかな?」
「そんなことしなくても、あの人のことだから、すぐに自力で行きつくだろ」
シオンとそんな会話をするうちに、遠くの方から、ドミナ中に響く大声が聞こえてきた。
「よくもやりおったな、サンドラめーーーー! 今度こそ、必ず! 必ずワシが捕まえてみせるぞ!」
「
……
思った以上に、すぐだったみたいだね」
カイは苦笑いしながらぽりぽりと頬をかき、シオンは淡々と新聞を折りたたむ。
ネズミの警部が頭からぷんすか湯気を立てて、走っている姿が目に浮かぶ。
哀しい時代は一つ終わり、新しい時代の扉が開きはじめる。
煌めきの都市の瑠璃から、失われたアクアマリンが戻ってきたと連絡があったのは、宝石盗難の記事が上がってから数日後のことだった。
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