しちろ
2024-02-25 19:21:49
2489文字
Public 聖剣3
 

夜の底

ワンドロワンライ参加作品。美獣とナバール盗賊団。

 侵食は進んでいる。
「さすがアニキ、今夜もやりましたね!」
「ハハ、見つかったときはヒヤッとしたけどサ。あのおやっさんも、痛い目見て、ちょっとは心を入れ替えてくれるといいんだけどな」
 しっかし、よくまあため込んでたもんだぜ。
 声の主は今宵の成果を掲げて肩をすくめた。忍び装束の仲間が、その肩を乱暴に小突く。
「なにがヒヤッとしただよ、この野郎。こっそり行くかと思えば、ターゲットの目の前で堂々と盗んで逃げてくるんだもんなぁ、一緒に仕事する方こそ冷や冷やもんだぜ」
「そう言うなって、上手くいったろ? しっかし、どこで誰が見てるかなんてわかんないもんだな」
 笑ってウインクする青年――少年と言っていい年頃か、あの若さで盗賊団のエースらしい。
 無邪気にじゃれ合う男たちをテラスから眺め、イザベラは小馬鹿にするように目を細めた。
「誇り高き盗賊団。砂漠の嵐ナバール、か」
 諜報、潜入、隠密行動。他の追随を許さない身のこなし、武術の腕前。精神力。極めて優れた戦闘集団でありながら、義賊を気取るナバール。弱きを助け強きを挫き、不殺を誇りとする。略奪をしない。奪った者にすら情けをかける。馬鹿馬鹿しい。
「愚かだ。自分たちの飲み水一つ確保するにも難渋しているくせに、せっかく手に入れたお宝を、わざわざ赤の他人にくれてやるなんてね」
 どんな美辞麗句で飾ったところでたかが人間、それも盗人風情。所詮はただの簒奪者にすぎぬ。イザベラに共感するところがあるとすれば、欲しい物は持てる者から奪わなければ手に入らないという点くらいか。
 侵食は進んでいる。本来固い結束で結ばれているナバールは、もはや一枚岩ではない。
 もっとも老獪で、強靭な精神を持つ首領のフレイムカーンさえ傀儡とすれば、あとは容易かった。踏み固められた土壌に水がゆっくり浸みこむように、固い岩盤を長い時間をかけて波が削り取っていくように、弱い者からじわじわと取り込んだ。先のフレイムカーンの宣言に賛同する者が多かったのはその証左だ。いずれ自分に反発するであろう者は、その時の反応である程度絞ることができた。たとえばビルとベンだったか。上下関係の厳しいナバールにおいて、絶対である首魁の言であるにも関わらず、首を垂れていた二人がそろって警戒したのが見て取れた。
 ――だが腕がいい。殺すには幾分惜しい。
 我が目的を達するため――主君の悲願を果たすため。そのためにはナバールなど踏み台に過ぎない。利用価値があるのなら、利用するまでだ。
 だが……
「イザベラ……殿」
 イザベラが目を眇める。背後に金髪の人物が立っていた。フレイムカーンが第一子、イーグル。今やフレイムカーンの右腕となったイザベラを、彼は到底歓迎している風には見えない。そんなイーグルを、イザベラはあえて微笑んで出迎えた。イーグルは動作も表情もさりげないように見えて、己の間合いを保っている。隙がない。
「イザベラ殿。先の建国宣言は自分も驚いた。あの演説は、父が自分で?」
 それは私に聞くことではないだろう、とイザベラは笑った。イーグルは笑みを見せない。
「イーグル殿。その目で見、その耳で聞いたのでは? ナバール王国の建国とローラント侵攻はフレイムカーン様がご自分で宣言なされたことだろう。貴殿も知っての通り、この土地はろくな作物が取れず家畜も育たぬ。頼みの綱であるオアシスの水は枯れはじめている。もはや限界なのだ。砂漠の外に資源を求めねば、この国自体が干上がってしまう」
「砂漠の民としてそれは理解できる。今までのナバールのやり方ではいずれ行き詰まる。新たな手段を考える時が来ている。だが父は昔から王制を嫌っていた……いや、憎んでいたはずだ。なによりも、罪なき人々から奪うことを最大の恥と考える人だった。その父がした選択をオレはまだ信じられない」
「それこそ、ナバールの未来を考えてのご判断だろう、息子殿。時に人々に憎まれても、己の信念を曲げてでも厳しい選択をせねばならぬ時がある。上に立つ者というのは、そういうものなのではないか?」
……
 イーグルの反応は芳しくない。彼は、父に改めてみよう、とだけ言い残して立ち去った。
……賢しい子だ」
 長生きのできぬ愚か者というのはいるものだ。勘の良い者、そして下手に賢しい者。
 ナバールに属する者は腕がいい。使いようによっては役に立つ。だが、どうあっても生かせておけない者も中にはいる。あのフレイムカーンの息子はイザベラを明らかに警戒し、周囲を嗅ぎまわっている。
「目障りだな、あのボウヤ。……いや」
 イザベラは、先ほどまで眺めていたテラスへ視線を向けた。
「ボウヤたち、か」

『どこで誰が見てるかなんて、わかんないもんだな……?』

 仲間と語らい笑った、あの瞬間。イザベラと目が合ったあの若者。ウインクと軽快な語り口と――ひょうきんな仕草の裏に隠した、鋭い鷹の目。獣を狙い、射殺すようなあの視線。こちらが気づかないとでも思ったか。
「正義感が強くて中途半端に賢くて……バカな子たち。下手に勘ぐるより、無知で愚かでいる方が、一日でも長生きできるというのに……ね」

『パパ、これは……?』
『砂漠に埋もれた遺跡で見つけたものだ。もはやこれまでかと思ったが、イザベラのおかげで、こうして無事に帰ることができた。……ジェシカよ、これはお前に渡しておこう』
『なんて、綺麗なネックレス……。ありがとう……大事にするわ』
 哀れなジェシカ。絶望していた父の生還に、滅多に見せない父の優しさに涙を浮かべて喜びながら、自らの手で、自分の首に死の呪いをかけた。

 闇夜に獣の瞳を輝かせて、イザベラは踵を返した。
 さあ、この砂の城が完全に沈むのはもうすぐだ。あの方の望む世界のため、あの方の理想のために、邪魔なモノはすべて消えてもらおう。来たるべき闇の世界に、金色に光る猛禽の目など必要ない。利用できる者は利用し、消えるべき者には消えてもらう。
 そのための準備はすでに、整えてあるのだから。