しちろ
2024-07-25 19:11:35
4824文字
Public 聖剣3
 

今宵、月の下で二人

ワンライ。デュラアン。

 草原の国フォルセナで迎えた、とある日。
 穏やかな午睡から目を覚ますと、こんな書置きがあった。

 アンジェラへ
 待たせたな。
 今日まで時間がかかっちまったが、ようやくお前との決着をつける時が来た。
 今宵、月が高く昇るシェイドの刻、フォルセナ城門前で待つ。
 誰にも告げず、一人で来られたし。
 デュラン

 味も素っ気もない、仲間の剣士からの短いメッセージを、アンジェラは何度も読み返してみる。もちろんそれで内容が変わるわけはない。
 引っかかる。全てにおいて引っかかる。……が、まあ、ときめかないでもない。いいムードかもって思うことが増えた気がするし、夜のお城で二人きりなんて、もしかしていよいよ? とか、期待したくなったりしなくもない。
 だが、宿主と一緒になって読んでいたフェアリーは、追記を見て唖然とした顔を見せている。
……果たし状?」

 追伸
 激しい動きに支障のない履物および服装で来ること。

 私はアイツの仇か。
 アンジェラは思いっきり額を押さえた。差出人が差出人だけに否定できない。
「月夜のフォルセナ城で、武装した赤い魔法使いと傭兵の剣士が二人きり……
 推理中の探偵みたいな顔で唸っている、ああ、フェアリーのバカ。「どっかの魔導師みたいね」とか言わないでよ。私もちょっと思ったんだから。



 問題のメッセージを受け取って数時間。デュランに指定された、約束の刻を迎えた。
 完璧に装備を整えたアンジェラが城門前に到着すると(なお、準備中「なんだかんだ律儀でエライ」とフェアリーに褒められて泣きたくなった)、完全武装のデュランが待っていた。肩をいからせて腕組みをし、冴え冴えと青い月明かりに白銀の鎧を浮かび上がらせている。腰には聖騎士の象徴であるブレイブブレード。
 対するアンジェラは、最上位の魔法使いを示す真紅の衣。到底歩きやすいとは言えない、細いピンヒールを颯爽と履きこなし、石畳を高々と鳴らして歩み寄る。
「来たか」
「ええ」
 仁王立ちするデュランの真っ向に立ち、アンジェラはぐっと見据える。
「お望みの通りの格好で来たわ。さあ、要件はなにかしら」
 問いには答えず、デュランは天を仰いだ。聖騎士の鎧に似た色の、白銀の満月だ。
「好い月だよな。こんな夜をずっと待っていた」
 踵を鳴らし、アンジェラに向き直る。
「最終決戦の前に、お前とオレ、決着をつけさせてもらいたい。一戦、お相手願えるだろうか」
「へえ。そんなことのためにわざわざ? 敗北するために私とやりあおうだなんて、いい覚悟ね」
 片腕を腰に当て艶美に微笑みながら、アンジェラは心で泣いた。もう駄目だ。完全に決闘だ。これ。
 ありがたいぜと言いながら、デュランはアンジェラに一歩近づく。鎧を着込んだ身体が間近に立ちはだかり、アンジェラの目から夜空と月を隠す。次の瞬間。
「えっ!?」
 アンジェラは脳みそが沸騰しそうになった。
 デュランは厳かにアンジェラの前にひざまずくと、アンジェラの片手を恭しく取り。そしてゆっくりと顔を近づけて、手の甲に口づける……ふりをした。
「あ、あの、あの、あのあの、ちょっと!?」
 王女らしく受け入れることも取り繕うこともできず、ただ叫ぶ。だってだって、このシチュエーション。まるで絵本に出てくる、王女と姫に仕える騎士だ。いやまあ、実際に姫だし騎士だけど、そういう問題じゃない。
 どぎまぎするアンジェラに、なんてな、とデュランは年相応の表情を浮かべて言った。
「騎士ってのはこうやるもんだろ? オレもまだなり立てで、よくわかってねえけど」
 大混乱状態のアンジェラは、もっとわかってない。
「頼みがある。アンジェラ。オレと一曲、踊ってくれ」
「え?」
 いつかの日のリベンジだよ。デュランは、聖騎士らしからぬ悪い顔でニヤッと笑った。どこからともなく、透き通るような笛の音が聴こえてくる。
「あの日もこんな月だった。満月の夜に一曲願う騎士ってのも悪かねえだろ?」
 もう一度、オレと勝負してくれ。
 そう言われて、アンジェラはとある夜のことを思い出した。
 だが、すぐには返事ができない。顔も身体も、果ては耳まで、火傷しそうに熱くなっている。



 それは数か月前。
 アンジェラとデュランが、冒険を始めたころのことだ。
「一曲、踊ってよ」
 ある月の夜、アンジェラがデュランに誘いをかけた。当時のアンジェラは駆け出しの魔法使い。デュランは無骨な戦士だった。
「楽隊でも来てるのか、それともお祭りでもやってるのかしら。いい音楽、聞こえてくるでしょ? せっかくだから、一曲いかが?」
 柄じゃねえよと言いつつ、何度か頼むとデュランはしぶしぶ応じてくれた。互いに手を取り一礼すると、ステップを踏みはじめる。ところがデュランときたら、足さばきもリズムもめちゃくちゃで、不器用なことこの上ない。アンジェラが何度コツを教えても、すこしも上達する気配もない。
「アンタ、びっくりするくらいへたくそねえ」
 踊りながら、アンジェラが呆れて言えば、見りゃわかるだろとデュランが睨む。
「オレは生まれてこの方、剣一筋なんだよ。ダンスなんかしたことねえし、ワルツなんかとんでもねえ。盆踊りすらまともに踊れねえんだぜ」
「ぼんおどり?」
「オレの国の名物だよ。夏になると祭りでみんなでやんだよ。オヤジもてんでダメだったからきっと遺伝だ、遺伝」
 言ってるそばから大きくバランスを崩し、躓きかける。
 ぼんおどりはよくわからないが、デュランはフォルセナ一の剣士だ。運動神経は人並外れているはずだし実際そうなのだが、ターンをすれば足はもつれるし腕はふにゃふにゃしてタコみたいだし曲にはあってないし、動きはマシンゴーレムみたいにカクカクしているし。リズム感とセンスが壊滅的らしい。
「ああ、クソ! いくらやってもちっともできねえ! なんだこりゃ!」
「もう、アンタってば、ホントに下手ねえ!」
 とうとう、アンジェラは笑いだしてしまった。
 思いきり笑われてデュランは拗ねてしまったけれど、アンジェラにはひどく楽しくて。故国のアルテナでは、息の詰まる日々だったから。仲間とのなんでもない、こんな時間がとても楽しくて。



 満月の下、二人で踊る聖騎士と魔導士と。
 デュランはそつなくアンジェラをリードし、アンジェラは気がつけばするすると舞い、くるりとターンをさせられている。頬を染めながらも、アンジェラは内心舌を巻いた。いつかの夜がまるで別人のように、見事な足さばき、リードの仕方、余裕の表情。文句のつけようがない。
 魔女が騎士に身を委ねるように踊れば、デュランがぼそりと告白する。
「ずっと前にさ、全然踊れなくてよ。オレ、けっこう悔しかったんだぜ」
……あの時は悪かったわよ、思いっきり笑っちゃって」
「いや、あれは、あの」
「なによ?」
「いいだろ、なんでも!」
 ぷいとそっぽを向く、デュランの顔が妙に赤い。なんなんだ。
「いつの間に、こんなにうまくなったの?」
「特訓したんだよ。お前が寝た後、内緒で……
 剣の修行と同じくらい頑張ったかも、と言いながらデュランは付け加えた。
「ホークアイと」
「えっ?」
 デュランは語った。知られざる、激闘の日々を。



 銀色の月夜の下、騎士と盗賊二人きり。一人は静かに立ち、一人は厳かにひざまずいて恭しく手を取って。
『親愛なる姫君、さあ、お手をどうぞ。こう、優しくエスコートしてサ。もう片方の手は、さりげな~く腰元に回して……
 言えるか、そんなくそ台詞。そんなんてらいもなく言えるのは(しかも、気障ったらしく赤いバラを差し出しながら、だ!)ファ・ザード中でてめえくらいだ。
 しかし、この盗賊。どこで覚えたのやら、彼の舞はため息が出るほど完璧で。スタイルの良さと端正な顔立ちも相まって、誘い方からステップ、体捌き、一つ一つの挙動が腹立たしいほど絵になるのである。
『おい、まだ付き合ってもない男と女がこんな密着していいのかよ。アンジェラだぜ、あの気の強ぇえ女だぜ。よくてロッドで殴られるか、下手したら魔法が飛んでくるんじゃねえか?』
『チッチッチ。キミって男は、つくづく女心がわかってねえなあ。それに、レディと踊るダンスっていうのはサ……って、痛ってぇ! 何度踏めば気がすむんだよ、絶望的にセンスないな! もう少しこうさ、男としてテクを磨いておかないと、いざってときにだなぁ』
『うるせえな。なんの話だよ! お前が言うとなんかいやらしいんだよ』
『なんのって、ダンスの話に決まってるだろ? え~、やだなぁ、何を想像しちゃったのかなぁ? 若いねえ青春だねえ思春期だねぇ、デュランクンたら』
『てめえはオレと同い年だろうが、さっきからうるせえよ、ホント!』
『あーあ、ヤダヤダ。せっかく呆れるほどニブ~イ友人を心配して、こんな時間まで付き合ってあげてるってのに。短気な男はモテねえぜ、ドへたくそと甲斐性なしも』
 本気で殴ってやろうか。
『男は黙って仕事するもんだろ。盗賊なら盗賊らしく、黙って相手しやがれ』
『へえ、へえ。キミってやつは、この期に及んでそういうことを言いますか』
 男役を務めるホークアイは、デュランをくるりと回し、自分の腕を彼の腰元に回した。そのまま強く引き寄せる。気がつけば遠心力に振り回されて、デュランは抵抗する間もなくホークアイの腕の中に納まっていた。
『彼女の、踊りの相手。キミがオレに任せなかった理由くらい、お見通しだよ』
 吐息がかかるほど近い距離、囁かれる低くて甘い声。
『バッ!』
 デュランが顔を真っ赤にして飛びのくと、ホークアイは悪びれる様子もなく、ペロッと舌を出した。
『な? ドキッとしたろ?』
 片目をつぶるホークアイに、今度こそデュランは一発かました。
 それはともかく、男同士のワルツ、男同士のチークダンス、そして男同士の痴話げんか(らしきもの)である。見てはいけないものを見てしまった通行人が、二人を遠巻きにしながらひそひそやっている。



「やだぁ! アンタたち、何やってんのよ!」
 話を聞いたアンジェラは爆笑した。こんなことを連日連夜繰り広げていたとか。想像するだけで腹が痛い。
「チクショー、笑いたきゃ笑えよ。これでもオレなりに必死だったんだよ」
 デュランは、お前にだけは後れを取りたくなくて……などブツブツ言っている。本気で悔しかったらしい。
「あっと、ごめん。一生懸命、がんばってくれたんだものね。笑っちゃいけなかったかしら」
 謝るアンジェラだが、目尻には涙が浮かんでいる。それを指で拭って、アンジェラはデュランに笑いかけた。騎士に身を任せ、風と一体になるダンス。この上なく愉快で、気持ちが良い。心が躍る。
「今のダンスも、さっきの誘いも。ずっと前に踊った、最初のダンスだって。私はどれもうれしかったわよ。今だってとても楽しいの。たとえアンタには、勝負や真似事だとしてもネ」
 先の、踊りの前の、騎士の誓い。デュランは、本当にはキスをしなかった。アンジェラには少し残念な気もしたけれど、変に律儀な彼らしいと言えば彼らしい。
「あ、えーと、それはだな。そういうことはやっぱり、きちんと相手の気持ちを聞いてからでねえと、悪いしよ……
 アンジェラは頭の片隅で思った。そりゃあれか。某盗賊が、どこぞの金髪のお姫様にその場の勢いでキスした件か。
「相手に聞くって、どういうことよ?」
 こういうことだよ、とデュランが言い、アンジェラの世界がくるりと回転する。
 そして気づけばアンジェラの身体はデュランの胸の中にすっぽり抱き留められていて……出会った日から一番近くに、彼の顔があった。