しちろ
2024-02-18 10:32:12
1468文字
Public 聖剣3
 

潮騒

ワンドロワンライ参加作品。ホークリ。仲間としては信頼しているけれどまだお互いに気持ちをさらけ出せていない、そんなころ。

 星が綺麗な夜だった。
 雲のない藍色の空は、光る星屑を一面に散りばめた満天の星。その光は海にまで降り落ちて、波に揺られてはしらしらと光っている。
 空と海、二つの星空。二つの宇宙。
 リースは砂浜の上で膝を抱え、それをただ眺めていた。
 次第に、砂を踏む音が近づいてくることには気付いていたが、そのまま空を見ていた。気配と足運びで誰かは分かったから、警戒はしなかった。
 
「眠れないのかい?」
 思った通りの、人物の声。
 リースはそこでようやく振り向いて、少しだけ微笑んだ。
「ホークアイこそ。こんな時間に、一人でお散歩ですか?」
「盗賊だからね。夜は仕事の時間だったからさ、休業中の今もあまり眠るには慣れないらしい。だから、どうせならちょっと散歩でもしてみようかなって」
 そうですかと言い、リースはまた夜空を見上げる。そして、海で見る夜空は綺麗ですねと言った。
「私、星を見るのが好きなんです。こうして時間を忘れて眺めたり、流れ星を探してみたり、ときには弟と流星群を観察したり……子どものころから、けっこう夜更かししましたから」
「そうなんだ」
「ええ」
  
 リースにつられて、ホークアイは空を見る。
 なるほど、彼女の言う通りだった。
 はるか上空に広がっているのは、この世のどんな宝石よりも美しい、果てしなく広がる星空だ。そして、白い星影を映して揺れる海もまた、水平線の彼方へと続いている。こんな絶景に気付かずにいた自分はすこし可笑しいかもと、ホークアイはリースをちらりと見て苦笑した。夜歩きの砂浜で、彼女の小さな背を見つけるまでひたすら下を向き、歩く砂の感触ばかり確かめていたのだ。
 
 会話が途切れると、潮騒ばかりが大きく響く。
 リースは、星を見ながら亡き国と家族、亡き人々を想っていた。彼の前で言うのは辛いと思った。
 ホークアイは、砂を踏みながら亡き友と変わり果てた祖国を想っていた。彼女の前で言うのは卑怯だと思った。
 
「ああ、本当に綺麗だね。夜空なんて、久しぶりに眺めた気がする」
 砂漠の盗賊は静かに笑う。
「でしょう? 山で見る星も海で見る星も、変わらず美しいです」
 風の王国の姫もまた、静かに微笑む。
 リースがあなたの故郷の夜空はどうですかと尋ねると、ホークアイは遠慮がちに笑って、砂漠の夜も綺麗だよと答えた。
 潮騒は山でも砂漠でも、どちらの夜にも聴こえない。
 
 ――ああ、やはり彼は。
 ――ああ、やはり彼女は。
 
 亡き友、そして砂の国を想っていたのだろう。リースは思った。だって彼は、こんなにも哀しく笑うから。けれどそれを確かめることは、自分にはできない。問えば、彼はまたさみしく微笑うだろう。今だって、砂漠の夜を問うて、よけいに気を遣わせてしまった。

 亡き国、失われた人々を想っていたのだろう。ホークアイは思った。だって星明かりに、頬に濡れた跡が光るから。けれどそれを確かめることは、自分にはできない。それを言えば、気丈な彼女はきっとよけいに心を隠してしまうだろう。……ナバールの自分が尋ねれば、さらに気を遣ってしまうだろうから。
 
「ホークアイ」
「なんだい?」
「少し、一緒にいてくれませんか? 少し、もう少しだけ」
「オレでよければ、いくらでも」
 ホークアイはリースの隣に座り、二人でただ、星を見た。
 空と海と、二つの宇宙。ただ、潮騒だけが聴こえている。
 やがて、リースはホークアイの肩にもたれて目を閉じた。
 潮騒が少しずつ、少しずつ、遠くなった。