しちろ
2024-07-25 19:10:14
1537文字
Public 聖剣3
 

無声

ワンライ。ホークリ。

 もっと嫌な人だったらよかった。もっと、憎らしい人ならよかった。
「リース、疲れてないかい?」
 街道の標識を見て、ホークアイが後続の私を振り向く。
「次の街まで、あと一息ってとこみたいだな。さっきの戦闘の傷は? 大丈夫かい?」
「は、はい。私なら、大丈夫です……回復アイテムもいただきましたし……
 そうかい、と言って、ホークアイは背中越しに小さなものを投げて寄越した。とっさにキャッチしてしまう。
「もうじき着くったって、あと一時間は歩くぜ。念のためにもう一個」
 私の手の中に、まんまるドロップが収まっている。
 本当は、負傷した足が少し痛んでいた。隠していたけれどバレていたようだ。情けなさと申し訳なさを覚えながら、包みを開けて口に放り込む。甘酸っぱい。
 ホークアイは、よく気がつく。仲間を、状況を細やかに見ている。職業柄……なのだろうか。誰よりも先を読み、次々降りかかる難題をいかに切り抜けるかを考えている。商人との取引や交渉事などにも明るく、頼りになる。仲間……そう、仲間だ。
 最初は、軽薄な人だと思った。
 初対面の彼は、自分が旅に出た理由、そして自国で何が起きているかを私に語ってくれた。重すぎる内容に比べれば幾分軽い口調で、ときおり、ジョークを交えながら。

『あなたの話で、悪いのはイザベラっていう人だってことがよくわかったわ……

 正直、よく冷静に言えたと思う。……いや、ちっとも冷静なんかじゃなかった。感情が高ぶり爆発しそうだったのを、こぶしをきつく握り締め、彼の代わりに地面を睨みつけて辛うじて堪えていた。
 イザベラ。それが父の仇であり、本当に討つべき相手。倒すべき、相手。
 敵とばかり思っていたナバールもまた、被害者。彼らは操られていただけで、望んでローラントを襲ったわけではなかった。
 頭では、わかっている。けれど、どうしても混同してしまう。黒幕がイザベラであっても、私の父を斬り、仲間を、国民を殺したのはナバール兵であることに変わりはなかったからだ。
 あれから毎晩、夢に見る。父の無残な死も、斃れていく国民たちも、燃える城も、みすみす弟を奪われた自分のふがいなさも。
 初めて会ったとき、そうとは知らなかったホークアイは故郷の誇りを語り、そして私がローラントの王女だと知ると、二度と口にすることはなくなった。ナバールの一員として、責任を感じているのだと、思う。彼が責任を感じる必要はないのに。
 彼の内面が、表向きの顔とは少し違うことも、なんとなくわかってきた。彼はいつでも、仲間のさらなる凶行を止めるため、そして故郷に残した大事な人を救うために戦っていた。
 そう、わかっているのだ。
 頭では、わかっている。
 それでも、いやでも目に入る。仇敵の国の衣装。褐色の肌。砂漠の民の瞳。ローラントの民を斬ったのと、同じ武器。
 ホークアイ。あなたが、もっと憎める相手ならよかった。躊躇いなく怒りをぶつけられるような相手ならよかった。素直に、敵と思える相手なら。
「リース?」
 立ち止まってしまった私を、ホークアイが再び振り返る。
 ……違う。後ろめたいのは、私自身。亡き父に、私の国の人々に、私の故郷に。ローラントの王女という、自分の立場に。
 彼は、優しい。
 自分でも知らぬうちに、その姿を目で追っている。もっと、話を聞いてほしくなってしまう。……手を取りたくなってしまう。
「あなたは何故……
 ナバールの人間なのでしょう。
……なんでもありません。ありがとうございました。足ならもう大丈夫」
 多くは聞かず、無理はしちゃだめだぜ、と彼は微笑う。
 思わず出かかった自分の言葉は、すんでのところで飲みこんだ。