しちろ
2023-05-13 23:29:07
5548文字
Public 聖剣2
 

彼は、勇者

聖剣2。ランディ、プリム、ポポイ。モブ注意! 5,500字。

 この世界には血の臭いが満ちている。
「きゃああ! 誰か助けて!」
 マナの減少により世界中の魔物たちは凶暴化し、各地で被害を出していた。

 少女は逃げていた。若い、というよりまだあどけない。十を少し過ぎたばかりの娘だ。
 野に果実が実る季節だった。
 彼女は、村の外で採れるそれらを持ち帰って大人たちを驚かせようと、毎年訪れる場所へ一人で出かけた。手当たり次第に野イチゴを摘み、グミや桑の実を採り。もう少し、もう少しだけ。去年より成長したぶん、欲が出た。
 子どもに許される範囲を超えて、足を伸ばしてしまった――それが間違いだった。
「モ、モンスター……
 出会ってしまった、ジャッカルの群れ。
 あれほど一人で出かけてはいけないと、大人たちに言い聞かされていたのに。

 ――こわい、たすけて。こわい。

 少女の息は完全に上がり、すでに背中には裂傷を受けている。それでも逃げる。捕らえられれば待つのは死だ。しかし彼我の距離は開かず、どころか見る間に縮まっていく。迫りくる魔物の生臭い息遣い。
……ひっ」
極度の恐怖と疲労で足がもつれ、少女はついに転倒した。ああ、もうダメ。迫る一撃を直視できず、少女は固く目をつぶった。

 しかし、無慈悲な一撃が下されることは、なかった。

 ひょう。
 鋭い風切り音がしたと思うや、続けてどすっと鈍く重い音がし、何ががどうと斃れる気配がした。
「危なかったね、大丈夫?」
……えっ」
 思いがけないほど近くから声がした。恐る恐る、目を開く。
 青い服を着た誰かが、彼女を庇うように立っていた。誰だろう、この辺りでは見かけないデザインだ。わからないなりに少女は、その誰かが思ったよりもずっと若く、弓を手にした少年だとすぐに気付く。矢の方はと言えば、今にも少女に襲い掛かろうとしていたジャッカルの眉間に突き立っており、獣はそのまま息絶えていた。
 少年は油断なく目を配り、続けざまに第二、第三の矢を放った。彼がつがえた矢と同じ数だけ、ジャッカルが次々倒されていく。
「やけに数が多いな。それに子育ての季節だからかな、ずいぶん殺気立ってるみたいだ」
 助けられたことに安堵する間もなく、少女の胸がどきっとなった。
「ランディ、せっかく助けた子を不安にさせてどうするのよ」
 後からかけられた声の主は、少女から見れば『お姉さん』と言った年頃か。可憐だが、少し気が強そうな。
 彼女は両の手を優雅に上下に広げると、何やら呪文を唱え、念を込めた。たちまち不思議な力が彼女の周囲に満ちる。
「安心して。プリムの回復魔法は一級品だから」
 頭がちょっと冷たいのが難だけどね。
 ランディと呼ばれた少年が言うと同時に、青白い光が少女を包む。
 一瞬、青い精霊が見えた気がしたのは錯覚か。少女の頭上から優しいしずくが降り注ぎ、みるみる背中の傷が癒えていく。
「まほ、う?」
 辺境住まいの少女は魔法など見たことがない。こんな奇跡、信じられない。
「そう、魔法」ランディと呼ばれた少年が、少し振り向いて微笑んだ。「と言っても、ぼくは使えないんだけどね」
 灼けつくような痛みは嘘のように消えていた。なによりも、緊迫した場面に似合わない優しい雰囲気の少年に、うるっと涙が溢れそうになる。
「よし、準備OK! で、アンちゃん、そこ邪魔!」
「わっ、ポポイ、ごめん!」
 元気な声とともに飛び出てきたのは、小柄な少女よりもっと小さな人物だ。
 邪魔扱いされたランディが、ごめんと言いつつ少女を抱き抱え、横っとびに跳んだ。
「わっ!」
 この数分間でいろんなことが起きすぎて、少女はついていけない。
 飛びのいたランディと入れ替わるようにして、ポポイと呼ばれた小柄な人影は赤い髪と緑のローブを風にあおらせ、弾むように跳躍する。そして落下の勢いも乗せ、素早く両手を振り下ろした。
「エクスプロード!」
 叫ぶや否や、すさまじい爆発が起こった。強烈な炎魔法は迫りくるジャッカルの群れを飲み込み、魔物たちを一瞬で消し炭に変えた。
 過剰ともいえる威力に妙な沈黙が流れる中、当のポポイだけは得意満面でへへんと鼻の下をこする。オオカミの丸焼きぃ、一丁上がり。
「ちょっとぉ、チビちゃん! なんでサラマンダー!? しかも爆発!?」
 プリムの抗議は当然で、ここは森の中だ。魔法をよく知らない少女でも、今のはここで使っちゃいけないことくらいは理解できる。
「いいじゃんかよ~! まとめてやっつけられて、おまけに今日の夕食も作れる! 一石二鳥、ってか」
 悪いことをしたなどとは少しも思っていないらしい。ポポイはケタケタ笑っている。
「夕食も何も、ポポイの魔法じゃ、火力が強すぎて……
 ランディが困ったように、『今夜の夕食』に視線を投げた先。黒焦げになったジャッカルに食べられそうな個所は少しも残ってはない。
 やれやれ、と言った風のランディだったが。
「なるほど……だからか。やけに数が多いと思ったよ」
 終始穏やかだった彼の目つきが、にわかに鋭さを帯びた。
 『そいつ』は息をひそめ、獲物に襲いかかる機会をうかがっていた。死角から飛びかかり、牙をむく。
「ヘルハウンド!」
 アンちゃん! それまで余裕だったプリムとポポイの表情が一変した。
 ヘルハウンド。無限にしもべのジャッカルを召喚する、地獄のオオカミだ。本来ならば、こんな場所にいて良い魔物ではない。……平和な世であれば。
「悪いけど」ランディは冷静に武器を構えていた。それまで手にしていた弓矢を、美しい刀身の剣に変えて。「この子もぼくたちも、お前に食べられるわけにはいかないんだ」
 片刃の剣が、半月の軌跡を描いて振り抜かれる。顔面を斬られひるんだところへ、さらに一太刀。急所を突かれたヘルハウンドは細くいななき、横倒しになった。それが、最期。地獄の魔獣は黒い瘴気だけを残し、消えていく。
「さすがアンちゃん、聖剣の勇者! あーんど、オイラのイチの子分! よく気付いた!」
 ポポイが跳びはね、指を鳴らす。
「勇者はともかく、その、子分はなあ……
 ランディは剣を納めると、ケガは大丈夫? と少女に訊いた。少女はうまく返事ができず、こくこくとうなずく。今、耳にした言葉が、信じられなかった。
「あなた、が」 
 聖剣の、勇者。
 伝説の聖剣を手にし、マナの聖地へ――マナの樹の御許へ至ることを許される、唯一の人間。この世界の者なら誰でも知っている、けれど誰も会ったことのない存在だ。もちろん少女も、おとぎ話でしか聞いたことはなかった。
「本当に、本物の、勇者様?」
 この、優しいお兄さんが? 確かに、とても立派な剣を持ってはいるけれど。
「一応、そういうことに、なるのかな? そう呼んでもらうには、ぼくはまだまだだけど」
「そーそー! アンちゃんはオイラの、最初の子分だし。何ならそこのねえちゃんも子分にしてやっていいぜっ……てってえ!」
「チビちゃん、何度も言うけどね。あなた、そうやって手当たり次第にオトモダチを増やすのはやめるのよ」
「ネエちゃん、最近ますますランボーになって来てない?」
 プリムとポポイのやり取りに苦笑いしながら、ランディは少女の目線まで腰を落とした。
「ところで君は、近くの村の子? そこまで送るよ」
 言うとランディは、小さなおもちゃを取り出した。 
「でんでん太鼓?」
「育てた人が、あやすのに使っていたんだって」
 でも、今はね。
 ランディは小さな太鼓を空に掲げ、てんてんと鳴らす。神の使いと呼ぶにふさわしい、白い神獣が、青い空を切り裂いて現れた。
「いつもより優しく頼むよ、フラミー。今日はお客さんがいるからね」


「すごい! すごい!」
 これが勇者様の見ている世界なのね!
 少女にとっては夢のようだった。
 遥か天空を行くフラミーは、少女を背に乗せ、飛んでいる。眼下に広がるすべてが小さく、そして果てしない。森に住む彼女は、地平線が丸いことを初めて知った。そしてきっと、その向こうに、マナの聖地があるのだろう。こうして勇者様がいるのだから、聖地も樹も本当にあるのに違いない。
「勇者様、聖地へ行くの?」
……そう、だね。そうなると思う」
 少女は思う。やっぱり、そうなんだ。小さなころに枕元で聞いた寝物語は本当だった。
「なら、この世界は……
 魔物が暴れ、戦の芽がくすぶり、たくさんの人が傷つき泣いている今のこの世界は。

 ――おとぎ話のように、勇者様が救ってくれるの?

 マナの聖地にはマナの樹があるという。世界を見守り、大いなる力で世界を支える樹が。
 黙ってしまった少女の不安を察したかのように、ランディは笑った。
「ぼくがきっと、もっと優しい世界にするよ。そのためにもマナの樹に会いに行く。君が安心して野イチゴや木の実を摘めるように」
「任せろ、オイラがついてるからな! アンちゃんだけじゃ頼りないし。アンちゃんの剣よりオイラの魔法のが強いだろ?」
「そうね。私も一緒にいくわ。ランディ一人じゃ、その辺で行き倒れそうだし。行くなって言ってもついていくんだから」
 せっかく勇者らしいことを言ったのに、ポポイとプリムの言い草に、ひどいなあ、二人とも、とランディがぼやいている。仲間の二人は笑っている。
「これ、よかったら食べて。フラミーちゃんの背中の上で」
 つられて笑いながら、少女は摘み取った果実を渡した。
「なにもできないかもしれないけれど、私、応援してる。勇者様やお姉さんやおチビちゃんが、元気で頑張れるように」



「『勇者』かぁ……
 少女を村へ送り届けたあと、ランディ達三人は次なる目的地へ向かっていた。まだ見ぬ神殿を目指し、フラミは力強く四つの翼を羽ばたかせている。
 ランディは少女に「勇者様」と呼ばれたとき、正直面食らった。自分が人々からどう見られているかということを、あまり考えては来なかったから。
「ぼく、聖剣の勇者って言われても、実感がわかなかったんだ。言われたとおりに剣を抜いて、言われたとおりの場所を巡って。言われたとおりに、マナの種子を解放して」
 それがマナの種族に生まれた者の宿命だ。マナの種族の男として生を受けたランディは、生まれたときから聖剣とともにあることが定めづけられていた。
 そして聖剣を手にし、マナの力を追えば自然、マナの力を求める敵とぶつかることになる。ランディもことあるごとに帝国と対峙し、戦ってきた。
「でも最近、分かってきた。ぼくは、ああいう人たちのために闘っているんだって。ぼくたちが戦っているうらに、世界中のたくさんの人たちの命がかかっているんだって」
 聖剣にかかる使命は、とてつもなく重い。
 そうね……。恋人のディラックを追って家を飛び出したプリムは、遠い目をしている。彼を救うことが第一の目的であることに変わりはないが、いつの間にか彼女の戦いは世界がかかった戦いになっていた。
「自分のために、はじめたことだったはずなのに。なんだか、大げさなことになっちゃったわね」
 人に言われたから、恋人を救いたかったから、家に帰りたかったから。そんな理由で始めた旅が、三人はいつの間にか大きな渦の中にいた。
 ポポイがめんどくせえと伸びをする。
「アンちゃんはいつも考えすぎなんだよな。考えすぎると動けなくなるんだから、自分のペースでやっていけばいいさ」
 背負うものに自覚があるのは結構だ。だが、重圧に潰され、緊張で硬くなってしまっては意味がない。プリムも同意する。
「あんまり気負うのはよくないわ。ランディ、いつも通りにね」
「うん、そうだね」ランディは頷く。「でも、忘れずにいようと思う。ぼくの持つ聖剣には、たくさんのものがかかっていること。世界中の人たちの命や、想いを乗せていること」
 言って彼は、今は刀の姿をとっている聖剣の柄に、手を乗せる。錆びたそれをランディが手にしてから、彼も聖剣も変わった。気弱だった少年は勇者と呼ばれるようになり、幾度も鍛えられてきた聖剣は、そのたび名を変え姿を変え、真の姿を取り戻すべく成長を続けている。
「聖剣を抜いたこと、あの時は後悔したけれど、今は感謝しているんだ。旅に出て、プリムとポポイ、二人に出会って、ぼくはいろんなことを知ることができた。こんなぼくでも、誰かの力になれることを知ることができた」
 丸い水平線の彼方まで広がる、無限の世界。もしも旅に出なければ、ランディは永遠に知ることはなかっただろう。聖剣を抜かなければ、自らに何かと闘う力が眠っていることを、守る力があることを、彼が知ることはなかっただろう。
 風に吹かれ遠くを見つめるランディを、ポポイがにやにやと笑った。
「なんだい? 口下手なアンちゃんにしては、よくしゃべるじゃん」
「なんだよ、ポポイ。せっかく、珍しく勇者っぽい気分になって話しているのに」
 ランディがムスッというと、ポポイがぽかんと口を開けた。
「『ぽい』って、本物の勇者だろ、アンちゃんは!」
……あ、そうだった」
「ランディらしいわ」
 三人は顔を見合わせ、笑い合う。
 ランディは聖剣の勇者だ。剣を手にし、戦うことを宿命として生まれてきた。
 しかし、それは彼の本質ではない。

 ぼくはマナの種族。
 父と母の遺志を継ぎ、このかけがえのない世界を、守ってみせるよ!

 彼は自然と、真に守るべきものを知っている。
 戦うべき敵を知っている。
 だから人々は彼をこう呼ぶ。

 彼は、勇者だ。