しちろ
2024-07-25 19:14:06
2314文字
Public LOM
 

LEGENDからVISIONSへ

マイホーム、主人公とサボテン君。VoM記念。マナの新緑祭参加作品。

 近頃、大樹の下にある自分の家では、些細な異変が起きている。
 『異変』なんていうと大げさか。起きているのはごく些末なこと。
「あれ、まただ」
 物がなくなるのだ。といっても貴重品や金目の品ではなく、飴だとか水瓶の中身だとか少しの傷薬だとか、そんなものばかり。そして今は、書き物をしようとして気がついた。
「コロナ、バド。ここに置いてあった地図、知らないか。それからペンとインクも」
 書斎のドアを開けて居間に声をかけると、森人の双子はそろってこちらを向いた。鏡写しに瓜二つの、呆れたような顔をして。
「えー、師匠。またぁ? 昨日はカンテラと油がないって言ってなかったっけ」
「どーせ、自分でどっかにやっちゃったんでしょ。なんでもかんでも出すだけ出して、片づけはテキトーなんだから。そこの書斎なんかいくら片付けてもキリないじゃん」
「書斎もだけど、作成小屋ン中どうにかしてよ。師匠が作ったやつ、武器なんだか楽器なんだかゴミなんだかわかんねーし」
……
 自分という人間は、そこまでひどいだろうか。
 ただ、最近の一連の失せものに関しては違う。昨晩、地図は書斎の机に広げて置いたし、万年筆はペン立てにきちんと立てた。インク壺はそもそも動かしたことがない。……作成物に関してはノーコメントで。
……はずなんだけど」
 ちょっと自信はない。少なくとも、地図やペンの行方を双子が知らないことはわかった。
 奇妙な失せものは翌日以降も続いた。
「コロナ、バド。ここに置いてあった……
「ええ~! 師匠、今度は何失くしたの?」
 しまいには双子に『だらしない師匠』のレッテルを貼られ、針のむしろになりながら数日が経過した頃。ついに犯人が見つかった。
「なるほど、君だったか」
 小さな『犯人』の顔には、いつも通りの無邪気な笑顔が浮かんでいる。
 同居人(?)の一人、サボテン。なぜわかったかって、彼の鉢の裏に見慣れないリュックが置いてあり、その中から失くしたと思っていた品々がごっそり出てきたからだ。パンパンのリュックを開け、順に出して並べてみる。地図、万年筆とインク。カンテラ。使いかけのノート。水筒。じょうろに、肥料まで。いつの間に……
「サボテン。どこかにでかけるつもりか?」
 するとサボテンはこちらを見上げ、少しもじもじしてから答えた。
「ぼくはしばらく、たびにでます」
「たび?」
 聞き返したけれど、恥ずかしがり屋のサボテンはそれ以上喋ろうとはしない。
 もしかしてと思って柱にかけてあるサボテンの日記をめくってみると、内容が更新されていた。



 ごしゅじんへ

 ごしゅじん、こんにちは。ほんじつもいいひより、いいふぁ・でぃーる、いいこまけだら。
 ごきげんいかがでしょうか。さぼてんはきょうもげんきです。まことにかってながら、まいほーむからいろいろおかりしました。
 とつぜんですが、ぼくはこれから、たびにでたいとおもいます。
 ごしゅじんもまだいったことのない、だれもしらない、あたらしいせかいです。
 とおいとおいばしょです。きっと、とてもながいたびになるとおもう。
 でも、ふしぎなものですね。それが、きっとすてきなたびになるって、いまからぼくにはわかるのです。
 そこにはたくさんのであいがあって、わくわくがあって、たのしいことがあって、もしかしたら、つらいことやかなしいこともあるかもしれない。
 すてきなけしきをみつけたいとおもいます。ひや、つきや、かぜや、きや、はじめてのせかいを、こころにいっぱいかんじたいとおもいます。
 すてきなひとに、であいたいとおもいます。やさしいひとや、つよいひと、えがおのすてきなひと。がんばってるひと。なやんでるひと。
 いろんなひとに、いろんなおはなしをきこうとおもいます。たくさんにっきもかこうとおもいます。
 ぼくのしらないこと、たくさんしれたら、せかいをすくったきになれるかな。すくったきがするだけで、じゅーぶん。
 ところで、よくしっているひとに、あらためておてがみをかくというのは、なんだかとてもてれるものですね。でへへ。

 サボテンより


 日記を閉じてサボテンを向くと、彼は相変わらずこちらを見てのほほんと笑っている。無口でシャイな彼だけど、内面は冒険心と好奇心にあふれていることはよく知っている。こうと決めたら行動的でけっこう頑固なことも。
「しばらく……ということは、いずれは帰ってくるんだね」
 先ほどの発言を、確認してみる。サボテンはやっぱりにこにこ笑っている。たぶん、サボテンの気持ちはとっくに決まっていて、そして彼の心は一足先に旅に出ているのだろう。かつて、自分が初めてこの世界に旅立った日も、そうだった。
 だったら、自分にできることはひとつしかない。
「行っておいで。いつまでも待っているよ。そのかわり、旅から帰ってきたら今度は君の話を聞かせてくれるかな」
 以前の自分が、サボテンに旅の話を聞かせたように。
 そう言うと、サボテンがニコッと笑った気がした。
 さて、床に並べた物品はどれも、自分の使い古しだ。万年筆のペン先は取り換え時だし、インクやノートは減っている。長い旅になるなら、きっとこれからたくさん使うだろう。
 一度書斎に行くと、新品の万年筆とまっさらな日記帳、それから新しいインク壺を出してきて、リュックの中に入れてやった。サボテンの願い通り、いいヴィジョンが見られるように。

 次の日。
 サボテンの鉢は空になり、リュックはなくなり、残された日記には「ありがとう、いってきます」の一言が足されていた。